おじろよんぱく、何者?

月芝

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538 大福消失

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 外は雨風雷が吹き荒れる嵐。電気と電話が不通。携帯電話も繋がらない。外部への唯一の出入り口である吊り橋が落ち、陸の孤島となった洋館。発見された怪しげな隠し部屋……。
 そんな場所にたまさか居合わせることになった十一人の男女。

「あぁ、きっとここの主人は殺人鬼なのよ。山奥の別荘に獲物を誘いこんでは、次々に残虐な方法で殺害しては楽しんでいるのにちがいないわ。裏山や谷底には人骨が山のように転がっているのよ」

 屋敷内の探索と物資の回収をいったん中断し、みなでリビングへと戻ったところで、青い顔をした姫ちゃんが言った。
 どこぞで聞いたことがあるようなB級ホラー映画ばりのチープな妄想。
 洋館の持ち主のことや、秘密の手術室などの事情を知っているおれと芽衣は「ぷぷぷ」と笑いをこらえるのがたいへんであった。
 とはいえ、他の面々はちがう。すっかり不安になって萎縮し、及び腰になってしまっている。
 こんな調子ではとても探索は続けられそうにない。
 そこで「よし、いったんお茶でも飲んで落ち着こう」とおれは提案する。
 だがよもや、それが新たな事件の引き金になろうとは……。

  ◇

 姫ちゃんはご覧のありさまにて使い物にならない。ナイト気取りの取り巻きの野郎どもも、彼女にまとわりついて離れない。
 そこでおれは芽衣に「すまんが、茶を淹れてきてくれ」と頼むと、老夫婦のご夫人が「でしたら私も手伝います」と率先して腰をあげてくれた。
 そうして二人連れだって台所へと向かったのだが、しばらくすると「あーっ!」という芽衣の声が鳴り響く。
 ダメな大学生グループは放置して、おれと老夫婦の旦那さんがあわてて台所へと駆けつけてみれば、カラの皿を手にした芽衣がわなわな震えているではないか。

「おいおい、今度は何ごとだ、芽衣?」
「……消えた」
「はぁ、何が」
「豆大福」
「…………なんだよ、そんなことか。いきなり素っ頓狂な声をあげやがって、びっくりするじゃねえか」

 たかが大福ぐらいで、なんと大袈裟な。
 とおれがさらりと受け流そうとするも、いきなり芽衣に胸倉をつかまれ、ガクガクガク。

「あぁん、そんなことだと? なにを寝ぼけているんですか、四伯おじさんっ! 現状、我々が置かれた状況は、まさに無人島漂流サバイバルといっても過言ではないというのに。そこで貴重かつ希少な甘味が消えたんですよ? これはとんでもない背信行為にして、許されざる裏切り、事件です! ちくしょう、一個ぐらい残しておけよ、鬼畜外道めっ」

 もの凄い剣幕のタヌキ娘におれはタジタジ。
 あー、そういえば大福を発見したときに「美味しそう」とか言っていたっけか。よっぽど食べたかったのにちがいあるまい。それを何者かに横からかっ攫われて怒り心頭といったところか。
 食い物の恨みは恐ろしい。ましてや動物相手、それも食い意地が張っているタヌキ相手ともなればなおのこと。
 メラメラと復讐の炎を瞳に宿す芽衣が、おれを締めあげながら声高に宣言する。

「絶対に犯人を炙りだしてとっ捕まえてやる。尾白探偵事務所の美少女第一助手である洲本芽衣の名に賭けて!」

  ◇

 で、ふたたびリビングにて一堂に会する十一名。
 しかし先ほどまでとはちがって、みなの態度がなんだかおかしい。
 なにやら尻の座りが悪そうにソワソワしている。特に目つきが変だ。なんというかおれと芽衣に向ける視線がガラリと変わったのである。
 自分たちを取り巻く空気の変化におれが内心で首をひねっていたら、急に「思い出したっ」と言い出したのは姫ちゃん。

「探偵……尾白……。あぁっ! どこかで見た顔だとおもったら、あなた、ルクレツィア・ギアハートとキスしていた人でしょう」

 ルクレツィア・ギアハートは世界的トップモデルにして最強のインフルエンサー。美の化身、完璧な黄金比を体現した者との異名を持つ女性。
 しかしその正体は生粋の人間でありながら動物至上主義を掲げる過激派集団・聚楽第の主力メンバーにして、ゆるやかに老いて朽ちるよりも華やかにはじけて死にたいと願う破滅主義者。
 かつて高月の地で行われた世界的イベントに際して来日。
 ひょんなことから彼女にかかわることになった我が尾白探偵事務所。
 いろいろあったあげくに、置き土産だとばかりにブチュウと熱い接吻を一発かまされたところをばっちりマスコミにスクープされてしまい、おれはしばらく取材攻勢やらバッシングに悩まされることになったものである。

 人のウワサも七十五日。
 じきに世間の興味が別の話題に移って解放されたのだが、よもやこの局面で話題にされるとは思わなかった。
 でも、そのおかげでこの場に揃っている面々が何に反応して、こちらに向ける視線が変化したのかがわかった。
 キーワードは「探偵」である。

 姫ちゃんはゲンキンなもので、あのトップモデルが口づけをかわした男というだけで、すっかり失われていたおれへの興味がふたたびかま首をもたげている。
 しかし他の男子学生たちは、露骨に顔をそむけたり、視線をキョロキョロと落ちつきがない。あきらかにキョドっており、めちゃくちゃ怪しい。
 ちょっと意外だったのがこれまでわりと落ち着いていた老夫婦。さすがは年の功にて表面上は取り繕っているが、だからこそ小さな変化がかえって目立つこともある。
 どうやら、ここにいる全員が全員に探偵を警戒する理由、もしくは触れて欲しくない何かがあるらしい。


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