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535 雷鳴と吊り橋
しおりを挟むリンゴーンと鳴る玄関の呼び鈴。
一度だけならば「きっと空耳だろう」と無視してもよかったのだが、二度、三度と続けて鳴らされたらさすがに応じるしかない。
おれが代表して「どちらさま?」とおそるおそる玄関扉を開けたら、そこにはずぶ濡れの登山者の二人組の姿があった。
山と自然を舐めくさっている大学生のグループとはちがい、きちんと相応の装備をしている老夫婦。
なんでも下山途中にうっかり正規ルートをはずれてしまったらしく、どうにかここまで降りてきたものの、この土砂降り。
難儀していたところに吊り橋を見つけて、人里もしくは民家があるのではと渡ってみたところ、この洋館にたどり着いたんだとか。
「それはたいへんでしたね。ささ、中へ」
すっかり濡れネズミとなっている老夫婦を招き入れつつ、おれは芽衣にすぐにタオルを持ってこさせた。
◇
「いやぁ、いきなり押しかけた上に、お風呂までお借りしてしまい申し訳ありません」
「なんの、なんの、あのままでは風邪をひいてしまいますからね。さぁ、奥さまもご遠慮なさらずに、こちらの暖炉の前へ」
「すみません。ありがとうございます」
物腰柔らかい老夫婦をいざないつつ、おれはにこやかに応対。
そこに紅茶を淹れてきた芽衣が顔を出し、「どうぞ」と勧める。
受け取ったカップに口をつけて、ほっと吐息を零す老夫婦。
彼らがようやく人心地ついたところで、「じつはあの若い連中も似たような境遇でしてね。じきに日が暮れてしまいますし、今夜はここに泊まっていらっしゃい。なぁに遠慮は無用ですよ。七人泊めるのも九人泊めるのも同じですから。というか実を言うと、自分も訳あって世話になる側なもので」とおれの方から申し出ると、老夫婦は少し逡巡する素振りをみせるも恐縮しつつ「それではお言葉に甘えて、お世話になります」と頭を下げた。
えっ、大学生のグループのときとはちがって、やたらと親切じゃない?
フッ、そんなの当然だろう。
見るからに問題児ぞろいっぽいクソガキの集団と、長年連れ添っているであろう連理の枝ならば、後者に親切にしたくなるのが人情というもの。
というのは建て前にて、本音は芽衣ともども大学生たちの相手を押しつける腹である。
いま一度くり返すが、おれはここに静養にきているのだ。傷を癒しゆっくりするためにきているの! 断じてガキどものお守りをするためにきているわけではない。
というわけで、今度こそ自分の部屋に戻って、管理人さんが帰っくるまでのしばし仮眠でもとろうかと考えたのだけれども……。
ドドンがドォオォォォォォーンっ!
まるで空が落ちてきたかのような激烈な音。
その正体はカミナリである。
どうやらかなり近いところに落ちた模様。その証拠に窓ガラスがカタカタ鳴り、余波を受けて屋敷そのものがちょっとビリビリ震えていた。
直後に姫ちゃんが「いや~ん、こわーい」と声をあげ、取り巻きの野郎どもがわたわたしていると、室内の照明が明滅したかとおもったらプツリと切れた。
おや、停電? 先ほどのカミナリのせいでブレーカーが落ちたのかも。
さいわい、暖炉に火を焚いていたのでリビングが真っ暗になることはない。
◇
「せっかく大学生たちを新参者に押しつけてゆっくり休もうとしていたのに、やれやれだぜ」
「やたらと親切にしているとおもったらそんな魂胆が……。最低です、四伯おじさん」
ペンライト片手に地下室にあるブレーカーのところにまでやってきた探偵と助手。
「到着時にざっと屋敷内を案内してもらっておいて助かったな。でなければ広い屋敷内を探して彷徨うハメになっていたところだ」
「ですよねえ。でも管理人さん、遅いですね。なんだかんだでもう三時間ぐらい経っていますけど」
「山間部の日暮れは早いし、闇は濃い。山道もうねうねしているから、たいしてクルマの速度も出せないからな、どうしたって時間を喰うさ。……っと、あったあった、コレだな。どれどれ……ううん? あれ、あれれ」
カチカチカチ、ブレーカーのスイッチを上げ下げしてみるも反応なし。
「げっ! まいったな。この調子だとブレーカーが落ちたんじゃない。電線の方がやられているのか」
「えーっ、それってもう電力会社に連絡をして来てもらうレベルじゃないですか」
「こりゃあ、今夜は電気なしだな。となるとおれたち動物組はともかくとして、他の客人たちはちょいとたいへんかも」
現在、別荘の洋館に滞在しているのは十一名。
そのうち、おれと芽衣をのぞいて全員が人間。
ちなみにいまは不在の管理人さんも生粋の人間。ただし彼はここの持ち主である光瀬菜穂に雇われている関係で、自分の雇用主の正体がウシであることは知っているそうな。
現代文明のぬるま湯にどっぷり浸かっている人間にとって、電気の恩恵を受けられないのは死活問題にも等しい。携帯電話の電波がちょっと届かないだけでもパニックに陥る現代っ子たちが、果たして耐えられるものであろうか。
「って、おいおいおい、ちょっと待てよ。電力ケーブルってたしか吊り橋に平行して通されてあったような……。まさかっ!」
いきなり駆け出したおれ、階段を駆け上がり、勢いのままに表へと飛び出す。
外は嵐の様相を呈しているも、かまわずおれが真っ直ぐに向かったのは吊り橋のところ。
そして辿りついたところで呆然と立ち尽くす。
あわてて追いかけてきた芽衣も目の前の光景に愕然となる。
吊り橋は落ちていた。
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