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533 山奥の別荘にて
しおりを挟む銀禍ことトラ狂女の英円が引き起こした畿内での騒動。および人工島夢洲での爆破炎上、それにまつわる一斉検挙などなど。
渦中に巻き込まれた弧斗羅美。
いくら情状酌量の余地があるとはいえ、ふつうであればとても無事にはすまないはずであったのだが、そこはカラス女こと安倍野京香が動く。
「あいつは私の依頼で危険人物である英円に従うフリをしてそばに張りつき、内偵調査を手伝っていたんだよ」
それっぽいことを言って半ば強引にことを納める力業。
これがまかり通ったのは事前にカラス女が動物界や人間界の方々に根回しをしていたおかげ。何をどう手を回したのかは知らないが、おっかないのでおれは詳細について訊ねなかった。
まぁ、そこまではファインプレイであったのだが、せっかく捕まえた英円をまんまと強奪されるというまぬけな結末はいささかいただけないが……。
でも、そのおかげで府警は英円の行方を追っかけるのに躍起になっており、トラ美のことがうやむやのうちに流されたので、痛しかゆしといったところ。
そのトラ美なのだが、目を覚ましてからがたいへんだった。
寝込んでいるおれの枕元にはりつき片時も離れようとしない。尿瓶片手にいつもスタンバっている。
そのくせいまにも思い詰めた表情にて自責の念に押しつぶされそう。
挙句の果てにはよるとさわると「殴ってくれ」「気のすむまで好きにしてくれてかまわない」「なんなら一生、奴隷になってもいい」とか言い出す始末。
世間的にはうやむやになったとはいえ、彼女自身が自分の犯した罪に対する罰を強く求めている。
そんな相手に「気にすんな」といくら言っても、ちっとも通じない。
そこでおれは考えた末に、彼女が望む通り罰を与えることにする。
「わかったよ。だったらトラ美への罰はこうだ。今回の件の真相を玲花やご両親に伝えることを禁じる。一生黙ってろ。墓場まで持っていけ」
これがどうして罰になるのかと、キョトンとしているトラ美。
だがそれは甘い。
家族や愛する者に対して秘密を抱える。それは想像以上に辛いことなのだから。
探偵業をしていると、ときおり秘密を抱えるハメになった依頼人や関係者に遭遇する。
秘密の内容はいろいろ。自業自得なことから、誰かのためを思って、あるいは大切な場所を守るためなど。
必要とあらばウソをつき、偽りの笑顔を浮かべ、さらりと受け流し空とぼける。
ときには怪しまれて追求を受けることもあるだろう。だが求めに応じることはかなわない。
そんな態度が相手の不審を買って、関係がギクシャクすることすらもあるだろう。
その場だけではなくて、これが一生続く。
チリも積もればなんとやら。
いっそのことすべてを吐き出し、謝れたらどれだけすっきりして楽になれることか。
だがけっして真実を口にすることは許されない。
これがおれがトラ美に科した罰。
彼女は神妙な面持ちにて「わかったよ」とうなづいた。
◇
今回どてっ腹に穴が開いた状態で方々を駆け回り、化け術を連続行使しまくったツケで、すっかりグロッキー状態となったおれこと尾白四伯。
はじめは光瀬女医が手配してくれた高月の病院に入院していたのだが、トラ美は先に述べた通りにて、これに北海道から戻った芽衣やら出灰桔梗をはじめとして、聞きつけた友人知人らが次から次へと病室に顔を出すようになる。
まぁ、大半が見舞いを口実に伏せっているおれを冷やかしにきた連中ではあったが、とにもかくにもありがた迷惑にてちっとも気が休まらない。
この事態を憂いた光瀬女医が「こんな調子じゃあ治るものも治りやしない! 尾白くん、あなた、しばらく療養のために疎開しなさい」と言い出す。
かくしておれが送られたのは彼女が所有する別荘。
場所はとある地方の山の奥の奥。
いちおう道路は通じているけど、片側一車線にてすれ違いが生じると、ハンドルを握るドライバーの腕と度胸が試されるような道。
立地がこれまたすごい。
背後は険しくそびえる高い絶壁、前面は深い谷。
別荘へと行くには手前でクルマを降りて、徒歩で吊り橋を渡るしかなく、周囲に民家の類はひとつもないという、陸の孤島のような場所。
うーん、ここは療養所というよりも、むしろ流刑地なのでは?
「……いかにも殺人事件とか起きそうなたたずまいだな」
とおれ。うぷっ、グネグネ山道でちょっとクルマに酔った。気持ち悪い。
「あるいは過去に怪しげな事件が起きたいわくつきの建物だったりして。そういえば光瀬先生が『格安だったからいきおいで買っちゃった』とか言ってたような」
とは芽衣。このたび唯一の付き添いとして女医に同行を許されたのがポンコツタヌキ娘。
おれとしては家事万能な第二助手の白滝さんをこそ連れてきたかったのだが、花伝オーナーが頑として受け入れなかった。
「ダメだね。ほいほいうちのナンバーワンを連れて行かれちゃあ困るんだよ」
昼は探偵事務所を手伝い、夜はスナック「昇天」を手伝い、合間に雑居ビルの掃除やら維持管理に務めつつ、請われれば帳簿づけなんぞも手伝う。
いまや白滝さんは我が尾白探偵事務所のみならず、うちの雑居ビルにとってもなくてはならない存在。白い手だけの怪異だからとか、人間だの動物だなんぞは関係ない。彼女の有能さの前では些末なこと。
さりとて芽衣ではろくな看護は期待できない。
出がけに不安がるおれに光瀬女医は言った。
「大丈夫よ、ふだん、別荘の管理を任せている住み込みの人がちゃんといるから。彼にきちんと世話をしてくれるよう頼んでおくわ」と。
その言葉は真実にて最寄りのローカル駅にまでクルマで迎えにきてくれた管理人さん。
極端に無口な男性で歩くトーテムポールみたいな方だが、さりげない行動の端々に人柄でのぞいており、どうやら信用に足る人物だとわかり、おれは内心でほっとしている。
で、ようやく目的地に到着したものの、この不吉なたたずまい。
うーん、でも心配する必要もないか。
なにせここにはおれたち三人の他には誰もいないんだから。
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