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517 炎の三本傷
しおりを挟む行く先々にて災厄をばら撒き、裏社会で銀禍と呼ばれ恐れられているトラの狂女。
それがあの長い銀髪の三本傷・英円の正体。
「そういえばあの銀髪が滅爛虎慄紅武爪術を破門になったって聞いたんだけど」
「あぁ、その話か」
おれの言葉に老店主は顔をしかめる。
聞けばあの女、武才には恵まれていたものの生来の性根が腐っており、よりにもよって師匠の寝首をかこうとしたらしい。
だが失敗。
逆に師匠にボコられた挙句にロープでぐるぐる巻きに縛られて、「しばらくそこで反省していろ」と納屋に放り込まれた。
そこでウソでも反省したフリをしていればまだ可愛げがあったのだが、英円は自力でロープを解いたばかりか、納屋から脱出し、家に火をつけてトンズラするという暴挙に出る。
さいわい人的被害はなかったが師匠宅は全焼。
英円はどさくさにまぎれて奥義の書を盗んで姿を消した。
その現場を妹弟子の弧斗羅美が目撃していたそうな。
「銀禍の三本傷はそのときにつけられたらしい」と老店主。
燃え盛る火事場。
炎の中で対峙する姉弟子と妹弟子。
これまでの話を聞いたかぎりでは英円が目撃者を消そうとして、手痛い反撃を受けたといったところであろう。
そんな光景が容易に想像できる。
ということは、今回のことは逆恨みによる意趣返しでもあるのか。
「なぁ、英円に仲間はいないのか? いくら狂暴で強いとはいえひとりではおのずと活動限界がくる。ましてやあの女は賞金首なんだろう。なのにまんまと逃げおおせているところをみるに、手を貸している者がいるはずなんだが」
「その通りだ。どれ、ちょっと待ってろ」
言うなり奥へと引っ込んだ老店主。
おれはすっかりのびてしまったラーメンをすすりながら待つ。
首筋に刃を突きつけていた面々はすでに離れており、元の席へと戻っている。
待つことしばし、ふたたび姿をみせた老店主の手には二枚の写真があった。
「こいつらは?」
「英円の手下だ。サーバルキャットの兄弟でトロンとボーン。アメリカで殺処分されそうになっていたところを救われて以来、銀禍の強さに心酔し絶対の忠誠を誓っている」
痩せぎすで顔色の悪い方が兄のトロン。
まんまる太っちょな巨漢が弟のボーン。
外見はちっとも似ておらず真逆な兄弟。でもまるで世の中すべてを敵視し、にらみつけるような厭な目元だけはそっくし。
「他に手下はいないのか?」
「ウワサでは各地に散在しているらしいが、いまのところ顔と名前がわかっているのはその二人だけだ」
「そうか。……で、肝心の英円なんだが、動向について何か情報は入っているかい」
「詳細までは……、ただここのところ畿内で怪しい動きをみせているとは耳にしている」
「怪しい動き?」
「大坂の中央での出没情報が多発している。たまさか見かけた者の印象では、『まるでトラが狩りの下見でもしているかのような雰囲気だった』って話だ」
「狩りねえ。なんとも物騒なこって」
「あぁ、しかし相手があの銀禍だとあながち的外れとも思えん。とすれば、あの女、きっと何かをしでかすはずだ。最悪、大坂に血の雨が降るかもしれん」
血と闘争を好むトラ狂女。
妹弟子を巻き込んで貶め、騒動を起こし、あわよくば師匠を引きずりだそうという魂胆なのだろうか。
とはいえだ。
トラ美とて一流の荒事師。実力についてはあらためて口にするまでもあるまい。
そんなトラ美がいくら負い目があるとはいえ、袂をわかった元姉弟子に頼まれたぐらいで、おれを背中から刺すとは到底考えられない。
泣いて謝りながら刺す理由、それは……。
「人質……か」
その可能性についておれが言及すると老店主がうなづき言った。
「あの女の常套手段だ。ターゲットの弱点をとことん攻めて追い詰め、ついには意のままに動かす。目をつけられた相手が苦しみ傷ついてはもがく姿を眺めて喜ぶ。あいつは悪魔だよ」
老店主の言葉を聞き流しつつ、おれが考えていたのは人質について。
弧斗羅美の一番のウィークポイント、それは妹の玲花。
だが彼女の近くにはつねに両親の姿がある。
トラ一家である弧斗家。父親の雷牙は見た目以外は微妙だが、母親の深月は羅美が認めるほどの猛者。あのふたりの目を盗んで玲花にちょっかいを出せるものであろうか。
よしんば拉致に成功したとて、あとが怖い。猛り狂った二頭の夫婦トラに追いかけ回されるとか、とんだ地獄の鬼ごっこ。
だが現にトラ美は英円にいいように操られている。
なんらかの手段を用いて逆らえないようにしているのはたしか。
「マズイな。早いところ枷をはずしてやらないと、トラ美のココロがもたないか。この手の犯人は決まって『これでおまえも同罪。もはや私たちは共犯、一連托生なんだよ』とかいって丸めこむから性質が悪い」
おれは席を立ちながら老店主に名刺を差し出す。
「こちらはこちらで動いてみるから、そっちはそっちで英円と手下どもの足どりを調べてくれ。何かわかり次第、携帯の方に連絡を」
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