おじろよんぱく、何者?

月芝

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516 銀禍

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 よほど疲れていたらしい。
 目を覚ましたらすでに夜になっていた。
 しかし丸一日寝込んでいただけあって、頭の方はずいぶんとシャッキリ復活している。身体の方は……、まぁ、ぼちぼちといったところ。我ながら自分の回復力には呆れる。とはいえ傷口は順当にふさがりつつあるが、しょせんは素人が縫ったもの。無茶をしたらあっさり傷口がぱっくりしそうなので気をつけないと。

 顔を洗い、無精ひげを気にしつつ、新しく購入したシャツを着込む。血で汚れた穴あきは丸めてコンビニの袋に突っ込む。
 ジャケットの背中の穴や裂け目はとりあえず仮縫いで誤魔化しておく。
 ひと通り準備が整ったところで、おれは腕組みをして思案顔。

「さてと、これからどう動くべきか。やはりあの銀髪女の正体から探るべきだろう。そうすればおのずとヤツの狙いもわかるはず。トラ美と同門だから滅爛虎慄紅武爪術の方から辿れば、何者かわかるだろう。なにせ遣い手が極端に少ない幻の武術だからな。となれば向かうべきは南京町辺りか」

 非公式ながらも治外法権っぽいのが中華街という場所。
 大陸との玄関口でもあり橋渡し的役割をも担っており、独自のルートを持つ。ひと癖もふた癖もある曲者揃いの魔窟ではあるが、それゆえにいろんな情報に人や物が集まる。
 あそこならばきっと求める情報も手に入るだろう。
 おれはチェックアウトをすませ、南京町へと向かった。

  ◇

 神戸の南京町は横浜や長崎のそれと比べるとかなり小規模。
 せいぜい百メートルちょっと四方程度。町という表現がしっくりくる大きさ。しかしそんな中に百以上もの店がひしめき合っては、つねに買い物客や観光客で賑わっている。
 東端入口の長安門をくぐり南京町へと。一歩足を踏み入れたとたんに鼻孔をくすぐるのは旨そうなニオイ。四方八方から押し寄せるそれらが胃袋を刺激しては「おいでおいで」と手招き。そんな誘惑に負けじと気をたしかに持ち、おれは人混みをかき分けつつ目当ての店を探す。

 探しているのはこの地にて情報屋とつなぎをしているラーメン屋。
 前々から存在こそは知っていたが利用するのははじめてのこと。
 ホームとは勝手がちがい土地勘がないもので、おれは何度か長安門と中央広場を行ったりきたり、しばし彷徨う。
 そうしてようやく見つけたのは立て看板にて隠されるようにしてあった細い路地。
 大人一人がどうにか通れる程度の幅しかない。そこを臆することなく進めば、奥に薄汚れて草臥れたのれんを出している店があった。店名とともに印字された「熱烈歓迎」の文字がなにやら空々しい。

 そろそろ夕飯時だというのに店内は閑散としていた。おれを含めて客は三人ばかり。
 ひとりは新聞を広げており、ひとりはイヤホンでラジオに耳を傾けてはじっと目を閉じている。
 おれがカウンター席へと腰をおろすと、奥からのそのそ出てきたのは太った老婆。
 ぬるい水の入ったコップをドンと乱雑に置き「ご注文は?」

「ラーメンとギョウザを頼む。あと、それからこいつを」

 差し出したのは万札数枚を二つ折りにしたもの。
 たちまちお札がかき消えた。
 目にも止まらぬ早業にて老婆が掠めとったのだ。エプロンのポケットに札を突っ込むなり、太った老婆は無言のまま奥へと戻ってゆく。
 しばらく待っていると、カウンターの向こうから伸びてきた逞しい腕が、これまたドンっとラーメン鉢とギョウザの皿を乱雑に置いた。
 で、その逞しい腕の持ち主でおそらくは店主兼料理人であろう強面の老人がぼそり。

「何が知りたい」

 おれは据え置きのギョウザのタレを小皿に注ぎながら、「長い銀髪の女について。右目のあたりに三本傷があって、たぶん正体はトラだ」と告げた。
 こちらの要望は伝えた。
 あとはのんびり腹ごしらえをしつつ、朗報が届くのを待つばかり。
 だと思ったのだが……。

「三本傷の銀髪の女だと……、まさか銀禍かっ!」

 強面の老人がやや声を荒げる。
 次の瞬間、おれの首筋にはひやりと冷たい感触。
 刃物だ。店内にいた二人がいつの間にやら得物を手にこちらを囲んでいた。
 ちっ、連中は客じゃない。用心棒の類であったようだ。
 しかし、何だ、この過剰な反応は?
 それに先ほど店主が口走った「銀禍」とは?

 緊迫した場面、わずかに身じろぎしただけでグイと刃物を首に押しつけられる。ちょいと刃を引けばたちまち鮮血がほとばしることになるだろう。
 しかしおれはなるべく平静さを装い、「べつに何もしやしねえよ。料理が冷めないうちにいただくだけだ。せっかくの料理を台無しにしたらもったいねえだろうが」と言って、さっそく手を合わせて「いただきます」

 ハフハフ、もぐもぐ、ラーメンとギョウザを飢えたブタのごとく貪り喰らっていたら店主の老人が「おまえ、この状況でよく飯がノドを通るな」と呆れた様子。

「うるへー、こちとらどてっ腹に風穴を開けられて血も肉もぜんぜん足りてないんだ。喰わずにやってられっか。あとこのギョウザの味噌ダレ、超うめえ」
「……その様子だと、おまえも銀禍にやられた口か。悪いことは言わねえ。せっかく拾った命だ。アイツにはこれ以上関わらないほうがいい」
「関わるかどうかはおれが決める。それよりもさっきから聞こえてくる『銀禍』ってのは何なんだ? あの銀髪女の異名の類か」
「まぁ、そんなところだが、異名というよりも悪名というべきだろう」

 銀禍。
 それは災いを運ぶ存在にて、出没する先々にてトラブルを引き起こしている。
 暴力、刃傷沙汰、抗争なんぞは当たり前。秩序を嘲笑い、闘争を好み、勝手気ままに奪い、犯し、喰らうを繰り返す。本能のままに、いいや、歪んだ欲望のままに動くトラ。
 常軌を逸した女は世界各地の中華街でも暴れ回っては罪業を重ねており、裏で手配書が出回っている賞金首でもある。
 だが捕まらない。
 厳重な包囲網をするりと抜けては、猛る想いのままに追っ手を返り討ちにし、その血を啜っては高笑いしている悪魔のような女。

 老店主からもたらされる情報に、おれはおもわずゴクリとノドを鳴らす。
 狂ったトラほど恐ろしいものはない。どうやら想像以上にヤバい相手。
 やれやれ。トラ美のやつ、トンデモナイのにとり憑かれちまったみたいだな。


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