おじろよんぱく、何者?

月芝

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506 極秘指令

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 ここで少しばかり時を遡る。
 グランドにて雷火組と八羅会の抗争が幕を開けてから、いよいよ佳境へとさしかかろうとしていた頃。
 大文字桃子より体育館に居残りを命じられた面々。
 その中に混じっていた茂木優里亜は「うち、ちょっと化粧をなおしてくる」と席を立つ。

  ◇

 戦国乱世の様相を呈し、毎日が風雲急であるこの世紀末学園。
 風紀も人心も校内も荒れ放題だが、じつはいくつかキレイな場所も残っている。

 ひとつは職員室。
 そこは教師たちの聖域にして前線基地。テスト問題に内定書などデリケートな書類がわんさかあるので守りは固く、部外者は立ち入り禁止となっている。
 えっ、生徒からの質疑応答はどうするの?
 そんなものインターフォン越しか隣の生徒指導室での対応になる。

 ひとつは購買部。
 学園内にて唯一現金をもちいた経済活動が許されている場所。ここでのいざこざは厳禁。もしもおいたをしようものならば、パンチの効いたパーマのオバちゃんが不心得者をたちまち粛清する。

 ひとつは新聞部。
 乙女ゆめのか通信を発行し、情報をつかさどり学園の表も裏も知り尽くす。
 ペンは剣よりも強し!

 ひとつは保健室。
 ケンカ沙汰が日常茶飯事の学園ゆえに怪我人が絶えることなし。それをちゃっちゃとさばくオネエの保険医が常駐している。
 男を知り、女よりも女心をよく知る保険医。
 年頃ゆえに悩み多き乙女たちの相談にも応じており、カウンセリングの評判は上々。

 ひとつは化粧室。
 いわゆるトイレである。男性にとってはただ用を足すだけの場所だが、女性にとってはいろんな意味を持つ特別な場所。そして世紀末学園は曲がりなりにも女子高である。
 教室や廊下は散らかし放題でも、ここだけはいつもキレイに。
 それが学園にて代々継承されてきた暗黙の掟。
 お化粧室でモメ事は御法度。
 ふだんはいがみ合っている猛女たちも、ここに一歩入ればすまし顔の淑女になり、「ごきげんよう」と会釈を交わし、ときに談笑に応じたりもする。

  ◇

 雷火組の拠点となっている体育館のすぐ近くの女子トイレ。
 学園内にあるセーフティエリア。だからこそ茂木優里亜もひとりで気軽に向かったのであったが……。

 化粧なおしをすませたガングロ姫。
 鼻歌まじりで廊下へと出たところ、お腹を押さえて倒れている子を発見する。

「どうしたの? 大丈夫?」

 あわてて駆け寄り声をかける茂木優里亜。
 しかし相手は「ううう」と苦しげにうめくばかり。
 だからすぐに体育館にいる仲間を呼ぼうとするもそれはかなわない。いきなりうしろからハンカチで口元を塞がれたから。
 甘い香りがするハンカチ。モゴモゴあらがっているうちに、次第にカラダからチカラが抜けて意識がトロンとなってゆく。それでもなお足掻き抵抗を試みる茂木優里亜ではあったが今度はバチっと胸元で刺激が走り、たちまち首から下の感覚がなくなってしまった。
 見れば倒れていたはずの相手がむくりと起きて、自分にスタンガンを押し当てているではないか!
 クスリとスタンガンのダブル攻撃。
 ついに意識を失いぐったり倒れた茂木優里亜。
 それを見下ろしている二人組は、職員室前にて尾白四伯を拉致した女生徒たちであった。

「よし、うまくいった。あとはこいつを依頼人に届ければ任務完了っと」
「……でも本当にいいのかな? アイツ、なんだかヤバそうなんだけど」
「気にしない気にしない。上からの指示なんだし。それにいちおう保険はかけておくから」
「保険?」

 茂木優里亜のカバンをがさごそ漁る二人組のうちのひとり。
 とり出したのは化粧ポーチとスマートフォン。
 まずはスマートフォンの電源が入っていることとバッテリー残量をチェック。当面問題がなさそうなのを確認してから、ふたたび戻す。ただしカバンの奥の奥、他の荷にまぎれこませてちょっと見にはわからないようにしておく。
 その作業をしつつ相棒には化粧ポーチを投げて渡し「あんたは、それを化粧台の目立つところに置いておいて」と頼む。

 茂木優里亜はガングロ姫。雷火組のファッションリーダーにてオシャレには人一倍気を使っている。
 そんな姫ちゃんが愛用している化粧ポーチを放置して行方をくらませたとなれば、仲間たちはすぐに心配して探そうと動くだろう。
 でもってスマートフォンの電源が入っていれば、位置情報アプリなんぞから行方を辿ることも容易になる。

 アレコレ画策して茂木優里亜をさらっておきながら、わざわざ手がかりを残す。
 その意図は、彼女たちに与えられた任務があくまで「茂木優里亜の身柄をある人物に引き渡すこと」だから。
 渡してしまえばあとは先方の責任。知ったこっちゃねえ、である。

 二人組は指令を受けてからずっと機会をうかがっていたが、大文字桃子および雷火組が目を光らせており警戒が厳重、どうにも近づけないでいた。
 そんなときにふらりとあらわれたのが探偵と助手。
 世紀末学園を訪れた部外者。それが新聞部の庇護下に入り、どうやら雷火組と接触するらしい。
 この情報を得たとき、二人組は「こいつは使える」と考えた。
 部外者を火種にして騒動を起こし、みんなの注意がそちらに向かっているうちに姫の身柄をさらう。
 大文字桃子の性格ならば、きっと姫を危険な前線には連れて行かないとの読みは賭けであったが、勝算は十分にあった。
 そしてすべては目論み通りにとなる。

 すぐさま依頼人に連絡。
 首尾よく獲物を手に入れたことを報告し、後門のところへ迎えを寄越すようにと伝える。
 二人組はモップとカーテンで作った即席の担架に茂木優里亜をのせると、上着をかぶせて姫の姿を隠し「えっほ、えっほ」と運び去った。

 ふだんであればこんなのが学内をうろついていたら、さぞや目立ったことであろう。
 けれどもいまは学園の二大勢力が激突しているさなか。
 怪我人続出にて、似たような光景がそこかしこにてあふれており、誰に見咎められることもなかった。


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