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481 俺たちの隠れ家
しおりを挟む時代はすっかりかわってしまった。
かつて新幹線の自由席ではタバコが吸い放題だったことをご存知であろうか。
だから東京と大坂間などの長距離利用をすれば、服にニオイが移ってたちまち全身がヤニ臭くなったものである。
パチンコ屋だってそうだ。
ちょいとガラの悪いヤンキーあがりの店員に、これまたちょいとガラの悪い客層が、うるさい店内でギャンギャン吠えては、タバコをばかばかふかしながら銀玉遊戯に勤しんだものである。
多数の歩行者で賑わう通りを、喫煙者が歩きタバコで肩で風切り堂々とねり歩く。
亭主関白のオヤジが外でも家でもぱかぱかタバコを吸うものだから、エアコンのフィルターや網戸なんぞがなにやらネトネトになるもので、掃除がとってもたいへん。
たいへんといえば、トイレにまでタバコと新聞を持ち込んでのながっ尻。朝の忙しい時間でもおかまいなしなもので、家族が多大な不利益をこうむったものである。
しかし我が物顔でやりたい放題していた諸先輩方のツケが巡りめぐって現代に。
いまや愛煙家たちは社会からのつまはじき者にて、青色吐息で虫の息。
もはや準絶滅危惧種といっても過言ではなかろう。
なのにちっとも保護してくれない。
かわいそうなネコを守る名目でクラウドファンディングを行えば、たちまち億単位のお金が集まるというのに、かわいそうな愛煙家には誰も救いの手を差し伸べてはくれないのだ。
ずいぶんと世知辛い世の中になったものである。
だがしかし、変わりゆく時代に反旗を翻すがごとく、頑なに昔のスタイルを貫いてる場所もあるのだ。
それこそが高月中央商店街内にあるゲームセンター「デジボーグ」である。
かつては喫茶店であったのだが、インベーダーゲーム襲来の一大ムーブメントの恩恵を受けたのを皮切りに、喫茶店をあっさり廃業してゲームセンターへと鞍替え。
以降、当時の面影もそのままに古き良きレトロちっくな雰囲気を死守している。
置いてあるゲーム類も、いまどき他所ではお目にかかれぬタイトルばかり。
今日びの目の肥えた若者たちなら、たとえワンプレイ十円でも遊ばないような、ドット処理の古臭いゲームばかり。
だが捨てる者あれば拾う者あり。
若者たちが見向きもしないかわりに、いい歳をしたおっさんたちは夢中になった。
「青春時代よ、カムバック!」みたいな感じで。
なによりうれしいのが、初老の店主である比五椎演人(ひいしいえんと)がおっさんと認めた客には、通常ワンプレイ五十円のところを三十円におまけしてくれること。
なんと粋なはからいであろうか。
たしかにいまどき自動ドアじゃないし、店内は陰気で、空気は淀んでいる。必ずどこかの蛍光灯が切れているし、トイレは和式でちょっと臭うし、壁際の据え置きタイプのでかい冷房機から吹く風がやたらとキンキンしており、けっして快適とはいえない場所。
しかしおっさんのサイフにやさしい。最近のキラキラしたきれいなゲームセンターみたいに禁煙をかかげることもなく、缶ビールの持ち込みも問題なし。
くわえタバコで、酒を飲みながら、気心の知れた常連たちと他愛もない会話をしつつ、ゲームに興じる。
えーと、今どきの女子たちの言葉を借りれば「隠れ家風」みたいな?
まぁ、べつに路地裏とか住宅街にまぎれ込んでいるわけではないのだが……。
◇
時計の針が午前零時を指し示す少し前。
とっくにシャッター街となって静まり返っている高月中央商店街。その片隅にあるゲームセンター「デジボーグ」へとおれはひとり向かっていた。
すると駅の方から通じている路地より姿を見せたのは、よく見知った男。
おれは立ち止まり声をかける。
「おまえも来たのか、駄犬」
「……やはりあんたも来たみたいね、雑種」
この男の名は千祭史郎(せんやしろう)。
駅の北側にある高月城北商店街にて、桜花探偵事務所の高月支店を預かっているのみならず、いろいろいかがわしい飲食店を営んでいる実業家の顔も持つ。その正体はドーベルマン。おれとはご覧の通り、同業者にして駄犬雑種と呼び合う仲だ。
今宵、ゲームセンター「デジボーグ」にてとあるイベントが催される。
店主からじきじきに誘いの電話をもらったおれは、ふたつ返事で参加を表明する。
だって当然だろう。
「あの開発元までサジを投げ、攻略不可といわれた伝説のクソゲー。海外の闇ルートを通じてようやく入手に成功した。だからいっちょう俺たちでやっつけてみねえか」
なんぞと云われたら、これはもう行くしかあるまい。
千祭もおれ同様に店主から連絡をもらったんだとか。
どうやら店主は今回のイベント、本気で勝ちにいく腹積もりらしく精鋭を集めた模様。
◇
ちと誤解があるかもしれないので、ここで少し訂正しておこうか。
おれたちはべつにゲーマーというわけではない。
というか最新の映画ばりの3D画像でばりばり動くゲームの方はさっぱりである。
なぜなら使うボタンが多すぎるから。
なに? あのコントローラー。十時キーにレバーぐりぐり、LだのRだの、親指だけじゃなくて人差し指どころか、ときに中指まで同時に行使させられる難解操作。
つるから!
おっさんの固まりかけている指の間接がビキッってなって、手首もピーンと張って、肘から先がビリリと電気が走り、ときに肩や首が凝って、しまいには映像に酔って気分が悪くなっちゃう! 眼精疲労で頭痛を誘発して「うーん」と倒れて寝込んじゃうから。
だからおれたちが遊べるのは平面の2Dまで。ギリギリ初期のカクカクポリゴンならイケるか、といったところである。
時代に取り残された老兵たち。
それがおれたちの正体。
ドット画面バンザイ、超愛してる!
◇
おれと千祭、目的地に到着。
営業時間はとっくに終わっているのでシャッターが閉じられている。
そこでおれは軽く叩いてから合言葉をつぶやく。
「ぴーしーえんじん」
これは店主の名前である比五椎演人(ひいしいえんと)をもじったあだ名。
けっしてゲーム戦争に負けて一世を風靡しそこねた、あのレトロな家庭用ゲーム機なんぞではない。
するとカチャカチャと音がして、シャッターがゆっくりと上がり、どうにかおっさんがかがんで潜り込める隙間が開いた。
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