474 / 1,029
474 女形と湖国名物
しおりを挟む女形カラス天狗である尾太夫の操る着物や帯。
保津峡の谷間、闇の中をふわりと舞う艶やかな着物の羽織が視界を遮り、あるいは囮となり、タヌキ娘を惑わす。
かとおもえば、だらり、いきなりしなだれかかってきては、身にまとわりつこうとする。
これを嫌って打ち払おうとする芽衣であったが、相手は布だ。暖簾に腕押し状態にて手応えがない。どうにもいつもと勝手がちがう。
内心の困惑は動作にもあらわれる。注意力が散漫となっているところに、襲いかかってくるのは長い帯。
しゅるしゅるしゅるとのびた帯は変幻自在に姿を変える。
風を受けた帆のごとくバンと張っては勢いよくそのまま叩いてきたかとおもえば、先端を畳んで槍の穂先のようになって突いてくる。くるんと丸まり棒状となれば如意棒のごとき働きをしては伸び縮み。一部が団子となりてモーニングスターのように暴れることもあれば、雑巾を絞るように捻じれて太い縄となりて絡まりタヌキ娘を締めあげようとしてくる。
それらをどうにかしのぎ切り、ようやく尾太夫が間合いに入ってきたので反撃を試みる芽衣であったが、これを防ぐのもまた帯であった。
瞬時にパタパタパタと折り重なってたたまれた帯、ぶ厚い盾となって拳を受け止める。もしくは巻物のごとく反物に戻って鈍器と化してズドンと小突いてくる。
黒い翼にて自在に空を駆け、遠中近の間合いを制する尾太夫。
七本ロープで構成されていた舞台は一本が消失し、ただでさえ不安定かつ狭い足場がいっそう狭くなっている。軽業師よろしくロープの上を跳ねたり、掴まってはぶら下がったりして敵の猛攻をしのぐものの、芽衣は防戦一方へと追い込まれる。このままでは時間の問題であろう。
「うーん、こうも絶妙な間合いをとりながら攻めたてられたらどうしようもない。とにもかくにもあの帯だよ。どうにかしないと……」
懸命に考えるタヌキ娘。ついに打開策を思いつき、一本のロープ伝いに向かったのは崖の方。敵に背を向けて一目散に走り出す。
これを目にした尾太夫はてっきり芽衣が不利になったから逃げ出したのかとかんちがいする。
「臆したか洲本芽衣。だが逃がしはせんぞ」
タヌキ娘はロープ上をひた走っているがゆえに、その進路を予測するのは容易。
すぐさま帯にて追撃を行う尾太夫。帯が槍となりて背後から芽衣を串刺しにせんとする。
しかしこれをちらりとふり返ることもなく、身を伏せてかわしてみせたタヌキ娘。足を止めることなく這うように伏せつつ、なおもシュタタッタと駆け続ける。
二度、三度と逃げるタヌキ娘に向けて尾太夫は攻撃を行うも、すべてひょいひょいかわされた。
ともすればコミカルに見えるタヌキ娘の回避行動。何やらバカにされているようにて、これにイラっときた尾太夫。「ええい、ならば」
遠距離からでは埒があかないので、少し距離をつめ確実に仕留めようとする。
しかしこれとほぼ同時にタヌキ娘の身が大きく跳ねた。「とうっ」
宙にて一回転し、くり出されたのは飛び蹴り。
ただし相手は尾太夫ではない。六本のロープのうちの一本、現在、自分が足場にしているそれを崖に固定している器具である。
「どぉぅりゃあぁぁぁあぁぁぁっ!」
気合一閃。タヌキ娘の蹴りが固定器具を破壊する。
ひょうしにロープが勢いよくはずれた。
ピンと張ってあったがゆえに解き放たれた瞬間、ロープはおおいに暴れた。
これには近づこうとしていた尾太夫もギョッ!
谷間を巨大なムチとなって荒れ狂うロープ。
どうにかひらりはらりと舞うようにかわす尾太夫であったが、かわし切れなかったのが愛用の帯。長い身ゆえにうっかりロープに絡めとられてしまった。
このまま帯を手にしていたのでは、自分まで巻き込まれてしまう。
そこでとっさに帯を離そうとしたところで、ギョッ!
波打つ不安定な帯の上を駆けてくるタヌキ娘がいた。
外されたロープと、己が身、絡まった帯らが一時的につながり、発生した仮初の帯の吊り橋。
それを伝って猛然と芽衣が迫ってくるではないか。
「なんだと! そんなバカなっ!」
驚愕する女形カラス天狗にタヌキ娘が吠える。
「おそれいったか? これぞ秘技、湖国名物カイツブリ走り」
これは淡路島での強化合宿のおり、キツネ娘の出灰桔梗が披露した水面歩行術。
理屈はとっても簡単。踏み出した右足が沈む前に左足を出す。そして次は右といった具合に、ひたすら繰り返すだけ。
とはいえいきなり水の上でやるのはムズカシイなので、まずは長いゴザでも浮かべて練習するのがオススメである。
先にも述べたが内心の困惑は動作にもあらわれる。
それは芽衣のみではなく尾太夫も同じこと。
迫るタヌキ娘の拳。込められた必殺を悟ったとき、美しき女形カラス天狗はとっさに顔をかばった。
舞台に生きる役者なれば顔は命。これだけは、あぁ、これだけは……。
その想い、意地を汲んだ芽衣、拳の軌道を下げ相手の腹をぶち抜く。
保津峡七番勝負、第二幕。
勝者、洲本芽衣。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
推理小説家の今日の献立
東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。
その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。
翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて?
「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」
ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。
.。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+
第一話『豚汁』
第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』
第三話『みんな大好きなお弁当』
第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』
第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』
狐侍こんこんちき
月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。
父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。
そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、
門弟なんぞはひとりもいやしない。
寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。
かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。
のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。
おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。
もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。
けれどもある日のこと。
自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。
脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。
こんこんちきちき、こんちきちん。
家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。
巻き起こる騒動の数々。
これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。
御様御用、白雪
月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。
首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。
人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。
それは剣の道にあらず。
剣術にあらず。
しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。
まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。
脈々と受け継がれた狂気の血と技。
その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、
ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。
斬って、斬って、斬って。
ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。
幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。
そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。
あったのは斬る者と斬られる者。
ただそれだけ。
乙女フラッグ!
月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。
それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。
ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。
拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。
しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった!
日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。
凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入……
敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。
そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変!
現代版・お伽活劇、ここに開幕です。
AIアイドル活動日誌
ジャン・幸田
キャラ文芸
AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!
そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる