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473 保津峡七番勝負、第二幕
しおりを挟む保津峡七番勝負、第一幕。
芽衣と忠三郎の戦い。
じりじり高まり続ける緊張感。
肌がひりつくほどの焦燥が、戦う当人たちのみならずこれを見守る観衆にも伝わり、いつしか場は静まり返っていた。
夜陰の底より聞こえるは清流のさざめき。
風が優しくひゅるりと吹いて、崖の半ばに根を降ろす木々の枝葉がかすかに揺れた。
ピチャンと音がした。
何かが水面を跳ねる音。
とっさにそちらへと顔を向けた芽衣。暗がりにギンっと目を凝らし正体を探ると、それはどうやら魚が跳ねただけであったよう。
だからふたたび周囲の警戒に戻ろうとした矢先のこと。
斜め後方の足下よりせり上がってきた殺気。芽衣ははっとなってふり返ろうとするも、直後に突き出されたのは棒の先端部分。
背後の脇下から突き入れられた一撃は鋭く、存分にスピードも乗っていた。芽衣をしても完全にかわし切れないほどに。それでも身をよじって直撃は避けた。
服を裂き、肌を傷つけ、わずかににじむ血。
それにはかまわず、芽衣はすかさず反撃を試みる。しかし拳が打ち出されることはなかった。
猛然と通り過ぎる八角棒。これを握っているはずのカラス天狗の姿がどこにもなかったからである。
棒が投げつけられたものであると芽衣が気づいたときには、その腹部を衝撃が襲っていた。
投擲を第一の攻撃とし、その陰に潜んでいた続く第二の蹴撃。
意識を完全に棒の方にもっていかれていた芽衣は、こいつをモロに喰らった。
大柄なカラス天狗である忠三郎の蹴りをまともに受けて、小柄なタヌキ娘の身が宙を……舞わない?
たしかに吹き飛ばされのだが、左足のつま先を足場のロープに引っかけてどうにかこらえていたのである。
大きく反ったロープが、忠三郎の攻撃がいかに重く高威力であったのかを物語っていた。
けれどもだからこそ弓の弦のようになったロープが産み出す反動もよりいっそう強くなる。
タヌキ娘を蹴り上げたことにより、その場にとどまっていた忠三郎。
そこにロープを弓弦とし、自身が矢となった芽衣が襲いかかる。
蹴りの威力、弦の反動、これに芽衣の攻撃力が加わった一撃。
「狸是螺舞流武闘術、蹴の型、目貫き」
拳での攻めが主体である流派における、数少ない蹴り技。
技名の由来は、針の穴に糸を通すがごとく正確無比な蹴撃の意から。
倍返しどころか、倍の倍の倍ぐらいの威力の蹴りが鳩尾に刺さって忠三郎がたまらず「ぐえっ」とひと鳴き。
その厚い胸板をもバンっと踏みつけた芽衣、これを踏み台として特設ステージへと戻る。
文字通り踏んだり蹴ったりされてしまった忠三郎。くるくるきりもみしながら落ちていき、そのままドボンと落水した。
◇
保津峡七番勝負、第一幕の勝者は芽衣。
当初は空中機動力を有し、圧倒的に有利であろうと思われた忠三郎であったが、刹那の駆け引きに破れる。
厳しい状況をからくも乗り切った芽衣であったが、すぐに第二幕が始まりろくに息を整えている暇もない。
そればかりか、ガチャンと舞台袖より音がして外されたのが七本ロープのうちの一本。
どうやら七番勝負が進行するほどに一本ずつ落とされる仕掛けとなっているようだ。
つまり芽衣が勝つほどに足場は減っていき、戦いはより過酷さを増してゆくということ。
これこそがこのリベンジマッチに仕込まれてあった最後の罠。
なりふり構わず、勝利を渇望するこの姿勢にこそ、カラス天狗たちの並々ならぬ執念を見た芽衣は、遅まきながら戦慄を禁じ得ない。
そんな彼女の前に次に立ったのは艶やかな振袖姿。
「まずはお見事と褒めておこう。それでこそ蒼雷の名を継ぐ者よ。我こそは八咫流七仙家、七勇士がひとり、尾太夫なり。さぁ、存分に試合おうぞ」
まるで歌舞伎の女形のような華やかな格好をした美形のカラス天狗。腰回りのしなと、向けてくる流し目がめっぽう色っぽい。
おもわず万札で作った輪っかを首からかけたくなるほどの麗しき対戦相手。登場したとたんに観客たちから「よっ、待ってました、千両役者」「キャーッ、尾太夫さまーっ」との黄色い声援がやんやとやかましい
これにより先の第一幕の敗北にて静まりかけていた場の雰囲気がいっきに盛り返したところで、審判役が第二幕の開始を高らかに宣告する。
明らかに戦闘には不向きな格好。
いったいどうやって戦うのかと用心していたら、するりと帯がほどけて、着物の前もはだけ乱れだしたものだから、芽衣はギョッ!
和服ならではのあられもない姿。
初心なタヌキ娘はおもわず目を伏せた。
だが、伏せた視界の隅にてちらりと何かの影が横切ろうとするのを察して、あわてて顔をあげる。するとそこにあったのは宙に波打つ長くのびた帯。まるで生きているかのようにクネクネしては、大蛇のごとくうねっている。
着物や帯を武器として戦う、世にも稀なる八咫流七仙家の一派がタヌキ娘に牙をむく!
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