471 / 1,029
471 谷間の蜘蛛の巣
しおりを挟む日曜日の夜もあいにくの空模様。
雨や霧こそは起こらぬも、いつになく保津峡を走る風の勢いが強い。
やっかいなことに突風のみならず竜巻まで生じる。
そのせいでせっかくリベンジマッチの舞台として用意した特設ステージが壊れてしまう。
急いで復旧作業にとりかかるも、資材がちと足りぬ。
とっくに都内のホームセンターは閉まっている時間帯ゆえに補充もままならず。
かくしてまたもや順延を余儀なくされてしまったカラス天狗たち。
当然ながら芽衣もさらに待たされることになるわけで……。
「えーっ、また伸びたのぉ? わたし、学校があるんですけど」
ワンホール五千円以上もする高級スイーツ。
緑の抹茶抹茶しているねっとり特濃チョコレートケーキを頬張りながら、タヌキ娘が文句をぶつくさ。
ともすれば腰をあげそうになるところを「リベンジマッチに付き合ってくれたら、京都土産いっぱいあげるから」と必死にとりすがり、なだめすかすのはカラス天狗見習い年長さんの伊吹。
その態度に初見時に見せた横柄さは皆無。まだ少年だというのに、はや無能な上司に振り回されるペーペーサラリーマンの悲哀をまとわしつつある。
さすがの芽衣もこれをまのあたりにすると哀れを催し、あまり強くは言えなくなってしまう。
「もう、しようがないなぁ。でもできるだけ急いでよね。あんまり高校をずる休みすると、綾ちゃん先生か教頭先生あたりから四伯おじさんに連絡されちゃうから」
こんなやりとりがありつつ、スイーツが消費されるばかりの無為無聊の時間が緩やかに過ぎていく。
◇
月曜日、夕刻の保津峡にてせわしなく動いていたのはヘルメットに作業着姿というカラス天狗の集団。
土曜日と日曜日の夜はあいにくと天候に恵まれなかったが、今夜は大丈夫っぽい。なので急ピッチで作業を行っていた。
「班長、舞台の再設営が完了しました。最終チェックをお願いします」
「わかった。それじゃあ、まずは強度チェックからいくぞ」
班長が手をあげ合図を送るなり、カラス天狗のひとりが空へと舞い上がった。ビル五階分ほどもの高さまでいったところで、羽ばたきをやめて翼をたたむ。
とたんにその身が急降下し、真っ直ぐに特設ステージへと落ちた。
舞い上がっては急降下。
これを繰り返すこと十回。
しっかり設営された舞台はびくともせず。
この様子にうなづいた班長が「続けて舞台装置の起動チェックだ。まずは一番から」と言った。
◇
とっぷり陽がくれてからリベンジマッチの会場へと案内された芽衣。
タヌキ娘はそこを目にしたとたんに「なんじゃこりゃーっ」との声を発せずにはいられない。
天には煌々と輝く月。
地には丹波の国・亀岡から京の嵐山へと通じる緑清水の流れ。
京都屈指の渓谷にして景勝地である保津峡。
深い谷間をまたぐかのようにして張り巡らされてあったのは七本のロープ。
中央で交差し円を描くように配置されてある。
これこそが今宵のリベンジマッチのために用意された特設ステージ「蜘蛛の巣」である。
かつて嵐山は渡月橋において初代蒼雷こと洲本葵にこてんぱんにしてやられたカラス天狗たち。
妖である己たちのチカラを奢り、相手を舐め、無策にも数を頼みに強引にたたみかけようとした結果、歴史的大惨敗を喫す。
カラス天狗たちは反省し、敗因を分析する。
そうしてあるひとつの結論へと達した。
「天にはトリがいて、地にはタヌキがいる。これは古来より変わらぬ不文律。だというのに我らは翼ある高貴な身分にもかかわらず、つい頭に血がのぼるあまりわざわざ地に降りて戦ってしまった。これでは海のギャングと恐れられるシャチや、暴帝との異名を持つホオジロザメらが浜に打ちあげられてしまったのと同じこと。なにも出来ないのは当たり前。みずから死地に飛び込んだのでは敗北するは必定であったのだ」
猛省したカラス天狗たち。
そこで今回はこのように高所かつ、足場の不安定な舞台を用意した。
さらには「落ちたら負けだからな」とのルールもちゃっかりつけ加えるしたたかさ。
卑怯? 卑劣? ズルい? せこい?
ふっ、それは言いがかりというもの。
戦いとは、実際に戦う前の準備段階からすでに始まっているのだ。
幼稚園のお遊戯じゃあるまいし、「みんなそろってよーいどん」で始めるものではない。
天の利、地の利、人の利を制したものが勝つ。
昔のえらい人もそう言っているじゃないか。
清々しいまでに開き直ったカラス天狗たち。
その物言いにタヌキ娘は「ぐぬぬ」と悔しがるも反論できない。
「くっ、言ってることは正しいはずなのに、なんだかとってもモヤモヤする!」
かくして圧倒的に不利な状況下にて、ぽっこりお腹を抱えたままでタヌキ娘は戦場に立つこととなる。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートの威力はすさまじくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる