おじろよんぱく、何者?

月芝

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471 谷間の蜘蛛の巣

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 日曜日の夜もあいにくの空模様。
 雨や霧こそは起こらぬも、いつになく保津峡を走る風の勢いが強い。
 やっかいなことに突風のみならず竜巻まで生じる。
 そのせいでせっかくリベンジマッチの舞台として用意した特設ステージが壊れてしまう。
 急いで復旧作業にとりかかるも、資材がちと足りぬ。
 とっくに都内のホームセンターは閉まっている時間帯ゆえに補充もままならず。
 かくしてまたもや順延を余儀なくされてしまったカラス天狗たち。
 当然ながら芽衣もさらに待たされることになるわけで……。

「えーっ、また伸びたのぉ? わたし、学校があるんですけど」

 ワンホール五千円以上もする高級スイーツ。
 緑の抹茶抹茶しているねっとり特濃チョコレートケーキを頬張りながら、タヌキ娘が文句をぶつくさ。
 ともすれば腰をあげそうになるところを「リベンジマッチに付き合ってくれたら、京都土産いっぱいあげるから」と必死にとりすがり、なだめすかすのはカラス天狗見習い年長さんの伊吹。
 その態度に初見時に見せた横柄さは皆無。まだ少年だというのに、はや無能な上司に振り回されるペーペーサラリーマンの悲哀をまとわしつつある。
 さすがの芽衣もこれをまのあたりにすると哀れを催し、あまり強くは言えなくなってしまう。

「もう、しようがないなぁ。でもできるだけ急いでよね。あんまり高校をずる休みすると、綾ちゃん先生か教頭先生あたりから四伯おじさんに連絡されちゃうから」

 こんなやりとりがありつつ、スイーツが消費されるばかりの無為無聊の時間が緩やかに過ぎていく。

  ◇

 月曜日、夕刻の保津峡にてせわしなく動いていたのはヘルメットに作業着姿というカラス天狗の集団。
 土曜日と日曜日の夜はあいにくと天候に恵まれなかったが、今夜は大丈夫っぽい。なので急ピッチで作業を行っていた。

「班長、舞台の再設営が完了しました。最終チェックをお願いします」
「わかった。それじゃあ、まずは強度チェックからいくぞ」

 班長が手をあげ合図を送るなり、カラス天狗のひとりが空へと舞い上がった。ビル五階分ほどもの高さまでいったところで、羽ばたきをやめて翼をたたむ。
 とたんにその身が急降下し、真っ直ぐに特設ステージへと落ちた。

 舞い上がっては急降下。
 これを繰り返すこと十回。
 しっかり設営された舞台はびくともせず。
 この様子にうなづいた班長が「続けて舞台装置の起動チェックだ。まずは一番から」と言った。

  ◇

 とっぷり陽がくれてからリベンジマッチの会場へと案内された芽衣。
 タヌキ娘はそこを目にしたとたんに「なんじゃこりゃーっ」との声を発せずにはいられない。

 天には煌々と輝く月。
 地には丹波の国・亀岡から京の嵐山へと通じる緑清水の流れ。
 京都屈指の渓谷にして景勝地である保津峡。
 深い谷間をまたぐかのようにして張り巡らされてあったのは七本のロープ。
 中央で交差し円を描くように配置されてある。
 これこそが今宵のリベンジマッチのために用意された特設ステージ「蜘蛛の巣」である。

 かつて嵐山は渡月橋において初代蒼雷こと洲本葵にこてんぱんにしてやられたカラス天狗たち。
 妖である己たちのチカラを奢り、相手を舐め、無策にも数を頼みに強引にたたみかけようとした結果、歴史的大惨敗を喫す。
 カラス天狗たちは反省し、敗因を分析する。
 そうしてあるひとつの結論へと達した。

「天にはトリがいて、地にはタヌキがいる。これは古来より変わらぬ不文律。だというのに我らは翼ある高貴な身分にもかかわらず、つい頭に血がのぼるあまりわざわざ地に降りて戦ってしまった。これでは海のギャングと恐れられるシャチや、暴帝との異名を持つホオジロザメらが浜に打ちあげられてしまったのと同じこと。なにも出来ないのは当たり前。みずから死地に飛び込んだのでは敗北するは必定であったのだ」

 猛省したカラス天狗たち。
 そこで今回はこのように高所かつ、足場の不安定な舞台を用意した。
 さらには「落ちたら負けだからな」とのルールもちゃっかりつけ加えるしたたかさ。

 卑怯? 卑劣? ズルい? せこい?

 ふっ、それは言いがかりというもの。
 戦いとは、実際に戦う前の準備段階からすでに始まっているのだ。
 幼稚園のお遊戯じゃあるまいし、「みんなそろってよーいどん」で始めるものではない。
 天の利、地の利、人の利を制したものが勝つ。
 昔のえらい人もそう言っているじゃないか。

 清々しいまでに開き直ったカラス天狗たち。
 その物言いにタヌキ娘は「ぐぬぬ」と悔しがるも反論できない。

「くっ、言ってることは正しいはずなのに、なんだかとってもモヤモヤする!」

 かくして圧倒的に不利な状況下にて、ぽっこりお腹を抱えたままでタヌキ娘は戦場に立つこととなる。


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