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469 年少組トラップ
しおりを挟む「えーと、そこの『カラス天狗見習い』の年長さん。ちょっと訊きたいんだけど、どうしてわたしはこんな目に合わされているのかしらん?」
「伊吹だっ! いちいち『見習い』のところを強調するんじゃねえよ」
「はいはい、で、どうなの?」
「ふん、そんなこともわからないのか。ははは、これだから鈍ちんの毛玉風情は。まぁ、いいだろう。オレさまは寛大だからな。特別に教えてやろう。むかしむかしあるところに……」
話がものすごく長くなりそう。
だから芽衣はいきなり「えいっ」と床板をぶち抜き「一分、百文字以内にまとめて」とにっこり。
笑顔の恫喝。
とたんにビクリと固まった伊吹。たちまち従順でしおらしい態度になる。
「ひっ、すみません。リベンジマッチです。渡月橋黒の惨劇事件で初代蒼雷にやられた鬱憤を二代目で晴らそうというケチな魂胆です、はい」
「はぁ? あきれた。にしても、それならそうとふつうに申し込んでくれたら、ちゃんと受けるのに、どうしてこんな回りくどいマネを」
「それには、そのぅ、いろいろとこちらにも事情というものがありまして……」
まず第一に、世間体を気にして。
カラス天狗が意趣返しを目論んでいるだなんて、外聞が悪いにもほどがある。うっかり物見高くてウワサ好きの都の動物どもに知られようものならば、たちまち日ノ本中に話が広がってしまう。これはかなりマズイ。だからバレないようにこっそりと。
次に上とのかねあいがある。
今回のことはあくまでカラス天狗たちの私怨にて、勝手にやっていること。上役の天狗たちや、そのさらに上の愛宕山の御大将である太郎坊大天狗さまは一切預かり知らぬこと。よしんば正直に話して相談したところで、きっと許されはしなかったであろう。
妖界ではよく知られているカラス天狗ではあるが、天狗業界の中では下っ端に過ぎない。
ゆえに上の天狗エリートたちには、彼らが抱える苦悩や悔しさなんぞはちっともわからないのである。
あとは万が一の恥の上塗りを防ぐため。
意気揚々と勝負を挑んであっさり返り討ちにでもあったら、これはもう目も当てられぬ。
何ごとにも絶対はない。特に戦いの勝敗は時の運ということもある。
よって勝ったらおおいに喧伝し手柄とし、負けたらこっそり黒歴史として人知れず葬ろうとの安全策を高じた次第。
◇
まじめに聞いているのが阿呆らしくなるほどに、想像以上にこすい事情だった。
伊吹の説明に耳を傾けているうちに、タヌキ娘がどんどんジト目となっていくのも無理からぬこと。
「うん、わかったよ。とりあえずわたしのスマホや荷物を返して。話はそれからということで」
とは言ったものの、芽衣はカラス天狗どもに付き合う気はさらさらない。理由は言わずもがなであろう。
すっくと立った芽衣、伊吹が止めるのも聞かずにスタスタ部屋の扉へと向かい、外に出ようとする。
しかしその行く手を遮る影ふたつ。
「いかないで、素敵なタヌキのお姉さん」
「いかないで、美人のタヌキのお姉さん」
そっくりな双子の幼女。うるうる瞳にぷにぷに頬っぺた。
左の方を阿嘉といい、右の方を詩露という。そろってカラス天狗見習い年少組なんだそう。
そんな二人が短い手足をちょこまかさせながら近寄ってきては、出て行こうとする芽衣の腰にヒシと抱きつき、イヤイヤイヤ。
じっと見上げてきては瞳をいっそう、うるうるうる。
カラス天狗の子たちでも伊吹のような年長組は生意気さが全開だというのに、年少組の愛らしさときたら、もう。
同じトリでも、ニワトリとヒヨコぐらいものちがいがある。
最強クラスのかわいらしさ襲来! これを前にしてはいかに狸是螺舞流武闘術の達人とてタジタジになろうというもの。
それでも「ごめん、お姉ちゃんには京都中のスイーツを食べ尽くすという使命があるの」と強行突破しようとしたのだが……。
次の間へと通じる扉を開けたところで、ぞろぞろと姿を見せたのはカラス天狗の年少さんたち。
小さい子どもたちがすかさず芽衣を取り囲んでは「せーの」で。
「「「「「「いっちゃヤダー」」」」」」
ちょっと想像してみて欲しい。
自分のまわりをピヨピヨ、もこもこふわふわの雛鳥ちゃんたちが囲んでいる状況を。
これを「おらおら、邪魔だ、どけっ!」と払い、踏みつけ、蹴飛ばし、掻き分け、行ける者が果たしてこの世に存在しうるであろうか?
断じて否っ!
もしもいたら、そいつの血はきっと青色であるのにちがいあるまい。
そして泣く子と地頭には勝てぬもの。
恐るべし、年少組トラップ!
数多の強敵どもを退けてきたタヌキ娘、ついに膝を屈す。
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