おじろよんぱく、何者?

月芝

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468 年長組ホープ

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 疾風となりて駆け続ける超特急人力車!
 交通状況に応じて大通りと脇道を巧みに使い分けては、ずんずん突き進む。
 緩やかなコーナー、石畳の路面に巨大な二輪を滑らせては尻を大きく振ってのドリフト走行。
 ほぼ直角のコーナー、インに頭から突っ込んでは車体をスライドし、コーナーを抜けたところで急加速しミサイルのごとく飛び出す、アウト・イン・アウトなる華麗な走りを披露する。
 左右に幾筋も小径が枝分かれしている直線ではリンリンリンとベルを鳴らし、警告を発しつつ「そこのけそこのけ、御馬が通る」といっきに駆け抜ける。
 かと思えば、たまさか行き交った知人には手をあげて笑顔でこたえ、駆けながら器用にペットボトル片手に水分補給をしたり、小型無線機を操作しては情報のやりとりまでこなす。
 なんとも頼もしいことこのうえない。
 無線でのやりとりを終えた矢掛恒太郎がちらりと後部座席のこちらを見つつ。

「お客さん、たったいま仲間からの連絡で、お探しのハイヤーは嵐山から保津峡方面へと向かったのを見かけた者がいたそうです」

 保津峡とは、桂川の上流域にある急流と奇岩が美しい京都屈指の渓谷のこと。
 絶壁、激流、深淵、大きな岩がごろごろ……。
 風光明媚かつダイナミックな景観を誇っており、自然公園に指定されている。
 ステキな四季おりおりの美しい景色の中をガタンゴトンとゆったり走るかわいらしい嵯峨野トロッコ列車や、丹波の国・亀岡から京の嵐山までアグレッシブな舟遊びが堪能できる保津川下りでも有名。

 現在の勢いのまま保津峡方面へと向かうと言った俥夫の矢掛恒太郎。
 しかしそんな快進撃の前に立ちふさがるものあり。
 渡月橋名物の大渋滞!
 京は嵐山の渡月橋といえば都めぐりの中でも屈指の観光スポット。おかげさまにて年がら年中、人もクルマもわんさか押し寄せ、そのうち橋が重さで落ちるのではと不安になるほどの盛況ぶり。

 いかに他の追随を許さぬ疾駆を誇る超特急人力車とて、存分に駆けられるだけのスペースがなければどうしようもない。
 だから「さすがにここでは足をゆるめざるをえまい」「もしくはどこか迂回するのか」とおれは考えるも、そんな心配は無用であった。
 矢掛恒太郎より事前に無線連絡を受けた俥夫仲間たち。
 彼が通りがかるタイミングを見越し、手分けして交通整理を行う。
 かくしてギリギリ人力車一台分が通り抜けられるだけのスペースを道路脇に確保。

「がんばれ!」「きばれよ!」「しっかりな!」

 仲間からの声援を受け、パワーをもらった超特急人力車がさらに加速する。
 全長百五十メートルほどの橋をいっきに駆け抜け、一路、保津峡方面を目指す。

  ◇

 助手が消息を絶ったとの連絡を受けて以降、探偵が京都にてその足どりを追っていた頃。
 当の拉致されたタヌキ娘はどうしていたのかというと……。

「うーん、よく寝たぁ。あんまり寝過ぎたものだから、体中がバッキバキだよ」

 おおきく背伸びをした芽衣。
 凝った身体をほぐしつつ、周囲をキョロキョロ。現状に首をかしげる。
 たしか京都タワーの前でハイヤーに乗せられたはずなのだが、なぜだかコテージ風の丸太小屋の中、床に無造作に敷かれたマットレスの上にいる。
 カーテンの隙間から差し込む陽射しは茜色。
 どうやらすでに夕方になっているらしい。
 とりあえずいま何時かを確かめようとした芽衣であったが、自分のスマートフォンがどこにもないことに気がつく。そればかりかカバンや持ち物の一切がない!
 で、遅まきながら自分が何者かに一服盛られて眠らされていたことを思い出した。

「はっ、このありえない少女マンガ的な展開。もしかしてわたしに恋焦がれるどこぞの御曹司が、シャイが高じるあまり乙女を強引にさらったのかもしれない。どうしよう……、相手が超お金持ちで超足の長い超イケメンだったら」

 とんちんかんなことをぷつぷつ独り言。妄想たくましく「いやん」とくねくね身をよじる芽衣。
 すると「んなわけあるか、おまえは鏡を見たことがないのか」と言いながら扉を開けて入ってきたのは、生意気そうな面がまえをした少年。

「えーと、どちらさま?」

 キョトンとなっている芽衣から問われるなり、「耳の穴をかっぽじって聞きやがれ」と少年。腰に手をあて胸をめいっぱいにそらしつつ。

「オレさまはカラス天狗見習い年長組のホープ、伊吹さまだ。ちんちくりんタヌキの毛玉風情が、恐れ多くもこの伊吹さまに世話を焼かれるんだから、感謝感激し平身低頭して拝み倒しやがれ」

 言うなり少年の口元がにょきっとのびて黒いくちばしとなり、背中から黒い翼が生えて、バサバサリ。
 尊大かつ他者を見下す横柄な物言い。
 その姿、不遜な態度はまさしくカラス天狗そのもの。
 ただしかなり小さい子どもサイズではあったが……。
 これを前にして「なるほど、だから見習いなんだ」と芽衣もふむふむ納得。


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