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466 伝言ゲーム「いい話」
しおりを挟むタヌキにキツネにイタチにネコにイヌ、ヘビにカラスにハトにモズにインコとタカにトンビ、クマやイノシシにシカ、その他いろいろ……。
都に根をおろしている雑多の動物どもが昼間っからたむろする、酒場だわすけ。
適当に呑兵衛どもをあしらいつつ、こなれた様子で接客をしている女たちもまた動物が化けたもの。
こちらも客におとらず多種多様にて。
和気あいあいとはちがう。
どこか気だるげで退廃的な雰囲気が漂う店内。
そんな場所にそぐわないセーラー服姿の若い娘。カウンターテーブルに近づくなり備え付けられてある銀色の呼び鈴を押す。
チリンチリン。
最寄席にいた客や店員らが一斉にこっちを向く。
それらに向かって八葉は「最近、何か気になることはなかった? いい話を聞かせてくれたら、こちらにいるお兄さんが一杯奢っちゃうよーっ」と声をはる。
とたんに目の色を変える呑兵衛ども。「うーん」と真剣に考えたり、隣近所の客らとひそひそし始める。
店員の女性はにっこり満面の笑み。さっそくうしろの棚に並ぶ酒瓶を吟味しだす。どうやらほどほどに高い酒にて店の売上げに貢献する腹積もりのようだ。ちゃっかりしている。
八葉の問いかけがまるでドミノ倒しのように、やたらと長いカウンターを奥へ奥へと伝播していく。
でもってしばらくしたら伝言ゲームにて、今度は奥から手前へ「いい話」とやらが続々に送られてくるようになる。
「御天さんのところの三姉妹がこのまえお揃いのビキニの水着を買っているのをみたぞ」
「なんといっても長女の翠雨(すいう)だな。あのお色気むんむん。たまらんわい」
「俺は断然、次女の氷雨(ひさめ)が好みだな。他を寄せつけんでいつもツンケンしておるが、ときおり油断してのぞかせる素とのギャップがたまらん」
「それを言ったら三女の時雨(しぐれ)よ。あの男に免疫がまるでない初心なところが、どうにも守ってあげたくなっちゃう」
「……で、海か山か、はたまたプールか」
「いやいや、琵琶湖というパターンもあるぞ」
「内地育ちは潮風のべたべたを好まん。かといって強い日差しはお肌の大敵。なれば設備が整っている最寄りの室内プールとみた」
「「「「それだ!」」」」
なんぞというどうでもいい話に始まり、どこそこの家で夫婦喧嘩が起こってついには実家同士が戦争状態一歩手前にまでヒートアップしていることや、どこそこのお店が銀行から大型融資を受けたらしい、次の市議選挙に誰それが出るそうな、市議といえばアイツはとある不動産と怪しい関係にある、あの土地が競売にかけられる、などなど。
人間界や動物界隈のあれこれ。とりとめのない内容から、わりと出すところに出したらおおごとになりそうなきな臭い話まで。
ある程度、出揃ったところでいつしか話題は妖界のことになっていた。
「そういえば今日、動物界で緊急会合が招集されたって話だが」
「なんでも議題はカラス天狗どもだとよ」
「あれ? そういえばここのところ連中の姿をちっとも見てねえなぁ」
「これまでにも何か立て込んでいて姿が減ることはあったが、まったくというのは始めてじゃないのか」
「それで、長老方が危惧しているらしい。またぞろよからぬことをたくらんでいるのではないかとな」
「そうかい? おれはいましがた新京極のシュークリーム屋から紙袋をいっぱい持って出てくるところを見かけたぞ」
「わしは八坂通の和菓子屋で見かけたな。ほら、あの大きなおはぎを売っているところじゃ」
「自分は清水のクレープ屋で見ましたよ」
「あん、なんだよ。そこいら中に出没しているじゃないか」
「にしても連中、いつの間に甘党に鞍替えしたんだ。前は酒一辺倒だったのに」
「しかし甘いものと酒の両方を嗜んでこそ、真の酒飲みとも言うぞ」
「うーん、でも俺は締めはラーメンの方がいいなぁ」
「ラーメンといえば四条大橋近くに出没する河童の屋台が絶品」
「あぁ、アレか。嘘か誠はどこぞの寺の屋根裏から見つかった人魚のミイラで出汁をとっているとかいう」
酔客どものもたらす情報は、ともすればとりとめもなく方々にとっ散らかるから取捨選択がたいへん。
とはいえカラス天狗の話題に、おれの探偵の勘がぴくりと反応する。
なにせカラス天狗といえば芽衣の祖母である葵とひと悶着を起こした相手。
その出来事は「渡月橋黒の惨劇事件」として、いまなお語り継がれている。
とはいえ半世紀以上も前のことだし、なにより当事者はあくまで葵であって芽衣は関係ない。だがちょいと引っかかる。
とはいえまさか祖母の遺恨を孫娘で晴らそうだなんて、そんなクソしょうもないマネを仮にも天狗に累する妖が目論むであろうか。
もしもそうだとしたら、あんまりにも情けなさすぎて、ちょいと泣けてくる。
おれがぼんやりそんなことを考えていると、新たにこんな目撃証言がもたらされた。
「土曜日の昼頃といえば、京都タワーの角にヘンなクルマが停まっていたな。見た目は立派な黒のハイヤーなんだが、どうしてすぐ目の前にあるタクシー乗り場に停めないで、わざわざあんなところにじっとしていたのやら」
「あー、あれな。俺も見たぞ。でもあれって客待ちをしていたみたいだぞ。小柄な子を乗せたとおもったら、じきにいなくなっちまったからな」
小柄な子というワードが妙に気になったおれは、「その話、もうちょっと詳しく」と頼み込む。
そうして聞き出したところ、ハイヤーに乗り込んだ子の特徴が芽衣にそっくし。
とはいえあくまで酔っ払いの証言なのでいまいち信用ならない。
「京都タワー周辺の防犯カメラの映像をチェックできたらてっとり早いんだがなぁ」
おれがぼそりとつぶやけば、八葉が「わかった、ちょっと待ってて」と言って自身のスマートフォンを取り出す。
八葉がどこぞに連絡を入れてから、待つこと五分ほど。
送られてきた画像に八葉がにんまりし、「ビンゴ、灯台下暗しならぬ京都タワー下暗しだったみたいね。ほら、尾白さん」と言った。
スマートフォンの画面にあったのは、ハイヤーに乗り込むおかっぱ頭のちんまい小娘の姿。
これでようやく芽衣の足どりの尻尾を捕まえた!
にしても、なんという手際の良さであろうか。
内心で舌をまくおれに、セーラー服姿の少女がぱちりとウインク。
「だからはじめに言ったでしょう。これでもいちおうは南禅寺家の娘だって。だからこの八葉ちゃんにどーんとおまかせあれ」
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