おじろよんぱく、何者?

月芝

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460 渡月橋黒の惨劇事件

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 はるかいにしえより日ノ本の中心であった千年王都。
 幾多の戦乱の時代を経て栄枯衰退を繰り返すも、そのたびに不死鳥のごとく蘇る。 
 積み上げし圧倒的歴史は他の追随を許さず。
 経済や政治の中心が江戸幕府以降、東の地に移ったいまであってもココロの拠り所としてなお君臨し続けている。
 いわば魂に刻まれた場所、それが京都。

 古来より魑魅魍魎が跋扈し、人化けした毛玉どもも多数まぎれ込んでおり、修学旅行生やら観光客がうごうご。
 華やかで雅な地ではあるが、人界・動物界・鬼界・妖界、各々の勢力がどっしり根を降ろし、お互いの動向を見張るかのような緊張感を保つことで、どうにか平穏を保っていることを知る者は存外に少ない。
 その混沌とした様をして「魔都」と呼ぶ者もいる。

  ◇

 長い歴史を誇る地だけに、その均衡が崩れて騒動が起こることはままあれども。
 近々にて記憶に新しいのは半世紀ほど前に起きた「渡月橋黒の惨劇事件」である。
 揉め事の中心にいたのは一匹の雌タヌキ。
 名を葵といった。
 三大タヌキの一雄・淡路の芝右衛門の家系に連なる者にて、そこの女子にのみ継承される狸是螺舞流武闘術りぜらぶるぶとうじゅつの遣い手。
 歴代最強との呼び声のままに西日本各地で武勇伝を山ほどこさえ、若くして「蒼雷」の二つ名を持つ葵。
 そんな彼女が満を持して乗り込んだの魔都であった。

 千年王都は表向き「おいでやすぅ」とにこにこ愛想がいいわりに、裏では余所者を「けっ、この田舎もんがっ。しっしっ、気安く近づくんじゃないよ。肥溜め臭いのが移ったらどうしてくれるのさ」とかなーり格下あつかいして、見下している。
 ましてやそんな相手に自慢の街を我が物顔で闊歩され、穢されてはたまらない。
 ゆえに外部からの闖入者には、ことの他目を光らせていたりもする。
 いつしか京での葵の一挙手一投足にみなが注目するようになってゆく。
 けれども当の葵はのんびりしたもので、都見物がてら生八つ橋や千枚漬けをむしゃこら、ときおりこの地に根を降ろす毛玉どもの道場に顔を出しては稽古をつけてもらったり、鴨川の中州での果たし合いに応じたり……。

 とにかく葵の滞在目的がはっきりしない。そのくせだらだら長逗留にて腰をあげない。
 やんわり京都流のイヤミをぶちかましても、ちっともこたえない。

「お茶のおかわりどうどすかぁ」
「おう、悪いな。もらおう。ついでにお茶請けの追加も頼む」

 ときたもんだ。
 言葉の裏を読まず額面通りに素直に受け取るから、かえってヤブヘビになる。
 こうなると馬鹿と正直者はやっかいだ。ピリリと辛い山椒のごとき頓智とんちもまるで通じず。

「ならばもういっそのこと放っておけ」

 と言いながらもやはり気になる。そしていったん気になりだしたら、余計に気になって意識して深みにはまる。
 恐怖とは未知と無知から派生するもの。
 ひとり相撲が疑心暗鬼を産み、否が応にも高まるピリピリムード。
 そんな動物界の緊張を敏感に察し他の勢力も葵の動向に注視する中にあって、真っ先に沈黙を破ったのが妖界。

「おい、聞いたか? 都中の動物どもが一匹の雌のタヌキに怯えておるそうな。なにかと小生意気な毛玉ら。そいつをビビらせるとは愉快痛快。どぉうれ、退屈しのぎにひとつそのタヌキの面を拝んでやるとしようか」

 さっそく山奥より連れだって下界に降りてきたのは、カラス天狗たち。
 自慢の黒翼を駆使し持前の機動力を活かし、都の空を手分けして飛び回る。
 そのうちに仲間のひとりから「嵐山の方にそれっぽいやつがいた!」との報告が入ったもので、ぞろぞろと出向くことにしたのだが……。

  ◇

 カラス天狗どもが群れをなして嵐山の方へと飛んで行けば、眼下の渡月橋をトテトテ歩く小娘がひとり。
 それがタヌキが化けたものだと、ひと目で見抜いたカラス天狗たち。
 いきなり空から舞い降りては前後を囲み「おまえが葵とかいうタヌキの娘か?」と居丈高にたずねたところ、返答のかわりに飛んできたのは右の膝頭であった。
 まさかの飛び膝蹴り!
 もろにアゴ下に喰らったカラス天狗の者は「ぐはっ」と悶絶。白目をむいて大の字にのびてしまう。
 そいつを蹴転がして脇へとどけつつ、葵が言った。

「いきなり『おまえ』呼ばわりしたあげくに、だいの男が寄ってたかって女ひとりを囲むたぁ、いったいどんな了見だい? ことと次第によっちゃあ、ただじゃあすまさないよ」

 かくしてファーストコンタクトに失敗したことを発端として始まった、タヌキ対カラス天狗たちの乱闘。
 当初、カラス天狗たちは「いくら強いといってもたかが雌のタヌキ一匹、我ら天狗の敵ではないわ」と高をくくっていた。
 けれども次々と倒されていく仲間たち。そればかりか無惨に羽をむしられては、丸裸にするご無体まで。なんたる破廉恥!

「なんだ、このタヌキ! めちゃくちゃ強いぞ。いかん、このままじゃまずい。おい、誰か、すぐに山にいって応援を呼んで来い」

 仲間の窮地と聞いておっとり刀で駆けつけたカラス天狗たちの総数はわからない。
 ただ空の月が集いし黒き翼によって隠れたと伝わっている。
 乱闘が大乱闘へとなった。
 あまりの乱痴気騒ぎっぷりに嵐山の渡月橋がギチギチ悲鳴をあげて、あわやバタンと倒壊しかけたとかいないとか。

 多勢に無勢何するものぞ。
 天下無双の蒼雷。桜舞い散る月下にて群がるカラス天狗どもを相手に大立ち回り。桂川をむしったカラス天狗どもの羽で黒く染めた。
 葵にけちょんけちょんやられたカラス天狗たち。
 そのダメージは深刻にて、一時期、都での彼らの権威は地に堕ちる。嘲笑の的となり、あまりの恥ずかしさに居たたまれなくなって、しばらく下界遊びが出来なかったほどである。
 いや、ちょっと待て。
 あれは抜かれた羽がふたたび生えそろうまで、空をろくに飛べなかったせいであったか?

  ◇

 そして時は流れて現代へと。
 先の不法投棄業者の一斉摘発。これに同行していたのは監査役のカラス天狗のうちの一人。
 上空より小悪党どもが捕縛される様を高みの見物と洒落込んでいたのだが、その目が現場に居合わせたとあるおかっぱ頭の少女へと釘づけとなった。

「げげっ、あれはにっくき蒼雷! ……いいや、あれからすでに数十年経っているから歳が合わぬか。だとすれば縁者か。それにしてもよく似ている。とすればあれが近頃評判の二代目であろう。ウーム」

 まったく期せずして交わった過去と現在。
 これにより新たな騒乱の火ぶたが切って落されることとなる。


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