おじろよんぱく、何者?

月芝

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444 タヌキ・タヌキ・タヌキ

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 山間部をゆるやかにうねりながら続く高速道路。
 じきに長いトンネルへと入る。橙色の灯りに照らされた独特の空間を抜けたとたんに姿をあらわすのは、見上げるほどの超大な橋脚塔。
 世界最高峰の技術の粋を集めて建造された全長三千九百十一メートルにもおよぶ最強の吊り橋、明石海峡大橋。六車線もの幅を持ち、その一番端にクルマを走らせれば、否が応でも目に飛び込んでくるのが空と陸と海が一望できる大パノラマ。

 景色にはしゃぐ女性陣。
 それを尻目におれはひとりむっつりハンドルを握ったまま。
 すると助手席に陣取っていた弧斗玲花が「あれ、ひょっとして師匠ってば、ここがあんまり好きじゃないの?」と声をかけてきた。

 化け術の手ほどきをして以来、タイガー姉妹の妹はおれのことを師匠と呼ぶ。

「あー、いや、好きか嫌いかでいえばむしろ好きな部類だ。巨大建造物ってのは男のロマンだからな。建造過程の困難に立ち向かう技術者たちの奮闘ぶりはドラマチックで胸熱だし。でも、ここにはとびきりイヤな思い出もあるからなぁ」

 かつて淡路の洲本家に居候をしていた時代。
 芽衣の爺さまにあたる先代芝右衛門であった洲本一成に化け術の修行と称して、ここの橋脚塔のてっぺんから叩き落とされたことがあった。
 デッド・オア・アライブの試練を経て、化け術の才能が開花したわけだけれども生涯消えそうにないトラウマもざっくり刻まれたもので、ここを通りがかるたびにあの出来事が思い出されてどうにも眉間にシワが寄ってしようがない。
 師匠の昔語りを聞いて、「うそでしょう。本当にあんなところから飛び降りたの? ふつうに投身自殺じゃない」とつい今しがた通り過ぎた橋脚塔をふり返りながら弟子はドン引きしていた。

  ◇

 橋を渡り終え、島へと入ってすぐのインターを降りる。ワゴン車が向かった先は淡路島の最北端に位置しているビーチ。雄大な橋を眺めながら泳げる岩屋海水浴場。
 近年、畿内のレジャーアイランド化しつつある淡路島。
 シーズンともなればおお賑わいで、ちょっとしたイモ洗い状態になるのだが、いまは少しばかりズレているので、すっかり閑古鳥が鳴いている。
 そこの一角を借りて今回の強化合宿とやらは開催される。
 なおこれに際して「くれぐれも沖の奇岩を傷つけぬように」との厳命を受けている。
 ビーチ近くにある絵島と大和島は、かの西行法師や柿本人麻呂などが和歌に詠んだこともあるそうで、万が一こいつを壊そうものならば奈良の地に続いて淡路島をも出禁処分を喰らうことになるであろう。

 海水浴場に隣接している駐車場に車を停めて、浜へと向かうとそこには二組の男女の姿があった。
 屈強や精悍などという言葉を具現化したような容姿の男性は、佐藤晋太郎。筋骨隆々、威風堂々とした立ち姿はあいかわらず。マウンテンゴリラ拳闘士の完全復活を疑う余地は微塵もなし。
 その隣に並ぶのはすらりとした長身の女性。長い手足のモデル体型。全体的に細身だがどこか刃を連想させる剣呑さが備わっている。
 彼女は……たしか鈴木夏帆すずきかほといったか。
 ゲート・アンダーセブンでの紛争のおり、トラ美と一戦交えてけっこう苦しめたキリンの姉ちゃん。姫路アニマルキングダムの近衛師団のメンバーにして位階は十三位の猛者。

 どうやら姫路アニマルキングダムからは彼らのみの参加のよう。
 で、もう一組の若い男女なのだがそちらはおれたちの到着を見つけたとたんに駆け寄ってきた。

「芽衣ちゃーん」

 手を振り元気よく砂浜を駆けてくるのは、白いワンピースと麦わら帽子とサンダルが抜群に似合っている透明感のある美少女。
 彼女の名前は倭文弥生しとおりやよい
 芽衣の幼馴染みのタヌキっ子である。前回の里帰りは修行絡みだったので会う暇がなかったから、ひさしぶりの再会。
 よほど嬉しいらしく弥生はいきなり芽衣にぎゅむっと抱きつく。
 女の子同士がいちゃこらしている姿は眺めていて心が和む。
 しかしそれと同時に時の流れの残酷さが浮き彫りにされて、おれは複雑な表情となる。
 片や「立派なシティガールになるの」と故郷を飛び出し高月の地へと単身やってきたタヌキ娘。
 片や島に残されたタヌキ娘。
 一方はわりと濃い日々を送っているわりには、ちっとも成長せずにちんまいままで、目標はいまだ遥か遠い天竺の彼方。
 だというのにもう一方はスクスク奇跡的な成長を遂げており、いますぐにでも雑誌の表紙が飾れそう。
 かつては二人ともに小さな毛玉だった。
 鼻水を垂らしながら、泥まみれになっては野山を駆け回っていた当時を知るおれはつくづく思わずにはいられない。「どうしてこんなに差がついた」と。

 そんなおれに近づいてきて「うす」と不愛想にちょっと頭を下げたのは、高校球児とみまがうイガグリ頭の島の青年。
 彼もまた芽衣の幼馴染みのタヌキにして、名前を榎列一樹えなみかずきという。実家は漁師をしており、ちょくちょく父親を手伝っては船に乗るものですっかりカラダに潮の香りが染みついている。

「おう、一樹か。しばらく見ないうちにでっかくなったなぁ」
「尾白のおっさんは、ますますおっさんらしいおっさんになったな」

 ちょっと斜にかまえての憎まれ口はかわらずで、おれは苦笑い。
 この倭文弥生と榎列一樹が島でのホスト役。
 だからうちの連中を交えて、みなであらためて自己紹介をしようとした矢先のこと。

「オーッホッホッホッホッ」

 海上より何やら聞き覚えのある高笑いが……。


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