おじろよんぱく、何者?

月芝

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441 土蔵の中

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 御久良家の娘から夜更けに急な呼び出し。

「ちょうどいま父が帰宅しまして。しかし明日からまたしばらく遠出するらしく、今夜中なら」

 それっぽい話だが、明らかにウソである。
 はっきりいってめちゃくちゃ怪しい。二人そろってのこのこ出かけるのはまずい。
 そこで誘いに応じるのはおれのみとし、芽衣は家の周囲に潜みつつ異変があらばすぐさま飛び込んでくるということにする。

  ◇

 御久良家へと向かう道すがら「どうしてこんなに早く連絡をとってきたんでしょう」と不思議がる芽衣におれはにやり。

「たぶんおれが渡した名刺のせいだろう。何か悪だくみをしているところに、いきなり探偵を名乗る者があらわれたら、そりゃあ誰だって動揺するってもんだ」
「悪だくみ……ってことは、もしや!」
「まぁ、あくまでまだ可能性の段階だがな。母親の葬儀にも面を見せない出ずっぱりの娘が父親のところに帰ってくる理由なんざぁ、だいたい察しがつく。そしてその後の展開もな。民宿の女将さんの話じゃあ似た者親子みたいだし」

 借金でついに首が回らなくなった娘が親に泣きつく。
 しかし泣きついた相手もごう突く張りのロクデナシとくれば、どうしたって話し合いはこじれるはず。
 母親はすでになく、いまは父ひとり子ひとり。
 となれば、あとは簡単な引き算だ。
 どうすれば自分が一番得をするのかなんて、園児でもわかるというもの。

「女の人を泣かせまくった挙句に自分の娘に泣かされるとは、いやはやなんとも。自業自得あるいは因果応報ど真ん中」

 からんではねっとりまとわりついて離れない因果の糸。
 ややホラーテイストのリアルざまぁな展開に、ちょっと顔を引きつらせているタヌキ娘。
 そうこうしているうちに早や目指す古民家が見えてきた。
 おれは道路脇の適当なところにレンタカーを隠し、ひとり先にクルマを降りる。

「それじゃあ、手筈通りに頼むぞ」

 助手席の芽衣に声をかけてから、ここからは徒歩で御久良家へと向かった。

  ◇

 やたらと愛想よく探偵を出迎える御久良の娘。

「父はお風呂に入っておりますから、待ってる間に一献」

 なんぞと言いつつ酌をしては、次々とおれに酒を呑ませる。
 アルコールに強い方ではないが、さりとてビールの三四杯程度で酔うほどに弱くもないおれだが、飲むほどにふわふわといい心持ちとなり、たちまち頭が左右にゆうらゆら。
 いきなり毒殺はないだろうと油断していたら、がっつり睡眠薬を盛られたらしい。
 うーん、やたらと頭が重い。全身からチカラが抜けていく。
 じきに耐えきれずにバタンと横になったところで、意識も遠ざかっていく。
 とたんに周囲がざわつき、襖の奥からぞろぞろ姿を見せたのは複数の男たち。

「こいつがチョロチョロ嗅ぎまわっているとかいう例の探偵か」
「いったい何を調べていたのかしら」
「たしか昼間はもう一人ガキを連れていたはずだが……」
「そっちは時間が時間だから宿に残してきたのかも」
「ならあとで適当に理由をつけてそっちも誘い出さないと」
「どうする? 先に殺っちまうか」
「まぁ待て、あせるな。それはこいつの狙いが何かを聞き出してからでも遅くねえ。とりあえずこの野郎は縛って土蔵にでも放り込んでおけ」

 おれが聞き取れたのはここまで。
 そこでぷつりと意識が途切れた。

  ◇

 ぴちょん。
 額を打つ水滴が凍えるほどに冷たい。
 驚いておれは目を覚ます。
 視界は真っ暗。だが次第に闇に目が慣れてきた。
 とりあえず化け術を使って拘束を解く。
 自由となったところで立ち上がり周囲をキョロキョロ。

「土蔵に放り込んでおけとか言っていたが、ここは……。ひょっとして地下室の類か」

 豪商の蔵などでは稀に地下に隠し部屋を設けていることがある。
 たとえ屋敷や蔵が賊に破られたり、火事で駄目になっても、地下の宝物は難を逃れるという寸法。
 自分のジャケットの中を漁ってみる。
 携帯電話以外は没収されていなかった。
 御久良の娘とグルである男たち。あとで尋問をするとか話していたから、後回しにされたのかもしれない。

 ライターを取り出し明かりを灯す。
 はたしてそこは予想通りの場所であった。
 地上へと通じるハシゴはあるが出口はしっかり塞がれており脱出は無理そう。
 戸に耳を張りつけて外の様子をうかがうも、物音ひとつ聞こえやしない。頑丈な土蔵の床下ゆえに防音はばっちり。
 まぁ、焦らずともじきに芽衣が突入してひと暴れすれば、すぐに片はつく。
 おれはいったんハシゴを降りてのんびりタバコでもふかして待つことにするも、そのとき視界の隅に入ったのが真新しい漆喰の壁。
 塗り固めてからたいして日が立っていないのであろう。
 不自然なほどにやたらと白い。
 そいつを目にしたとたんに思い起こされたのは、さっきの男たちの会話。
 男たちのうちの誰が口にしたのかはわからないけれども、たしかにこう言っていた。

『どうする? 先に殺っちまうか』と。

 おれは恐るおそる白壁に近づくと、部分化けにて手を金槌とし「えいや」と二度三度振り下ろす。じきに壁の一部が崩れて中から姿をあらわしたのは……。


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