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436 張り込み
しおりを挟むケーキショップ「幸蔵」の営業時間は午前十時から午後九時まで。
その間、店をひとりで切り盛りしているパートの神戸京子。
超過労働の疑いもあるが、客足が遠のいている時間帯には休憩がてら奥でだらだら過ごしているらしく、当人いわく「クリスマスとかのシーズン以外は、わりと楽なのよ」とのこと。
午後八時半を過ぎたあたりから、店先の片付けを始める神戸京子。
表の立て看板をたたんで引きあげ、ちゃっちゃとホウキで掃いて、路上に面したガラスをさっと拭く。
店内の整頓、売れ残った商品の整理などをしているうちに閉店時間となり、扉の吊り看板がクローズにひっくり返され、施錠されて照明が落とされる。シャッターはお店が休みのときにしか降ろさない。
そこからさらに三十分ほどを経て、店舗脇にある従業員用の出入り口の扉が開いて、神戸京子が姿をあらわす。
レジの清算や帳簿付けなどをすませて、ようやくの帰宅となる。
ここまでは昨日とほぼ同じ。
ケーキショップ「幸蔵」のパティシエ兼オーナーの正体を突き止めて欲しいという依頼。
あれこれ調査するもすぐに手詰まりとなったおれたちは初心に戻って原点回帰。横着せずに張り込むことにした。
ぶっちゃけ当初はひと晩でケリがつくものとたかをくくっていた。
なにせ扱っている品はナマモノ。日持ちのする焼き菓子系ならばともかく、シュークリームなどは日ごとに新しく作っては店に運びこまなければならないのだから。
店への出入り口は、表の客用の扉と裏の従業員用の二か所のみ。
でもって、我が尾白探偵事務所の張り込み要員も探偵と助手の二人。
おっさんとタヌキ娘が表と裏を見張っていれば、おのずと答えは得られるはず……であったのだが、昨夜はまさかの空振り!
◇
しょぼしょぼする眠い目を擦りながらの徹夜。
昔は徹夜でマージャンとかへっちゃらだったけど、三十を少し過ぎたあたりからめっきりキツくなった。眠気覚ましのブラックコーヒーがぶ飲みで胸と胃がムカムカ。
それを押してがんばったというのに、夜中や早朝に店を訪れる者は皆無。荷を積んだ軽トラックが横づけされることもなく、シレっと開業を迎えてなぜだかショーケース内には新しい商品がずらり並ぶ。
「っんなバカな!」
「えっ、うそ、どうして……」
唖然とする探偵と助手にパートの神戸京子は「いつもこんな調子なの。本当に不思議よねえ」と笑う。
不思議というか不気味である。
だというのにパートのおばちゃんは平然とこれを受け入れている。
「マイペースに働ける適度な労働環境、ほどよい給金、手厚い保障、煩わしい人間関係とうっとうしい上司抜き、これで文句を言ったらバチが当たるわよ」
非現実的現象がシビアな現実に呑み込まれる。
神戸京子は打算的で精神的にとってもたくましい女性であった。
◇
で、張り込み二日目に突入である。
芽衣はこそこそ隠れて見張るのをやめた。従業員用の入り口の扉の前にどっかと座り込む。
ただしおれは表側ゆえに物陰に潜んだまま。いや、この辺りって深夜になると制服警官らが巡回に通りがかるもので。
探偵と助手はうたた寝防止のために三十分おきに互いに連絡を取り合う念の入れよう。
だというのに夜は何ごともなく過ぎてゆき、そして朝となり、開店時間となったらやっぱり商品棚には新しいケーキ類がずらずらり。
こうなると怪しいのは店内であろう。
もしかしたら第三の出入り口があるのでは?
疑問をおれは神戸京子にぶつけてみると、彼女は「さぁ」と首をかしげるばかり。べつに空とぼけているという風ではない。その証拠に「だったら店の奥をちょっと調べてみる」とみずから申し出るぐらいなのだから。
お言葉に甘えて中を覗かせてもらうおれたち。
営業中にて食品を扱っている店ということもあり、あまりドタバタするわけにはいかない。
だから店舗内をざっくり見て回らせてもらうにとどめる。
店舗スペース、従業員控え室、保管庫。
調理スペースはいちおうあるがこじんまりとしており六畳一間ぐらいしかない。オーブンなどの大型調理器具が見当たらない。このことからして、ここでの本格的なケーキ作りはムリ。おそらくはどこぞより持ち込んだ品にデコレーションなどの最終的な仕上げをするために用意されているのだろう。
壁なども調べてみたが、とくに怪しいところは見当たらない。
これ以上の探索となると本格的な家探しとなる。
探偵と助手は首をかしげつつ、ひとまず引きあげるしかなかった。
◇
意地の張り込み三日目。
体力的にそろそろ限界。昼夜逆転生活が地味にこたえる。生活のリズムが狂った影響か、なんだか鼻風邪をひいたようだ。ずるずるずー。
なお本日、芽衣はお休み。
連夜の無理がたたって高校の授業中に眠りこけているところを綾ちゃん先生に注意されて、寝とぼけた芽衣がクラスメイトの前で赤っ恥をかき、しどろもどろとなりながら口走った言い訳。
そいつが巡りめぐって教頭先生の耳にまで届き、おれのところに学校側から「事情は察しますが、未成年を夜通し連れ回すのはいかがなものかと」との抗議。
教育熱心な熟女教頭からやんわりたしなめられたがゆえの、処置である。
かくして欠員により張り込み要員がひとりとなってしまった。悩んだ末におれは裏口の方に陣取ることにする。
ゆっくりと過ぎていく時間。
いつしか深夜を大きく超えていた。
いまのところ動きは何もない。これで駄目ならば何かべつの方法を考えなければ……。
ぼんやりタバコをくわえながら思案していると、コトリと小さな音がした。
おれは周囲を素早く警戒するも、音の正体らしきものはどこにも見当たらず。
「なんだ?」
キョロキョロしていると、またしてもコトリ。
その音はすぐ目の前にある扉の向こうから聞こえてくる。
「店の中に誰かいるのか。でもいつの間にどうやって」
気になったおれはドアノブに手をかける。
当然ながらカギがかかっているので開かない。
するとふたたびコトリと音がした。
しばし逡巡してから、意を決したおれは指先をカギ穴へと近づけ部分化け。
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