おじろよんぱく、何者?

月芝

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425 火砕流

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 火砕流とは。
 火山現象で生じる土砂崩れみたいなものだが、大小転がる岩や土くれもやっかいではあるものの、何よりも恐ろしいのが高熱でガス成分を含んだ火山灰の煙。
 時速百キロメートルを越える勢いで迫る爆風。
 巻き込まれたが最後、瞬時に視界を奪われ、肺をやられて、全身大やけどにて絶命する。炎熱の嵐、灰熱地獄とも呼ばれ、数多ある天災の中でも屈指の凶悪さ、理不尽さ。
 一説では高度な文明を誇ったアトランティスが一夜にして滅んだのは、これが原因なのではともささやかれているが、真相は遠い歴史の忘却の彼方に……。

  ◇

 えらいこっちゃ!
 ぐずぐずしていたら巻き込まれる。
 おれはすかさず「変化っ」
 ドロンと化けたのはオフロードバイク。
 運転は芽衣にまかせ、うしろに零号がまたがっての二人乗り。
 非常事態につきノーヘルなのはかんにんして!

 アクセル全開、すぐさま発進するオフロードバイク。
 廃村内を突っ切ってとりあえず港の方へと向かおうとする芽衣。
 がなり立てるエンジン音に負けないように、耳元にて零号が声を張りあげる。

「あちらだと火砕流の進路とかなりの高確率で重なるかと。逃げるのならば海岸線を島の反対側を目指してください」

 小さくうなづいた芽衣が浜へと出たところでハンドルを左に切る。
 波打ち際を水飛沫をあげながら疾走するバイク。
 背後で音がした。
 とてつもなく大きな音。だけれども、あまりの大きさゆえにこれをうまく表現することができない。それこそ天が落ちてきたとしか言いあらわしようがない。

 火口より出現した黒雲の巨人が天へと突き上げた拳。そいつを乱雑に振り下ろす。
 山の上、遠くに見えていたとおもったら、あっという間であった。
 斜面をもの凄い速さにて滑り降りてきた煙の塊。
 道すがらにあるものすべてを呑み込み、たちまち廃村一帯をも丸呑みとしただけでは飽き足らず、ついには港をも組み敷き海へと至る。

 高温の煙と冷たい海の水。
 ふたつが交わった瞬間に大量の蒸気が発生した。
 風が吹き荒れ、波が暴れる。
 熱が熱を呼び、さらなる灼熱を産み出す。

 熱が風の波となり追いかけてくる。
 これに追いつかれまいと懸命に走り続けるオフロードバイク。
 死神の変じた熱煙。けっして獲物を逃すまいとでもばかりに執拗に迫ってくる。
 その時、砂浜が終わってしまった。あとに続くのはゴツゴツとした岩礁地帯。
 でこぼこした地面。いかに悪路でもへっちゃらのオフロードバイクとはいえ、どうしたってスピードが落ちる。
 このままでは熱波に掴まってしまう。
 という段になって前方に出現したのはひと際大きな岩。
 急ハンドルを切った芽衣。
 半ば海中に埋もれる形にて突き出している大岩の陰にオフロードバイクを突っ込んだ。ほとんど横倒しとなるかっこうで滑り込む。
 岩陰に潜り込んだすぐあとに、襲いかかってきた熱波が猛威を振るう。
 重ね化けをしてみなを守る余裕もない。おれたちに出来たことはただ縮こまって息を殺し、嵐が過ぎ去るのを待つばかりであった。

  ◇

 五分か、十分か、あるいはもっと経過しているのかも。
 時間の感覚が失せ、不気味な沈黙に支配された中。
 寄せては返す波の音だけが、すっかり灰まみれとなり呆然となっているおれたちに、ここがたしかな現実であることを教えてくれる。
 テレビの映像なんぞで見聞きし、災害についてある程度は知ったつもりでいたものの、実際に体験してこそわかる圧倒的な大自然の猛威。
 まざまざと突きつけられた。
 己という存在のちっぽけさを。
 路傍の石ころとなんら変わりやしない。
 人も動物も鬼も妖も……、雄大な天地の前ではそろって無力。
 そのことを心底思い知らされた。

 それでも、それでもだ。
 どっこい、おれたちの心臓はまだ動いている。
 しぶとく生きている以上は、いろいろと考えるべきこと、やるべきことがある。

「連中、どうなったと思う?」

 人の姿に戻ったおれは震える指でタバコに火をつけた。
 同じ煙でも大ちがい。こちらは吸い込むほどに、おれを幸せにしてくれる。まぁ、その代価としてしっかり健康を支払ってはいるけど。

「被害は主に島の南側に集中しているようです。彼らの潜水艇が停泊している北の岩戸方面は無事かと」

 大岩の上にのぼって彼方を様子をうかがっていた零号が見解を述べる。
 もっとも山中に分け入っていた者たちまでは、どうなったのかはわからないとのこと。
 これを受けて芽衣が「これからどうする?」とたずねてきたので、おれは「うーん」と腕組みにてしばし思案。

「そうだなぁ……。これだけ盛大に狼煙をあげている以上は、遅かれ早やかれ本土の方にも動きがあるだろう。すぐにでもヘリなり飛行機なりが偵察に派遣されるはず。島がこんな状態じゃあ秘伝書探しどころではないし、たぶん宮本めざしたちも引き揚げるんじゃないかな」

 よって島の裏側を回って北の岩戸へと向かい、連中の動向をこっそり見張りつつ、島に救援が来るのをじっと待つ。
 今後の基本方針を固めたところで、おれたちはのろのろと動き出した。


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