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415 黒龍の勾玉
しおりを挟む飛び石の罠を越えて中央の小島に向かうしかない。
この飛び石のいやらしいところは、小石とかを放ってもちっとも反応しないこと。どういう仕掛けになっているのかはわからんが、重さセンサーっぽいのが内臓されており、人以外のものが乗ったところで、うんともすんともいわない。
「だったらこうすれば楽勝じゃない」
言うなり化け術を解き本来のタヌキの姿にもどった芽衣。スタスタと飛び石を進もうとするも。
「あだだだだだだだだだだだだっ」
またもや水玉の集中砲火を喰らった芽衣。すっかり濡れネズミとなって逃げ帰るハメになっただけであった。
恐るべし、大江一門。
そしてなんたる技術の無駄遣いであろうかっ!
「しようがない。こうなったらめんどうだが制作者の望みどおりにするしかあるまい」
腹をくくったおれ。言い出しっぺなので率先して第一歩を踏む。
で、いきなりドボンと落ちた。
おれが選んだ最初の飛び石はやじろべえみたいな構造になっていたらしく、踏んだとたんに足場が傾いてツルっとね。
ぐぬぬぬ、ぢくしょうめ。
そんなおれを尻目にいつものオカッパ頭の小娘姿に戻った芽衣が、「あいかわらずクジ運が悪いですね、四伯おじさん。初っ端からハズレをひくだなんて。ぷーくすくす」と笑いながら揚々と飛び石に向かう。
そしてポーンと打ち上げられて、少し離れたところにドボンと落ちた。
芽衣が選んだ飛び石は踏んだ者を「たまや」と人間花火にする仕掛けであったようだ。
ばしゃばしゃ足掻きながら「ムッキーっ」と悔しがるタヌキ娘を放置し、今度は零号がチャレンジ。
するとあっさり成功。
「天網恢恢疎にして漏らさず。やはり日頃の行いのせいでしょうか」
ロボ娘のつぶやきに、ずぶ濡れの探偵と助手は「「なっとくいかねぇ!」」とぷんすか。
◇
順当に駒を進める零号。
ロボ娘の独走状態となったところで、おれと芽衣は意地を張るのを止めた。
おもしろいぐらいに罠を当てる探偵と助手。そのたびに「ぎゃあ」「うわー」「ひー」「あ痛っ」と声をあげていれば、いい加減に心も折れるというもの。
認めたくはないが世の中には二種類の人間がいる。
それは運がいい者と悪い者だ。
いや、とっくに気がついていたさ。自分たちがあんまりツキの女神さまから好かれていないことには……。
パチンコにスロット、競輪に競馬に競艇にと挑んだ勝負の数々。
結果がそれを如実に証明しているんだもの。
ふっ、いいだろう。ここは潔く負けを認めておこうじゃないか。
だが終わりじゃない。これで勝ったと思うなよ。冒険はまだまだ続く。おれたちの戦いはこれからだ!
とか少年マンガの打ち切りラストシーンのようなことを考えては現実逃避をしているうちに、ようやく飛び石を渡り切って小島へと到達したおれたち一行。
零号をのぞいて、けっこう疲労困憊である。
◇
石の祠は小さい。近所のお稲荷さんぐらい。観音開きの扉にカギはかかっておらず、輪っかの取っ手を指で引っ張ればあっさり開く。
でもって、ゴトンとどこぞで重たい漬物石でも転がったような音がした。
とたんに地底湖内の空気が変わる。
ついいましがたまで周囲に満ち充ちていた緊迫感が霧散したのを肌で感じる。
「ありゃ、ひょっとして罠が解除されたのか?」
「みたいですね、ほら、四伯おじさん」
試しに飛び石のひとつに乗ってみた芽衣。でも足下はしっかりしており、先ほどまでの熱烈な歓迎ぶりがまるウソのように静か。
「よかったですね。これで帰りはしんどい目に合わずにすみますよ」
一切トラップにかかっておらず、ひとり涼しい顔のネコ耳メイドロボ。
その言葉が真意なのかイヤミなのかは判断に迷うところだが、いまはそれどころではない。
「お宝、お宝っと」
祠の奥にあったのは小さな桐の箱。
開けてみれば中身は綿にくるまれた黒い勾玉がひとつきり。
テッテレー、尾白一行は「黒龍の勾玉」を手に入れた。
◇
手の中に収まる程度の大きさ。そのわりにはズシリとくる重み。妙に冷たく、握っているとずんずん体温を奪われるような感覚に襲われる。
黒い表面はつるんとしておりきれいで傷ひとつない。
ただしちょっと気になったのが、あまりにも黒すぎること。そのくせ見つめる者や周囲の景色を欠片も映さない。
まるで奈落のようでもあり、そこだけ世界から切り抜かれた跡のようでもあり。
黒龍の勾玉をしげしげと眺めていた芽衣が「なんだろう。雰囲気がちょっとアレに似ているかも」と言い出した。
三大化けタヌキの一雄である屋島太三郎狸の直系の娘である平多紀理なる人物がいる。
屋島蓑山流四十八霊という武術をおさめた天才令嬢にて、姫路アニマルキングダムで開催された獣王武闘会では準決勝で芽衣と死闘を演じたお相手。
彼女の遣う屋島蓑山流四十八霊は受け投げを主体とした武術。
四十八の型を基本とし、これを自在に組み合わせることで、ありとあらゆる攻撃をしのぎ、敵のチカラを利用して倒すことを得意としている。
地崩しなる技にて地の利を制し、天崩しなる技にて天の利を制し、人崩しなる技にて人の利を制す。
天地人を制し、ついには天地明察にて自在に反転させるに至る。
世界の果てに行きついた先、ぽっかり口を開けて待つのは、あらゆるものを呑み込む冥府へと通じる穴。
「屋島蓑山流四十八霊、絶技・冥穴」
術者を中心にして闇が渦を巻く。
かといって本当に穴が出現するわけではない。己が領域内を完全に掌握し支配したがゆえに起こった現象。空気、気流、気圧どころか光すらもが影響を受け反射され屈折し、すべてが黒く染まる。
呑み込まれたが最後、技が停止するまで一方的に蹂躙されるばかりという、恐ろしい秘奥義。
そんなシロモノに似ているという芽衣の感想を受けて、あらためて観察してみればたしかに似ているような気がしなくもない。
「零号はどうおもう」
おれが勾玉を差し出し、ロボ娘に意見を求めようとする。
けれども彼女が取ったのは宝物ではなくて、おれの腕?
いきなり掴んでグイと引き寄せながら「危ないっ!」と叫ぶ。
直後に殺到したのは、複数の棒手裏剣。
罠が再起動したのではない。
これは何者かによる襲撃っ!
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