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409 時計島
しおりを挟む広島県は呉市、古くは軍港として栄え、現在では海上自衛隊の基地がある。
他に見どころが満載の観光地としても有名で、巨砲主義の象徴である戦艦大和をクローズアップした「大和ミュージアム」、陸にででんと横たわる潜水艦にど肝を抜かれることまちがいなしの「海上自衛隊呉史料館てつのくじら館」、旧呉鎮守府の司令長官官舎を公開している「入船山記念館」、潮の青さと松の緑が見事なコントラストを描いている庭園が楽しめる「松濤園」、平清盛と縁があり紅白のツツジが咲き乱れる名勝地「音戸の瀬戸公園」、標高七百三十七メートルにしてあの函館山の倍もある高さから見下ろせる華麗なまほろば。中国四国地方の三大夜景のひとつに数えられる「灰ケ峰」などなど。
とにかくステキで、じっくり本腰を入れてゆったり見て回りたいところが目白押し。
そんな場所を素通りした先にある閑静な漁港より、瀬戸内の海に漕ぎだすこと半日ほど。
航路もない海をちくちく進んだ先、水平線の彼方に見えてくるのは絶海の孤島。
時計島。
かつて大江一門が栄華を誇り、そしてついえた地。
名前の由来は島の中央にそびえる山の尖がった頂が、ちょうど日時計の役割を果たすことから。
チャーターした漁船に乗り込んで意気揚々と出発したものの、船が上下に揺れる揺れる。
おかげで舳先に立って「いざ行かん」「ひゃっほう」とはしゃいでいられたのは、出航してからわずかニ十分ほどだけ。
おれと芽衣はすぐに顔面蒼白となりぐったり。船酔いである。まるで濡れ雑巾のようになってグロッキー。
平然としていられたのは、機械ゆえにその手の症状とは無縁であるネコ耳メイドロボの零号のみ。
◇
今回、パカパカ仙人から我が尾白探偵事務所に託された依頼は「島の様子を見てきて欲しい」というもの。
じつはこの時計島には伝説が残っている。
なんでも島のどこかに一門の歴代頭領が「世に出しいては危うい」と判断した技術の数々をしたためた秘伝の書が隠されているんだとか。他にも「炎龍の剣」「雷龍の宝珠」「黒龍の勾玉」なんぞという宝物の存在も……。
とはいえ、あくまでまことしやかに囁かれていただけのこと。
一門の者たちも「宝物や秘伝といっても、しょせんは古臭いカビの生えた昔の技術だろう? いまさら探したところで時間のムダだ」と眉唾話として片づけ、まともに取り合わなかった。まぁ、それだけ己の技術に自信と誇りがあったのだろう。
一門が解散して、みなが去り、誰も住まぬようになった時計島。
そんな無人島に近頃、出入りしている者たちがいるらしい。
この噂を耳にしたとき、パカパカ仙人はてっきり「昔を懐かしんで来訪している同門の者か、その縁者あたりであろう」とたいして気にもしていなかった。
けれどもどうやらちがうらしい。
続報を聞きつけるにつけて、どうにも胸のあたりがざわりと騒いでしようがない。「まさか」とは思うが念のために。
もしも相手が無法の集団であれば、捨てたとはいえ故郷を粗略にあつかわれるのはあまり愉快な話ではないし。
「どのみち今後のことも考えねばならないので、とりあえずは島の現状把握を頼みたい」
不埒者どもが好き勝手しているようならば、ついでに懲らしめてくれるとなおけっこう。
というのが依頼人のご意向。
経費の一切合切どころか漁船も手配してくれるというので、おれはこの依頼を引き受けたわけだが、これに「同行させて欲しい」と言い出したのがその場に居合わせた零号。
「自分のルーツとなる島を一度見ておきたい」
造るだけ造って、あとは湖国の地下施設に長らく放置されていた零号。
自分のことを知りたいというその気持ち、わからなくもない。おれも昔の記憶はあやふやで、似たような身の上だし。
まぁ、それを別にしても、うちとしても強力な助っ人は大歓迎である。
これでたとえ違法薬物を扱うグループとか物騒な連中が島を拠点として悪用していたとて、負けることはない。タヌキ娘とロボ娘が武力でもってすみやかに制圧してくれることであろう。
◇
目的地の島影がじょじょに大きくなっていく。
ようやくこの苦しみから開放される。長かった。まさか島まで三時間以上もかかるだなんて聞いてねえよ。
しかしおれと芽衣がよろこんだのも束の間。
零号が言った。
「船長さんによれば、あと一時間ほどで到着するとのことです。尾白さん、芽衣さん、ファイト」
時計島の本土側には海流が渦を巻いており、このまま突っ込んだらたいへんなことになる。だからぐるりと迂回して島の裏側にある桟橋から上陸することになるんだと。
目の前に来てからが遠い。
ゴール直前で叩き落されたかのよう。
弱っているカラダに精神的追加ダメージを受けたおれと芽衣は、あわてて船尾へと行って縁から身を乗り出しては、オロロロロロ……。
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