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408 パカパカ仙人
しおりを挟む老若男女を問わずスマートフォンの所有率が日に日に高まる片隅で、頑なに旧来型の携帯電話、通称ガラケーを愛用している者たちがいる。
いまでは街中でスチャっと取り出しパカンとやれば、[えっ、うそ」「やだ、珍しい」「あら、懐かしいわ」なんぞと周囲がちょっとザワつくぐらいには希少種となりつつある。
なのにどうして使い続けるのか?
理由は簡単だ。
愛してるからだ。
逆にスマートフォンユーザーに問う。
おまえたちはいい女があらわれたら、長年連れ添った恋人や女房をあっさり捨ててそっちに走るのか? そんな不義理なクソ畜生なのか?
おれこと尾白四伯はちがうぜ。
まぁ、さすがに元となるサービスが終了したら諦めるしかないが、その日までは一途な想いを貫く所存。
なのだが……。
「あっちゃあ、またアンテナが立ってない。近頃、バッテリーの持ちも悪くなってきたし、一度診てもらったほうがよさそうだな」
朝一の寝起きにパカンとガラケーの画面を確認してみたら、通常時ではアンテナが三本立っているのに、いつのまにやら圏外表示になっていた。
あとたいして使ってもいないのに一夜放置しただけで、バッテリーの残量ががりがり目減りしている。
八十パーセントまではそうでもないのだが、こいつを切ったとたんにギューンと加速してあっという間にレッドゾーンに突入するから油断ならない。
探偵という職業柄、いざというときにバッテリー切れで使えなかったではすまされない。
そこでおれはメンテナンスを頼むべく、パカパカ仙人のもとを訪ねることにする。
パカパカ仙人。
白髪の老人。正体不明、住所不定の流しの凄腕技術者。製造メーカーが修理を拒否するような古い品でも、ちょちょいのちょいと直してくれる。それも格安で。
速い、安い、たしかな仕事、魔改造要相談。
それゆえに彼を頼りとしている隠れファンは存外多い。
◇
都合がいいことにちょうど高月に滞在中であったパカパカ仙人。
彼がいつも根城にしている路地裏へとおれが顔を出すと先客がいた。
「およ、零号じゃねえか。どうしたんだ? 母玄さんに何かお使いでも頼まれたのか」
零号。
一代で莫大な富を築いた猫守翁があり余る財を惜しげもなく投入して密かに造った、ネコ耳メイドロボ。いろいろあって、現在は高月中央商店街にある古本屋「知恵の森」にて住み込みで働いている超科学の子。なおそこのご店主がフクロウの母玄さんである。
「こんにちわ、尾白さん。本日は定期メンテナンスに来ました」
「メンテナンス? えっ、パカパカ仙人ってばロボ娘も診れるのかよ!」
スゴイとは思っていたが、まさか零号のめんどうまでみれるとは思わなかった。
と、驚きつつもおれは今更ながらにこの流しの技術者について何も知らないことに気がつく。
無口な老人にて、差し出された品を黙って受け取り、黙々と直し、お代を頂戴するときにぼそりと額をつぶやくだけ。「毎度」「ありがとうございました」「またよろしく」なんぞの愛想は欠片もありゃしない。
かといって下手にこっちからからんで相手の機嫌を損ねたら、おれのガラケー人生が終わりかねないので、いつもは極力相手の意に添うような形でのやりとりに終始していたのだけれども、この日ばかりはちがった。
「この子は、零号は師匠の遺作にして最高傑作だからな。弟子がめんどうをみるのは当然だろう」
ぼそっとパカパカ仙人。
これを皮切りにして、いつになく饒舌に語りだす。
そしてついに判明する零号の出自。
彼女を造ったのは大江左なる人物。
◇
かつて大江一門と呼ばれる技術者集団がいた。
起源は江戸時代の見世物小屋にて、当時流行っていたからくり人形や細工物に魅せられた者たちが集まって結成されたという。
出自も性別も年齢も、それこそ種族すらもばらばら。
だがみなからくりが大好きだった。心から愛していた。
同好の士らが寄って夢中となり切磋琢磨していくうちに、いつしか集団をまとめ率いる頭領が生まれる。
この代表者を大江左と呼び、代々一門の中からもっとも優れた技術者が選ばれる慣わしとなった。
けれどもいまや大江一門は存在してはいない。
ある事件をきっかけとしてみな散りぢりとなり、残るのは一門が本拠地をかまえていた瀬戸内海の孤島のみ。
◇
慣れた様子で零号のメンテナンスを進めていたパカパカ仙人。作業の手を休めることなく言った。
「じつはその島についてちょっと気になる噂を耳にしてな。ぜひ尾白探偵に頼みたいことがある」
意外なところから依頼が舞い込んできたもので、おれはキョトンとなる。
まぁ、いつも世話になっている相手からの頼みゆえに引き受けることはやぶさかではないが、よもやこれが孤島を舞台にした大騒動に発展するとは、このときのおれは夢にも思ってはいなかった。
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