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403 星降るステージ
しおりを挟むカラス女から包囲網の準備が完了したとの合図。
おれが目配せすると芽衣がうなづき駆け出そうとした矢先のこと。
展望ラウンジの照明が落ちて、満天の星空が姿をあらわした。
圧倒的なきらめきに目が奪われる中、ラウンジ内に設置されてあるスピーカーから流れてきたのは、静かなムードのある音楽。
「一曲よろしいですか」
怪盗ワンヒールからダンスを申し込まれたルクレツィア・ギアハートはにこり。女はためらうことなく差し出された男の手をとった。
怪盗と美姫がいきなりくるりくるりと踊りはじめたものだから、おれと芽衣は呆気にとられてぽかん。
星降るステージにて長身の美男美女が颯爽と踊る。
その姿はたいそう絵になっており、まるで映画のワンシーンのよう。
しばし見惚れていたおれであったが、ふたたび懐のガラケーがぷるぷるして、はっとなる。焦れたカラス女から「どうなってるんだ」との催促。
おかげで我に返ったおれは動く。
「ここなら人目を気にしなくていい。いくぞ、部分重ね化け」
突き出した腕、その肘から先の部分がドロンと変じたのは投網。
宙に大きく広がった網が、頭上より怪盗たちへと襲いかかる。
しかし寸前にて、華麗なターンによってかわされた。
互いにちがう方へと回りつつ、繋いでいた手を離した男女。
間髪入れずに男のところに猛然と駆けたのは芽衣。瞬時に距離を詰める。
「狸是螺舞流武闘術、突の型、釣り鐘砕き」
急所をゴンと打ち砕く、男にとっては悪夢のような拳が怪盗ワンヒールの股間へと。わき目も振らずに一直線。
だが拳が捉えたのはヤツが羽織っている白いマント。
鋭い一撃をふわりとやさしく包み込み、からめとる。
右腕をとられた芽衣がすぐさま膝蹴りを放つも、こちらも空振り。
数多の強敵たちとの激闘や厳しい修行を経てきたタヌキ娘。その攻撃が軽くあしらわれる。
いかに芽衣が本気の全力ではなくて、相手の方はひたすら回避に徹しているとはいえ、だ。
怪盗ワンヒール、ヤツは本当にただの人間なのか?
ありえない光景におれは愕然とし、当の芽衣も戸惑いを禁じ得ない。
そのココロの隙をつくかのようにして、今度は芽衣の手をとった怪盗ワンヒールが「はははは」と笑いながら踊りだす。
身長差もあってか、小柄な芽衣がまるで操り人形のようにぷらんぷらん。
完全に子どもあつかいされて怒ったタヌキ娘。本気度が一段階上がった前蹴りにて相手の鳩尾を狙う。
当たれば悶絶必至の一撃。
これをぱっと手を離し、後方へと飛び退ることでかわした怪盗ワンヒール。
けれどもヤツはいささかおふざけが過ぎた。
すでに周囲を固める人影がずらり。
怪盗ワンヒールが女たちとダンスを楽しんでいるうちに、展望ラウンジへと駆けつけた味方勢。そこには室温警部補と赤青ネクタイコンビも混じっている。カラス女は他所にてスタンバイをしているので、ここにはいない。
「御用だっ、怪盗ワンヒールっ!」
室温警部補の号令により、一斉に殺到する味方たち。
多勢に無勢。たちまちもみくちゃにされておしくらまんじゅう。次々とのしかかってくる者たちの山の陰へと姿が消えた白いタキシード。
一方でルクレツィア・ギアハートの身柄も無事に確保することに成功する。
だがしかし……。
◇
喧騒のさなか、展望ラウンジ内に響いていた音楽が止んでいた。
かわりに室内に設置されてある回転灯が点灯している。
ひんやりした風が頬を撫でた。
エアコンなどの人の手によって産み出された風とはまるでちがう。
これは何ものにも縛られない空の風だ。
ドームが左右に分かれてゆっくりと開いていく。
いかに今宵は穏やかな夜とはいえ、ここは高度にて周遊する飛行船の上、それなりに強い風が吹く。
顔にぶつかってくる風と乱れる髪に、みながしかめっ面となる中。
いつのまにやら山から抜け出していた怪盗ワンヒール。
白いタキシード仮面の姿は転落防止の安全柵の向こう側にあった。
「なかなかに情熱的なアプローチだ。つい胸がときめいてしまったよ。けれどもそろそろパーティーも終了する時間のようなので、このへんでおいとまさせてもらうとしよう。また会おう、尾白探偵と助手のモダンガール。では、アデュー」
言うなり白いマントをひるがえして、宙へと躍り出た怪盗ワンヒール。
だが心配ご無用。すぐに白いツバサを持つハングライダーとなって、スイーっと夜空を滑り出す。
まんまと予告通りに獲物を頂戴した怪盗。そのまま高月の夜に溶け込み消える算段なのだろう。
だがそうは問屋が卸さない。
ダァアァァァァァーン!
鳴ったのは一発の銃声。
弾丸を放ったのはライフル銃。どこで拾ってきたのか、今では珍しいボルトアクションタイプ。構えていたのはカラス女こと安倍野京香。
狙いあやまたず。
ハングライダーの一翼に命中しズドンと風穴を空けた。
「やっぱりな。おおかたそんな魂胆だろうとおもってたぜ。だが今回ばかりはうちの署も気合いが入っているもんでね。悪いがそのタマ、ここで獲らせてもらう」
つぶやきながら女射手がボルトをガチャン、遊底を操作し次弾装填。
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