おじろよんぱく、何者?

月芝

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402 女王の御座

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 怪盗ワンヒールとのパーティー会場でのやりとりを、おれは懸命に思い出す。
 あいつは……たしかこう言っていた。

『せっかくのフライトデート』をうんぬんかんぬん。

 この言葉が意味することは、現在の飛行船での夜間周遊のことだろう。
 だとすれば……。
 と、おれの思考は芽衣によってここでいったん中断される。

「ダメです。四伯おじさんがにらんだ通り、道案内アプリの表示の一部が巧妙に改竄されているみたいです」

 スマートフォン片手に、飛行船の後部貨物室付近にいるカラス女とやりとりをしていた芽衣。
 芽衣から「様子がおかしい」との報告を受けて、カラス女がすぐに調べたところ判明したのは、アプリの表示がちょいちょいまちがっていること。識別コードに対応したアイコンのみならずマップ表記もきな臭いらしい。
 よりにもよってマップもか。これで地図としても信用ならなくなってしまった。
 これによって船内の警護についている者たちはもちろんのこと、クルーたちさえも混乱をしているんだとか。
 いかに本船に慣れ親しんでいるはずのクルーたちとはいえ、自分が担当する区画以外のすべてを詳細に把握しているわけじゃない。
 ルクレツィア・ギアハートが飛行船スカイウォーカーをして「ウラノスのラビュリントス」と称したのは誇張でもなんでもなかった。
 辿るべき糸、頼るべきしるべを失ったことによって、天の迷宮が来訪者たちに牙をむく。

「どうしますか、こうなったら京香さんたちと協力して人海戦術でしらみつぶしに」

 あせってはやる芽衣をおれは「まあまあ」と落ちつかせつつ、ちょいとたずねる。

「なぁ、もしも芽衣がこの船内でデートをするとしたら、どこに行きたい?」

 飛行船スカイウォーカーは多層構造をしている全金属飛行船。
 空飛ぶ豪華客船との異名の通りにて、通常の飛行船のようなシンプルな造りではなく内部は複雑に入り組んでおり、いろんな場所が混在している。
 広いパーティー会場もあれば、ホテルのスイートばりの客室、娯楽ルーム、バーラウンジなどなど。

 仮にもデートというぐらいなのだから機関室などのメカメカした区画に、とびっきりの美女を連れ込むとは思えない。
 かといって適当な部屋にしけ込むのもなんだかちがう。
 そこでおれは若い娘に意見を求めた次第。

「えっ、飛行船内でのデートですか。う~ん、そうですねえ……。なんだかんだでベタですけど、空の大パノラマが楽しめる展望ラウンジとかあたりが無難じゃないでしょうか」

 夜景や星空はデートの鉄板。
 なんぞともっともらしくのたまうタヌキ娘。ちょっとドヤ顔。
 ぜんぶ外部情報にもとづく妄想デートの産物のくせして、何をえらそうに。
 しかしそれはもっともな意見でもある。
 おれは「でかした芽衣」と褒めてから言った。「それじゃあ、まずは近くにある案内図を探すぞ」
 手元のアプリ地図があてにならない以上は、原始的でも信用の置けるそちらを頼りにした方がいいと判断する。さすがに怪盗ワンヒールも船内のあちこちに設置されてあるすべての案内図をすげかえる暇はなかったはず。
 まずは正しい地図を手に入れる。
 展望ラウンジへと向かうのはそれからだ。

  ◇

 ティアドロップ型をした飛行船スカイウォーカー。
 その前頭頂部に設けられてあるのは「女王の御座」と呼ばれる、ドーム型をした全方位ガラス張りの展望ラウンジ。
 開閉式にて、穏やかな天候のときには肌でじかに空の風を感じることも可能。

 おれと芽衣が駆けつけた時。
 白いタキシード姿の男とドレス姿の女が談笑しながらシャンパングラスを傾けていた。
 船内はハッキングのせいであちこち通路が封鎖されており、エレベーターも使用不可。おかげでいらぬ遠回りをさせられる。
 すっかり汗だくにて青色吐息のこちらとちがって、向こうはとっても優雅。
 いいように翻弄されていらぬ労走を強いられたせいで、こめかみのあたりに青筋を立て「ガルルルル」、いまにも猛然と襲いかかりそうな芽衣。怒りのままに相手のお尻にがぶりと噛みつきそう。
 これを尻目におれはちらりとルクレツィア・ギアハートの足下を確認する。
 裸足であった。
 つまりすでにお宝は怪盗ワンヒールの手中に落ちたということ。
 あの白マントのどこに隠し持っているのかわからないのはいつものことなので、考えるだけしようがない。どうせとっ捕まえて裸にひんむけばわかることなのだから。

「やはりキミたちが最初にここに辿り着いたか。さすがは尾白探偵と助手のモダンガール。じつに素晴らしい」

 目の前の美女より視線をはずし、こちらを向いた怪盗ワンヒールがグラスを掲げて健闘を称える。

「まったく、まさか怪人インソールダブルエックスと手を組むとはな。してやられたぜ」

 おれは大袈裟に肩をすくめてみせた。
 ひとりでもやっかいな変態なのに、そいつがふたりも。足し算どころか相乗効果が半端ない。バカとハサミは使いようというが、優れた遣い手のところに渡ったバカとハサミほど恐ろしいものはないと痛感させられた。
 なんぞと気障ったらしい怪盗ワンヒールを相手にして、おれもいささか芝居がかったやりとりを続けるも、これはわざと。
 こうやって時間稼ぎをしているうちに、下や周囲では室温警部補と愉快な仲間たちや、警備員らが包囲網を着々と構築中。

 待望の完了を告げる合図がじきに届く。
 ジャケットの内ポケットにあるガラケーがぶるぶる震えた。
 さぁ、大捕り物の時間だ。


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