おじろよんぱく、何者?

月芝

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396 新種のモンスター

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 今回の一大イベントを開催するにあたって、亀松百貨店は随分と思い切ったことをした。
 三、四、五階のフロアを丸ごと提供したのである。
 三階と四階にて世界のハイヒール展を、五階にてファッションショーを行う。
 イベント期間の三日間は百貨店としての売り上げは捨て、全社員一丸となっての総力戦にて臨む覚悟。意気込むあまりオーナーの亀松歳蔵氏が倒れなければいいのだが……。

 イベントは初日から長蛇の列。
 展示会の前売りチケットなんぞは販売開始わずか三十秒ほどでソールドアウト。ファッションショーのチケットに関してはあまりの人気ぶりに抽選販売となったぐらい。
 そんなファッションショーの会場の片隅に席をもらった探偵と助手。
 依頼人からは「あなたの出番は最終日よ」と言われているので、他の警備員やら警察関係者たちがピリピリしているのを尻目に、のんべんだらりとショーを観覧中。

 ライトアップされた空間。
 着飾った美姫たちが次々と登場しては、客たちの前でポーズを決めては消えてゆく。

 ぶっちゃけおれにファッションの良し悪しはチンプンカンプン。この手のイベントを間近に観るのもはじめての経験。しかし、もっとちゃらちゃらしているのかと思いきや、全然そんなことはなかった。むしろ真剣での斬り合いの場みたいな、ピンと張り詰めた空気と緊張感が満ちている。
 ひと口にモデル歩きといっても千差万別。両肩の上げ下げ、手の振り、足の運び、カラダや顔の向きや角度、目線の位置、決め顔、制止時のポーズ……。
 各々がモデルとしての本分、身に着けている品々をいかに引き立てるかに苦心しつつ、己という個をも光り輝かせようとしている。
 そして何よりもゾクリとさせられたのが、先行したモデルがきびすを返し奥へと戻るときに、後続のモデルとすれちがう瞬間、バチッと見えない火花が散ること。

「自分こそがトップ」「誰にも負けない」「何が何でも勝つ」

 気概と意地と誇りがぶつかるとき。
 モデルたちはとてつもない熱量を放ち、より一層のまばゆい輝きを身にまとう。

 唐突にこれまでにない歓声があがり、場の空気が一変した。
 ランウェイを颯爽と歩くのはルクレツィア・ギアハート。たちまちすべてが彼女色に染めあげられる。その様はまさしく夜の闇を駆逐する朝陽のごとし、あるいは昼の世界を闇へと誘う夕陽の茜か。
 これがトップをひた走る者の実力……。

  ◇

「やはり格がちがう、か」
「でも、そんなすごい人が聚楽第(じゅらくてい)の協力者だったなんて。ショックです。わたしは今だに信じられません」

 おれの率直な感想に言葉をかぶせ、頭を抱え首を振る芽衣。
 タヌキ娘には昨夜のお忍び街ぶらデートでの一件については教えてある。
 当初、一笑にふし「夢でもみたんでしょう」とまるで取り合わなかった芽衣であったが、ボイスレコーダーに録音されたルクレツィア・ギアハートの衝撃の告白を耳にするに至っては、認めざるをえなかった。
 えっ、そんなモノを持っていたなんて、いつのまに?
 なんぞと諸兄は疑問にお思いかもしれないが、おれは探偵である。それなりに小道具をいつも持ち歩いているのだ。ましてや世界的なトップモデルとの密会ともなれば、用心するに決まっているだろう。
 なおこの情報は念のためにカラス女にも伝えてある。

 とはいえ当方は騒ぎ立てるつもりはないし、また声をあげたところでムダであろう。
 なにせ相手は世界最強級のインフルエンサー。
 影響力、発言力、知名度、信用度、人気、情報の発信および拡散力などが桁ちがい。
 これと面と向かってやり合うなんて、心底ゾッとする。
 街のしがない探偵屋風情の発言なんぞはきっと誰も信じやしないし、まともに取りあうこともないだろう。よしんば信じたところで打つ手はない。
 ヘタにちょっかいを出したら逆にヤバい。
 ゲームスタート直後の勇者がラスボスに挑むどころか、はじまりの村の村人がラスボスに挑むようなもの。とてもではないが勝負にならないだろう。女神の信者らに袋叩きにされるのがオチだ。
 カラス女からも証拠となるボイスレコーダーを預ける時に「えらいさんたちには私から情報をあげておくが、くれぐれも早まるなよ」とクギを刺されている。

 すべては織り込み済みの行動。
 おれたちはルクレツィア・ギアハートの手のひらで、いいように踊らされているばかり。
 牙も爪も拳も持たぬ弱い人間の女。
 だがかつて対峙したことがない種類の難敵。情報化社会と現代文明が産んだ新種のモンスター。
 性質の悪さだけならばオコジョくのいち・かげりを越えている。

「ちっ、聚楽第の連中、とんでもない隠し玉を持っていやがった。アニマルロボ軍団なんかよりもよっぽどおっかねえ」

 やっかいの種が増えた。しかも超ド級!
 たまらずおれはブスッと不機嫌面。
 だというのに当のルクレツィア・ギアハートは余裕しゃくしゃく。優雅に歩きながらこっちにウインクで投げキッスをする茶目っ気を披露するもので、探偵はドギマギ翻弄されまくり。


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