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389 ご指名依頼
しおりを挟む呼び出されて亀松百貨店へとやってきたものの、一階受付カウンターで来訪を告げたとたんに案内されたのは最上階のどこかにある貴賓室。
フロアに直通のエレベーターがあり、とてもではないが一般客が立ち入るような場所ではない。
外商部の専属がつく特上得意、あるいは百貨店の代表がみずから応対するような格の相手を迎えもてなすところ。
そういった部屋が存在しているとのウワサはおれも耳にはしていたが、こうやって実際に足を踏み入れるのはもちろんはじめて。
ドキドキが止まらない。足元がおぼつかず、脇下がすでに冷や汗でびっちびち。
「頼むから調度品に触れてくれるな、芽衣。うっかり絵を傷つけたり壺とか割ってたちまち地獄の借金生活に転落とか、おれは絶対にイヤだからな」
「わかっていますよ、四伯おじさん。わたしだってそんなブラックな未来は断固拒絶します」
探偵と助手は出来るだけ肩を寄せ合い縮こまっては、赤絨毯が敷かれた廊下の中央をビクビク歩く。
そうして辿り着いた重厚そうな木の扉の奥に待っていたのは、見知った顔と見知らぬ顔というなんとも奇妙な取り合わせであった。
◇
貴賓室のソファーにてテーブルを囲むのはうちを含めて四者。
上座にてみなを出迎えたのは亀松百貨店のオーナーである亀松歳蔵。大黒様を連想させる恰幅のいいおっさんにて、その正体はカメである。というか、ここの百貨店の経営を握る亀松家は全員がカメである。
ちなみに駅向かいにあるライバルの兎梅デパートのところの創業一族は全員ウサギだ。
亀松歳蔵氏に向かって右側に陣取るのがドーベルマンカマこと千祭史郎とその屈強な下僕たち?
業界最大手、桜花探偵事務所高月支店を預かる千祭だが、今日は系列会社である桜花警備保障会社の代理としてこの場にいる。
亀松歳蔵氏に向かって左側に陣取るのは見知らぬ人物。
よれよれのトレンチコート姿、ゴツゴツした骨格。太いゲジゲジ眉に太いゲジゲジもみあげ、割れたアゴ。全身から加齢臭と昭和臭が漂い、おれにどこか親近感を抱かせる男の名は室温平治。高月警察署の警部補。生粋の人間である。
がに股でソファーに座る彼。
その隣にはかつてない仏頂面にて足を組んでいる、カラス女こと安倍野京香の姿がある。全身から駄々洩れの殺気。いつ銃の引き金をひいてもおかしくない状況。だというのに、よくもまぁ隣で平然と茶をすすっていられるものである。存外、室温警部補どのはたいした人物なのかもしれない。あるいはただの鈍いバカか。
室温警部補の背後に立つ二人組もどこか妙ちきりん。
ピリッとしたスーツに身を包み、片方は赤いネクタイを締め、もう片方は青いネクタイを締めている。おしゃれだ。決まっているといえば決まっている。でもどこか決まりきれていない。なんていうかコスプレ感が抜け切れていないというか。着慣れていないというわけじゃない。着こなせていないとでも言うべきか。
っていうか、たぶんこの二人、何かの刑事ドラマの影響を強く受けている口だろう。
どうやらこの二人は室温警部補の直属の部下らしいのだが、名前はまぁ、べつにいいや。なおこいつらも生粋の人間である。
これにおれと芽衣の尾白探偵事務所が加わり卓を囲む。
亀松百貨店のオーナー、警備保障会社、警察、探偵。
ほらっ、なんとも奇妙な取り合わせだろう?
警備保障会社と警察はまだわからなくもない。なにせ退職後の転職先として両者はずぶずぶの関係だろうから。会社の役員とかに元警察官僚とかゴロゴロ名を連ねているのにちがいあるまい。
でもそれはあくまで上層部同士の繋がりであって、現場レベルとなるとまたちがってくる。
微妙にかぶる業務。ときにぶつかることもあるだろう。
片や「天下りしてくるくせにデカい顔しやがって」と内心おもしろくなく、片や「おまえら民間は黙って警察の言うことを聞いておけばいいんだよ」とやはり内心でおもしろくない。
相容れぬとまでは言わないけれども、面を突き合わせればどうしてもギスギスした空気が流れちゃう。
そしてこんな場面に呼び出された街の探偵屋さんである。
「ようこそ」
笑顔で応対してくれたのは亀松歳蔵氏のみ。
ドーベルマンカマとカラス女は舌打ちで挨拶をし、室温警部補からはギョロリとにらまれ、直属の部下たちからはツーンとそっぽを向かれて無視される。
あきらかに歓迎されていない。
完全アウェイ。そんな針のむしろの席にて亀松歳蔵氏が口にしたのはトンデモナイ依頼内容であった。
「世界ハイヒール展についてはいまさら説明は必要ないでしょうから、割愛させていただきます。それで尾白さんのところにはルクレツィア・ギアハートの身辺警護をお願いしたいのです」
大手警備保障会社でもなく、警察でもなく、探偵に?
世界的トップモデルの警護を?
はっはっはっ、エイプリルフールでもあるまいに悪い冗談だ。
芽衣とおれはこそこそ。「ドッキリでしょうか」「どこかにカメラが仕込んでいるはずだ」と周囲をキョロキョロ。
しかしそれらしいモノはどこにも見つけられず。
警備保障会社と警察が一段と不機嫌にムスっとなるばかり。
明らかに場の空気がずーんと重くなるのもおかまいなしに亀松歳蔵氏は言葉を続ける。
「突然の申し出に困惑なされているのは重々承知。それを曲げてどうかよろしくお願いします。なにせ先方の、ルクレツィア・ギアハートからのたっての要望でして」
よもやの海の彼方よりのご指名依頼!
おれと芽衣は驚きのあまり化け術が乱れて、危うく尻尾がぴょこたんと。
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