389 / 1,029
389 ご指名依頼
しおりを挟む呼び出されて亀松百貨店へとやってきたものの、一階受付カウンターで来訪を告げたとたんに案内されたのは最上階のどこかにある貴賓室。
フロアに直通のエレベーターがあり、とてもではないが一般客が立ち入るような場所ではない。
外商部の専属がつく特上得意、あるいは百貨店の代表がみずから応対するような格の相手を迎えもてなすところ。
そういった部屋が存在しているとのウワサはおれも耳にはしていたが、こうやって実際に足を踏み入れるのはもちろんはじめて。
ドキドキが止まらない。足元がおぼつかず、脇下がすでに冷や汗でびっちびち。
「頼むから調度品に触れてくれるな、芽衣。うっかり絵を傷つけたり壺とか割ってたちまち地獄の借金生活に転落とか、おれは絶対にイヤだからな」
「わかっていますよ、四伯おじさん。わたしだってそんなブラックな未来は断固拒絶します」
探偵と助手は出来るだけ肩を寄せ合い縮こまっては、赤絨毯が敷かれた廊下の中央をビクビク歩く。
そうして辿り着いた重厚そうな木の扉の奥に待っていたのは、見知った顔と見知らぬ顔というなんとも奇妙な取り合わせであった。
◇
貴賓室のソファーにてテーブルを囲むのはうちを含めて四者。
上座にてみなを出迎えたのは亀松百貨店のオーナーである亀松歳蔵。大黒様を連想させる恰幅のいいおっさんにて、その正体はカメである。というか、ここの百貨店の経営を握る亀松家は全員がカメである。
ちなみに駅向かいにあるライバルの兎梅デパートのところの創業一族は全員ウサギだ。
亀松歳蔵氏に向かって右側に陣取るのがドーベルマンカマこと千祭史郎とその屈強な下僕たち?
業界最大手、桜花探偵事務所高月支店を預かる千祭だが、今日は系列会社である桜花警備保障会社の代理としてこの場にいる。
亀松歳蔵氏に向かって左側に陣取るのは見知らぬ人物。
よれよれのトレンチコート姿、ゴツゴツした骨格。太いゲジゲジ眉に太いゲジゲジもみあげ、割れたアゴ。全身から加齢臭と昭和臭が漂い、おれにどこか親近感を抱かせる男の名は室温平治。高月警察署の警部補。生粋の人間である。
がに股でソファーに座る彼。
その隣にはかつてない仏頂面にて足を組んでいる、カラス女こと安倍野京香の姿がある。全身から駄々洩れの殺気。いつ銃の引き金をひいてもおかしくない状況。だというのに、よくもまぁ隣で平然と茶をすすっていられるものである。存外、室温警部補どのはたいした人物なのかもしれない。あるいはただの鈍いバカか。
室温警部補の背後に立つ二人組もどこか妙ちきりん。
ピリッとしたスーツに身を包み、片方は赤いネクタイを締め、もう片方は青いネクタイを締めている。おしゃれだ。決まっているといえば決まっている。でもどこか決まりきれていない。なんていうかコスプレ感が抜け切れていないというか。着慣れていないというわけじゃない。着こなせていないとでも言うべきか。
っていうか、たぶんこの二人、何かの刑事ドラマの影響を強く受けている口だろう。
どうやらこの二人は室温警部補の直属の部下らしいのだが、名前はまぁ、べつにいいや。なおこいつらも生粋の人間である。
これにおれと芽衣の尾白探偵事務所が加わり卓を囲む。
亀松百貨店のオーナー、警備保障会社、警察、探偵。
ほらっ、なんとも奇妙な取り合わせだろう?
警備保障会社と警察はまだわからなくもない。なにせ退職後の転職先として両者はずぶずぶの関係だろうから。会社の役員とかに元警察官僚とかゴロゴロ名を連ねているのにちがいあるまい。
でもそれはあくまで上層部同士の繋がりであって、現場レベルとなるとまたちがってくる。
微妙にかぶる業務。ときにぶつかることもあるだろう。
片や「天下りしてくるくせにデカい顔しやがって」と内心おもしろくなく、片や「おまえら民間は黙って警察の言うことを聞いておけばいいんだよ」とやはり内心でおもしろくない。
相容れぬとまでは言わないけれども、面を突き合わせればどうしてもギスギスした空気が流れちゃう。
そしてこんな場面に呼び出された街の探偵屋さんである。
「ようこそ」
笑顔で応対してくれたのは亀松歳蔵氏のみ。
ドーベルマンカマとカラス女は舌打ちで挨拶をし、室温警部補からはギョロリとにらまれ、直属の部下たちからはツーンとそっぽを向かれて無視される。
あきらかに歓迎されていない。
完全アウェイ。そんな針のむしろの席にて亀松歳蔵氏が口にしたのはトンデモナイ依頼内容であった。
「世界ハイヒール展についてはいまさら説明は必要ないでしょうから、割愛させていただきます。それで尾白さんのところにはルクレツィア・ギアハートの身辺警護をお願いしたいのです」
大手警備保障会社でもなく、警察でもなく、探偵に?
世界的トップモデルの警護を?
はっはっはっ、エイプリルフールでもあるまいに悪い冗談だ。
芽衣とおれはこそこそ。「ドッキリでしょうか」「どこかにカメラが仕込んでいるはずだ」と周囲をキョロキョロ。
しかしそれらしいモノはどこにも見つけられず。
警備保障会社と警察が一段と不機嫌にムスっとなるばかり。
明らかに場の空気がずーんと重くなるのもおかまいなしに亀松歳蔵氏は言葉を続ける。
「突然の申し出に困惑なされているのは重々承知。それを曲げてどうかよろしくお願いします。なにせ先方の、ルクレツィア・ギアハートからのたっての要望でして」
よもやの海の彼方よりのご指名依頼!
おれと芽衣は驚きのあまり化け術が乱れて、危うく尻尾がぴょこたんと。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~
椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」
仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。
料亭『吉浪』に働いて六年。
挫折し、料理を作れなくなってしまった――
結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。
祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて――
初出:2024.5.10~
※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。
記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー
コーヒー微糖派
ファンタジー
勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"
その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。
そんなところに現れた一人の中年男性。
記憶もなく、魔力もゼロ。
自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。
記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。
その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。
◆◆◆
元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。
小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。
※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。
表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる