おじろよんぱく、何者?

月芝

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383 団地の精と四つの願い 後編

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 団地の精とカラス女とおれ。
 一連のやりとりを黙って見ていた車屋千鶴が、ついに口を開く。

「でしたらここは一発、どーんと世界の恒久平和をお願いします」

 タバコに腰痛というしょぼい願いのあとに、なんという剛毅!
 いきなりとてつもなくスケールの大きな願いが飛び出した。
 だからとて車屋千鶴が博愛主義者というわけじゃない。
 その証拠に聖女の慈愛の笑みを浮かべての祈りなんぞではなく、悪魔の微笑にて口元が醜く歪んでいるのだから。
 やれ宗教だ、やれ国境だ、やれ民族だ、やれ文化だと、二人以上が集まればしようもないことで必ずもめる習性を持つのが人間という生き物。
 同じ過ちを延々とくり返す愚かな人類。
 そのすべてに叡智と悟りを授ける。
 これは挑発。
 できるものならばやってみろという、車屋千鶴から団地の精への挑戦である。

「ふはははは、それぐらい造作もないことよ」

 と大見得切れたらよかったのだが、ちと厳しいらしく「さすがに世界平和はちょーとムズカシイかなぁ。どこぞの紛争とかを止めるのならばできるんだけど」と団地の精はおずおず。
 それはそれですごいことだと思うのだが、車屋千鶴は納得しない。

「えー、話がちがうじゃない。『なんでも願いことを叶えてやる』っていうから言ったのに。てんでたいしたことないじゃないのさ。このウソつき! とんだへにゃちょこペテン師野郎めっ!」

 すっかり面目を失った団地の精はしょげかえり、これを眺める車屋千鶴はほくそ笑む。
 この時点でマウントが成立し、両者の上下関係が構築された。
 これは交渉術。
 自分にとって都合のいいように話を運ぶための布石。
 セールステクニック「ドア・イン・ザ・フェイス」である。
 はじめに無理難題を吹っかけてわざと断らせてから、そのあとに本命を要求することでより確実に己の願いを叶えさせる。いったん断ることで相手の中に罪悪感を植えつけ、これにつけ込む性質の悪い手法。
 ちなみに反対に小さな要求を繰り返しては、散々に感覚をマヒさせてから大きな要求を通す手法のことを「フット・イン・ザ・ドア」という。借金癖のある者やヒモ男なんぞが日常的によく用いているテクである。

 そんなテクニックまで持ち出し、車屋千鶴が求めたのは「たんぽぽ団地の更地明け渡し」であった。
 たんなる明け渡しだけでは足りない。
 ちゃっかり解体費用や廃材処分、整地などモロモロの手間なんぞを相手に押しつけるというしたたかさ。またこれにより自分の職務をまっとうするだけでなく、やいのやいのうるさかった連中のお株を奪っての意趣返しも遂行となる。
 なぜそうなるのかって?
 簡単な話だ。仕事がなくなれば解体を請け負うはずであった業者は商売あがったりとなるからだ。発注する行政側と受注する業者側にてどのような契約がなされていたのかはわからないが、けっして少ない額であったはずもなく。こいつはさぞやモメることであろうよ。
 そんな悪辣な奸計が潜んでいるとは露知らず。
 団地の精が「おやすいごようだ」と車屋千鶴の願いを嬉々として承諾する。

  ◇

 カラス女のお願い。タバコのパシリ。
 尾白探偵のお願い。腰痛を治すこと。
 車屋千鶴のお願い。たんぽぽ団地の更地明け渡し。

 ときたところで「次はおまえの願いを」と求められたのは、おれに憑いている尾白探偵事務所の第二助手であるしらたきさん。
 たとえ白い腕の怪異であろうとも、幻の十四番目の棟に辿り着いた以上は同等に扱う。
 意外にも気風のいいところを示す団地の精。おれはちょっぴり見直した。
 でもってみなの注目を集める中、しらたきさんが何を求めたのかというと……。

  ◇

 夕陽を受けて橙色に染まるたんぽぽ団地。
 一号棟の姿が次第に薄れてゆき、じきに霞んで消えた。
 続けて二号棟、三号棟と消えてゆく。
 ついにはすべての棟が無くなり、残るは中央の給水塔ばかり。
 てっきりこれも同じようにして消えるのかとおもいきや、さにあらず。
 突如、中空に出現した大きな穴。異次元ホール?
 そこより伸びてきた毛むくじゃらの巨大な腕がむんずと掴むなり、根元からボキリ。まるでキノコでも収穫するかのようにして給水塔をむしって奪い去る。
 団地の精の声が響く。

「汝らの願いは成就された。これにて契約を完了とする。では、さらばじゃ」

 異次元ホールがしゅるしゅる縮んでゆき、ついには点となり完全に失せた。
 かくしてたんぽぽ団地の怪異は異次元の彼方に去った。
 でもって残っている白い腕の怪異は手に入れた爪磨きにて、ウキウキご機嫌である。

「てっきり人間になりたいとか願うのかとおもってたんだがなぁ」とおれ。
「言うだけ無駄だろう。何でもとか言いながら、けっこう縛りが多かったぞ。アレ」とはカラス女。
「ええ、それにあの手の取引って、だいたい調子がいいのは最初だけ。結末が悲惨なオチになるのがお約束ですからね」ここで車屋千鶴がちらり、しらたきさんが手に入れた爪磨きに目をやる。「だからあれぐらいの幸せがちょうど良かったのでしょう」

 大きなつづらと小さなつづら。
 欲をかいたらロクなことにならないのは昔話でも鉄板ネタ。
 大山鳴動して爪磨きひとつ。
 かくしてたんぽぽ団地調査隊、無事生還にてついでに任務も完了!
 なお、だれがこんな大がかりなことをたくらんだのかとかいう、残ったナゾの数々については尾白探偵事務所の業務外なので我関せず。
 あとこれは余談になるのだが、しらたきさんがゲットした爪磨きの性能がとにかくすごかった。おっさんのボロボロの足の爪すらもぴかぴかのつやつやにしてしまう。
 それもそのはず。
 だってこれは団地の精があちらより取り寄せた異次元アイテムなんだもの。
 出すところに出せば、とんでもない値段がつきそうな気が……。


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