383 / 1,029
383 団地の精と四つの願い 後編
しおりを挟む団地の精とカラス女とおれ。
一連のやりとりを黙って見ていた車屋千鶴が、ついに口を開く。
「でしたらここは一発、どーんと世界の恒久平和をお願いします」
タバコに腰痛というしょぼい願いのあとに、なんという剛毅!
いきなりとてつもなくスケールの大きな願いが飛び出した。
だからとて車屋千鶴が博愛主義者というわけじゃない。
その証拠に聖女の慈愛の笑みを浮かべての祈りなんぞではなく、悪魔の微笑にて口元が醜く歪んでいるのだから。
やれ宗教だ、やれ国境だ、やれ民族だ、やれ文化だと、二人以上が集まればしようもないことで必ずもめる習性を持つのが人間という生き物。
同じ過ちを延々とくり返す愚かな人類。
そのすべてに叡智と悟りを授ける。
これは挑発。
できるものならばやってみろという、車屋千鶴から団地の精への挑戦である。
「ふはははは、それぐらい造作もないことよ」
と大見得切れたらよかったのだが、ちと厳しいらしく「さすがに世界平和はちょーとムズカシイかなぁ。どこぞの紛争とかを止めるのならばできるんだけど」と団地の精はおずおず。
それはそれですごいことだと思うのだが、車屋千鶴は納得しない。
「えー、話がちがうじゃない。『なんでも願いことを叶えてやる』っていうから言ったのに。てんでたいしたことないじゃないのさ。このウソつき! とんだへにゃちょこペテン師野郎めっ!」
すっかり面目を失った団地の精はしょげかえり、これを眺める車屋千鶴はほくそ笑む。
この時点でマウントが成立し、両者の上下関係が構築された。
これは交渉術。
自分にとって都合のいいように話を運ぶための布石。
セールステクニック「ドア・イン・ザ・フェイス」である。
はじめに無理難題を吹っかけてわざと断らせてから、そのあとに本命を要求することでより確実に己の願いを叶えさせる。いったん断ることで相手の中に罪悪感を植えつけ、これにつけ込む性質の悪い手法。
ちなみに反対に小さな要求を繰り返しては、散々に感覚をマヒさせてから大きな要求を通す手法のことを「フット・イン・ザ・ドア」という。借金癖のある者やヒモ男なんぞが日常的によく用いているテクである。
そんなテクニックまで持ち出し、車屋千鶴が求めたのは「たんぽぽ団地の更地明け渡し」であった。
たんなる明け渡しだけでは足りない。
ちゃっかり解体費用や廃材処分、整地などモロモロの手間なんぞを相手に押しつけるというしたたかさ。またこれにより自分の職務をまっとうするだけでなく、やいのやいのうるさかった連中のお株を奪っての意趣返しも遂行となる。
なぜそうなるのかって?
簡単な話だ。仕事がなくなれば解体を請け負うはずであった業者は商売あがったりとなるからだ。発注する行政側と受注する業者側にてどのような契約がなされていたのかはわからないが、けっして少ない額であったはずもなく。こいつはさぞやモメることであろうよ。
そんな悪辣な奸計が潜んでいるとは露知らず。
団地の精が「おやすいごようだ」と車屋千鶴の願いを嬉々として承諾する。
◇
カラス女のお願い。タバコのパシリ。
尾白探偵のお願い。腰痛を治すこと。
車屋千鶴のお願い。たんぽぽ団地の更地明け渡し。
ときたところで「次はおまえの願いを」と求められたのは、おれに憑いている尾白探偵事務所の第二助手であるしらたきさん。
たとえ白い腕の怪異であろうとも、幻の十四番目の棟に辿り着いた以上は同等に扱う。
意外にも気風のいいところを示す団地の精。おれはちょっぴり見直した。
でもってみなの注目を集める中、しらたきさんが何を求めたのかというと……。
◇
夕陽を受けて橙色に染まるたんぽぽ団地。
一号棟の姿が次第に薄れてゆき、じきに霞んで消えた。
続けて二号棟、三号棟と消えてゆく。
ついにはすべての棟が無くなり、残るは中央の給水塔ばかり。
てっきりこれも同じようにして消えるのかとおもいきや、さにあらず。
突如、中空に出現した大きな穴。異次元ホール?
そこより伸びてきた毛むくじゃらの巨大な腕がむんずと掴むなり、根元からボキリ。まるでキノコでも収穫するかのようにして給水塔をむしって奪い去る。
団地の精の声が響く。
「汝らの願いは成就された。これにて契約を完了とする。では、さらばじゃ」
異次元ホールがしゅるしゅる縮んでゆき、ついには点となり完全に失せた。
かくしてたんぽぽ団地の怪異は異次元の彼方に去った。
でもって残っている白い腕の怪異は手に入れた爪磨きにて、ウキウキご機嫌である。
「てっきり人間になりたいとか願うのかとおもってたんだがなぁ」とおれ。
「言うだけ無駄だろう。何でもとか言いながら、けっこう縛りが多かったぞ。アレ」とはカラス女。
「ええ、それにあの手の取引って、だいたい調子がいいのは最初だけ。結末が悲惨なオチになるのがお約束ですからね」ここで車屋千鶴がちらり、しらたきさんが手に入れた爪磨きに目をやる。「だからあれぐらいの幸せがちょうど良かったのでしょう」
大きなつづらと小さなつづら。
欲をかいたらロクなことにならないのは昔話でも鉄板ネタ。
大山鳴動して爪磨きひとつ。
かくしてたんぽぽ団地調査隊、無事生還にてついでに任務も完了!
なお、だれがこんな大がかりなことをたくらんだのかとかいう、残ったナゾの数々については尾白探偵事務所の業務外なので我関せず。
あとこれは余談になるのだが、しらたきさんがゲットした爪磨きの性能がとにかくすごかった。おっさんのボロボロの足の爪すらもぴかぴかのつやつやにしてしまう。
それもそのはず。
だってこれは団地の精があちらより取り寄せた異次元アイテムなんだもの。
出すところに出せば、とんでもない値段がつきそうな気が……。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~
椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」
仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。
料亭『吉浪』に働いて六年。
挫折し、料理を作れなくなってしまった――
結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。
祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて――
初出:2024.5.10~
※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

竹林にて清談に耽る~竹姫さまの異世界生存戦略~
月芝
ファンタジー
庭師であった祖父の薫陶を受けて、立派な竹林好きに育ったヒロイン。
大学院へと進学し、待望の竹の研究に携われることになり、ひゃっほう!
忙しくも充実した毎日を過ごしていたが、そんな日々は唐突に終わってしまう。
で、気がついたら見知らぬ竹林の中にいた。
酔っ払って寝てしまったのかとおもいきや、さにあらず。
異世界にて、タケノコになっちゃった!
「くっ、どうせならカグヤ姫とかになって、ウハウハ逆ハーレムルートがよかった」
いかに竹林好きとて、さすがにこれはちょっと……がっくし。
でも、いつまでもうつむいていたってしょうがない。
というわけで、持ち前のポジティブさでサクっと頭を切り替えたヒロインは、カーボンファイバーのメンタルと豊富な竹知識を武器に、厳しい自然界を成り上がる。
竹の、竹による、竹のための異世界生存戦略。
めざせ! 快適生活と世界征服?
竹林王に、私はなる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる