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379 茨の牢獄
しおりを挟む五階廊下を駆け抜け、階段を三階まで降りたところで前方を茨に阻まれる。
「だーっ、来るときに散々刈ったってのにまたぞろわさわさ生えていやがる。おい、四伯っ!」
「あいよ、変化」
おれがドロンと化けた草刈り機を手にし、カラス女が突撃。
後方からちょっかいを出してくる蔓は、車屋千鶴が手にしたアーミーナイフでザクザク撃退する。
そうやって周囲から迫る茨に対処していたのだが、敵勢の追い上げが激しい。このままだと押し切られる!
「下までは行けそうにねえな。しゃあねえ、だったら」
階段を降りるのをあきらめたカラス女が進路変更。
三階フロアの最寄りの室内へと飛び込み、車屋千鶴もあとに続く。
目指したのはベランダ。
進路を切り開いたところで、おもむろに草刈り機を放り出し、カラス女が外へと飛び出す。すかさず変態し、本来のカラス姿へと戻る。
一方でおれはふたたび「変化っ」
ドロンと化けたのは登山用のロープ。
フックをベランダの柵に引っかけて地面に向かってだらり。
これを掴んでシュルシュルシュル。どこぞの女スパイも真っ青の軽快な動きにて降りるのは車屋千鶴。
三階高所にて命綱なし。ロープ一本による降下。おまけに茨の蔓の邪魔付き。
だというのに動きにためらいがない。
さすがは国税局八番課の人間。荒事へと対処能力が半端ねえ。
先に逃げたカラス女に続き、車屋千鶴の身が地面に到着したところで、おれも変化を解く。
三人はそそくさと一号棟から離れた。
◇
どうにか一号棟から脱出をしたおれたちは、たんぽぽ団地敷地内にある公園へと一時退避。
ここで体制を整えるなり、今後の身の振り方を考えるなりするつもりであったのだが……。
「ダメですね。電話が繋がりません」
スマートフォンの画面を見つめながら車屋千鶴がぼそり。
たんぽぽ団地に巣食っている怪異。その規模が想定よりもはるかに大きい。さすがに手が足りないので応援を要請しようとしたのだが御覧の通り。
「くそったれめ。上もムリだった。団地の上空まではあがれるが、それ以上にはどうやっても行けない」
ひらりと空より舞い降りてきたカラス女の報告によれば、空がどこまでも続いており、いくら飛んでも団地からはちっとも離れられないんだとか。
話を受けておれはここの高台からふもとへと続く階段へと近寄り、試しに上から石ころを蹴飛ばしてみたものの、下へと向かってトントンはずんで落ちていたはずの石ころがいつの間にやら逆にのぼってくるではないか!
ありえない現象にて、これにより判明したのはおれたち三人がたんぽぽ団地に閉じ込められたということ。
「空間を閉じるとかマジかよ? 心霊現象を通り越してSFの領域じゃねえか! あーあ、どこの誰かは知らないがおれたちも黒薔薇の栄養にするつもりなのかなぁ」
やっぱりロクなことにならなかった。だから車屋千鶴とかかわるのはイヤだったんだ。
おれは悲嘆に暮れつつタバコをすぱすぱ。
「いっそのこと火でもつけて盛大に燃やしてみるか? 煙が出たらさすがに誰かが気づいて外から助けがくるかもしれん」
どうせぶっ壊す予定なんだし、いっちょ放火しようぜ!
なんぞと刑事にあるまじき発言をしながら、やはりタバコをすぱすぱしている安倍野京香。
「いえ、外部からの助けは期待できないでしょう。その証拠に、ほら」
自身の耳に手を当てる仕草をしてみせたのは車屋千鶴。
おれとカラス女もマネしてみて、その意味を悟る。
無音……。
音がまるで聞こえてこない。
いくら高台とはいえここは仮にも街中。であるというのに喧騒がまるで伝わってこない。道路を走るクルマのエンジン音も、空を飛ぶ飛行機の音も、道端に転がるビニールゴミのカサカサ音もしやしない。
団地というコンクリートの塊が十三と給水塔がひとつ。ビル風ぐらい吹いてもよさそうなのにそれもない。
「……だが、さすがに陽がくれたら誰かが気づくだろう」
うちの助手の芽衣はともかく、カラス女や車屋千鶴の同僚らはきっと訝しむ。
とくに女刑事が連絡を断ったとあれば、署全体が騒然となるはず。
おれが一縷の望みを口にするも、車屋千鶴は首を横に振るばかり。
「そこの地面を見て下さい」
車屋千鶴に促されるままに見てみたら、地面に一本の線が引かれてある。
ちょうど木の影の先端にかかるように描かれてあったのだが、それを指差して彼女は言った。
「影と線の位置が微動だにしていません」
つまりおれたちがわちゃわちゃしている間、ここを照らす太陽は一切仕事をしていなかったということ。
時間ごと切り取られて内部に取り込まれた。
驚愕の事実を前にして、おれが最初に確認したのはジャケットの中のタバコのストック。
「くっ、一箱半といったところか。長引くとキツイな」
見ればカラス女も黒スーツの上着の懐をまさぐっていた。あのしかめっ面からして、どうやら在庫は似たり寄ったりといったところか。
そんなおれたちに車屋千鶴がややあきれつつ。
「あなたたち……いま気にするところがソレですか。ふふふ、ですが頼もしくもあります。これならばなんとかなりそうですね」
たんぽぽ団地調査隊、自力生還を目指し調査続行決定!
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