おじろよんぱく、何者?

月芝

文字の大きさ
上 下
377 / 1,029

377 地獄の花園

しおりを挟む
 
 ひと棟で六十戸が住める五階建て。
 建てられた年代が年代ゆえにエレベーターなんて気の利いたものはない。
 もしあったとしても電気がとっくに止められてあるので動かないだろうけど。

 吹き抜けの階段は小学校のような幅広。
 ただし柵が牧場の周囲をかこんであるやつみたいにスカスカ。
 子どもがうっかり身を乗り出して、下をのぞいて遊んでいたら、そのまま真っ逆さまに落ちて……。
 という事故が起こっても不思議ではないおおらかな造り。
 デザイン性重視、利便性や安全基準とかクソ喰らえ。
 でもって、ついでに耐震基準? なにそれ? でもあるんだとか。
 そりゃあいくら有名な建築家が手がけたとか歴史的価値がちょびっとあったところで、取り壊しが早々に決定されてもしようがない。

 そんな建物内に入ったとたんにおれたち三人はそろってあんぐり。

「なんじゃこりゃあ」
「こいつは黒薔薇だな。しかしこの量は……」
「うーん。びっちりですねえ。以前に来た時にはこんなものはなかったはずなのですけど」

 おれと安倍野京香は天井やら壁を埋め尽くす茨に圧倒されるばかり。
 これまでに単独で二度ほど調査に来たことがあるという車屋千鶴は首をかしげつつも、「やはり尾白さんを連れてきて正解だったみたいです」とほくそ笑む。
 やたらと怪異を引き当てるおれと、やたらと怪異から恐れられている車屋千鶴。
 二人がそろうと「反発」なる現象が起きることがこれで確定してしまった。
 ちなみに「反発」とはその地に潜む怪異の警戒レベルがマックスに跳ね上がることである。それすなわち内部に取り込まれたおれたちの危険度もマッドマックスに跳ね上がることを意味している。

 しかしそんなことではへこたれないのが車屋千鶴であり、カラス女でもある。

「ちっ、邪魔な薔薇どもだな。棘がうっとうしい。おい、四伯、ちょいと草刈り機に化けろ」

 見事に咲き狂う黒薔薇を前にして「きれい」とうっとりすることもなく、そんな台詞を吐くカラス女。うっとりされても反応に困るが、これはこれでどうなのかと思う。
 でもってもう一人の女は「全部の花を集めて香水とか作ったらボロ儲けじゃないかしらん」なんぞと口にする。だが残念だったな。公務員の副業は法律で禁止されている。

  ◇

 ウィーン、ウィーン、ブーン、バリバリバリ。

 おれが化けた草刈り機を手に、カラス女がくわえタバコにて「ふんふん」鼻歌まじりで進路上の邪魔な茨を容赦なく裁断する。
 なお草刈り機の刃は安全を考慮してワイヤータイプにしてある。うっかり硬いところを引っかけたら危ないからね。

 こうして一号棟の廊下を進み階段をのぼり、最上階の五階フロアへと。
 いまのところ黒薔薇がびっちり生えていること以外には、とくにこれといった異変は起こっていない。

「どうせなら眠れる美女でもいてくれたらいいのに」

 グリム童話に例えておればボソッともらせば、カラス女が「すでに両手に華だというのに贅沢言うな」とほざく。
 華は華でもトリカブトとジャイアント・ホグウィードじゃねえか。

 根に強い毒を持つトリカブト。
 人類の毒物の歴史を語る上では欠かすことができない存在にて、いまだに解毒剤がないおそろしいヤツ。
 ジャイアント・ホグウィードは見た目こそは可憐で小さな花を咲かせるが、うっかり触れたが最後、地獄の苦しみが待っている。樹液に光線過敏症を引き起こす物質が含まれており、皮膚に触れると激烈な痛みをともなう水ぶくれを発症する光毒性を持つ。どうしても接する必要があるときには防護服と防護メガネの着用を推奨されているほどの、やばいヤツ。

 周囲がトゲトゲの黒薔薇で左右が毒華とか。
 とんだ地獄の花園に迷い込んでしまったものである。

  ◇

 最上階のフロアに到達したところで、端から順繰りに部屋を調べてゆく。
 窓ガラスはとっくに割れて失せており、吹きっさらしの室内は荒れ放題。
 人が住まなくなった建物はみるみる朽ちる。
 フローリング部分はところどころ穴があいており、タタミは湿気を吸い過ぎてぶよぶよ。
 心許ない足下に注意しつつ、ぐるりと室内をチェック。
 襖がはずれている押し入れはからっぽ。その上段の天袋もいかにも何か出てきそうな雰囲気だけで、中にあったのはみっちみちの茨だけ。
 室内はこれといって異状なし。
 ただベランダの方を調べていた車屋千鶴が「うーん」と足下に転がる白骨にうなっている。
 大きさや形状からしておそらくは鳩やカラスのもの。
 うっかり雨宿りにでも入り込んで、茨のせいで外に出れなくなってそのまま……。
 といった風だが、「ちょっと数が多いかも。他も見てみないとなんとも言えませんけど」と車屋千鶴が柳眉を寄せての思案顔。

「この薔薇どもの養分とかになってたりして」

 何げなくおれがつぶやくと、「あー、その問題もあるんだよなぁ。これだけの量が咲き誇るには相応の肥料が必要だな」とカラス女がまじめに答え、車屋千鶴もうなづいたもので、おれはゾゾゾッ。
 そういえば黒薔薇の花言葉ってたしか「あなたは私のもの」とか「永遠の死」もしくは「滅びることのない愛」だったっけか。


しおりを挟む
感想 610

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

稲荷狐の育て方

ススキ荻経
キャラ文芸
狐坂恭は、極度の人見知りで動物好き。 それゆえ、恭は大学院の博士課程に進学し、動物の研究を続けるつもりでいたが、家庭の事情で大学に残ることができなくなってしまう。 おまけに、絶望的なコミュニケーション能力の低さが仇となり、ことごとく就活に失敗し、就職浪人に突入してしまった。 そんなおり、ふらりと立ち寄った京都の船岡山にて、恭は稲荷狐の祖である「船岡山の霊狐」に出会う。 そこで、霊狐から「みなしごになった稲荷狐の里親になってほしい」と頼まれた恭は、半ば強制的に、四匹の稲荷狐の子を押しつけられることに。 無力な子狐たちを見捨てることもできず、親代わりを務めようと奮闘する恭だったが、未知の霊獣を育てるのはそう簡単ではなく……。 京を舞台に繰り広げられる本格狐物語、ここに開幕! エブリスタでも公開しています。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...