おじろよんぱく、何者?

月芝

文字の大きさ
上 下
366 / 1,029

366 熱風魔人四千形

しおりを挟む
 
 せっかく摂津の湯にきたというのに肝心の温泉には浸からず。
 サウナに入り浸り、あげくのはてにはドーベルマンカマこと千祭史郎と我慢比べとしゃれ込むおれこと尾白四伯。

 五分経ち、十分経ち、十五分が経った。

 しかし双方譲らず。

「まだまだ」
「なによこのくらい、ふんっ」

 ベンチにどっかと腰をおろして腕組み、おれと千祭は不動を貫く。
 するとそんなおれたちに感化されたのか、この我慢比べに無言のまま参加する男たちもちらほら出始める。
 はっきり言って不毛な戦いだ。
 この勝負の果てに栄光なんぞはありやしない。
 あるのはただの自己満足だけ。
 それでも男たちは熱と汗にまみれて、ひたすら耐え忍ぶ。

 二十分が経ち、ついに三十分へと差し掛かったとき、ソイツはあらわれた。

「やってるな、この愛すべきサウナ野郎どもめ」

 つるりとしたハゲ頭に豊かなアゴひげ。
 地獄に落ちたサンタクロースのような容姿のごつい老爺が室内にてがんばる男どもをギョロリと見まわしてから、にやりと不敵な笑みを浮かべる。
 するとここの常連らしき客がカッと目を見開き、老爺をガン見しながらぽつり。

「熱風魔人四千形……」

 熱したサウナストーンに水をぶっかけて、蒸気を大量発生させたのちに、タオルでバサバサ仰ぐサービスを担う者。これをアウフグースもしくはロウリュという。
 アウフグースの発生させる熱風は、炎熱地獄の風のごとし。
 並みいる屈強なサウナ戦士たちを一撃ノックアウトし、敗走せしめる破壊力と熱量を誇る。
 それだけでも充分に脅威なのだが、気になるのが老爺の異名。
 熱風魔人というのはなんとなく理解できるが、問題は四千形である。なんのこっちゃい?
 馴染みのない単語におれと千祭が戸惑っていると、常連客がこっそり教えてくれた。

「蒸気を自在に操ることから人呼んで熱風魔人。だがそれだけじゃない。あの御方の発する熱量は超ド級なんだ。あまりの激烈、猛烈ぶりから、世界最強の蒸気機関車ユニオン・パシフィック鉄道四千形蒸気機関車になぞらえられている」

 何千トンもの重たい荷を運んでは山脈を越えて、シュッシュッポッポッ。
 ビッグボーイとの愛称でも呼ばれているモンスター機関車。そんなシロモノからあだ名を拝借しているアウフグース。
 ちなみに本名は佐門清さもんきよしというそうな。
 どこからともなく男たちの戦いの気配を察して、いざ降臨。

  ◇

 柄杓二刀流にてびしゃっとサウナストーンに水をかける熱風魔人四千形。
 たちまち視界を埋め尽くすほどの蒸気が室内に満ちる。
 白い渦が巻き、風がうねる。
 モヤの彼方にゆらめくのは大判のタオル。
 熱風魔人四千形がばさり、ばさり。優雅にして華麗。その動きはマタドールのマントさばきにも匹敵するであろう。

「なんだ、これは? 熱気が視覚化されていやがる」
「熱いけど、ちょっぴりロマンチック、でも熱いけど」

 おれと千祭がぽかんとまぬけ面にて眺めていたら、近くにいた常連が叫ぶ。

「ばか、すぐに目と口を閉じろ。熱波で脳みそと肺の奥が焼かれちまうぞ!」

 これを聞いたとき、おれたち二人はともに「なにを大袈裟な」とへらへら小馬鹿にしたものである。
 だがそれがけっして誇張なんぞではなかったことを直後に身をもって思い知る。

「用意と覚悟はいいか? サウナ野郎ども! ゆくぞ、気合いを入れやがれっ! 波ぁーっ」

 ドンっと正面からぶつかってきたのは熱気の壁。
 上下左右どこにも逃げ場なし。
 問答無用で押しつぶされる。

「く、苦しい、息ができない」
「うぎゃあ、何よこれ」

 おれと千祭はあまりのつらさにうつむいて苦しみから逃れようとする。
 だがしかし、そこに襲いかかってきたのが床を這うかのごとくスルスル近寄っていた別の熱の流れ。
 高温の上昇気流が天を目指して舞い上がるドラゴンとなって獲物に喰らいつく。
 閉じたまぶたが意味をなさない。目の奥が、目ん玉の裏側が痛い。
 ちっとも息ができない。懸命に口を動かすも、入ってくるのは熱ばかり。
 鼻の奥が、ノドの奥が焼ける。胸が、胸の奥も熱い。心臓がじりじり丸焼きにされているかのような感覚。血がぐつぐつと沸く。
 身が焦がされる。耳から染み込んでくる熱が頭の中をぐるぐる周回し、回るほどに熱量が増していく。
 ともすれば飛びそうになる意識。
 それでもおれはどうにか耐えた。千祭も放心状態ながらもからくも試練を乗り切る。

 供に死線をくぐり抜けた戦友だらかというわけではないが、おれたちの間に奇妙な連帯感が生まれようとしていた。それは同室していた他のサウナ野郎たちもいっしょ。なるどほ、これがサウナの醍醐味なのか。
 なんぞとおれがほくそ笑みかけたとき、熱風魔人四千形が恐ろしいことを口走る。

「では肩慣らしはこのぐらいにして、次はちょいと本気でいくぞ」

 なん……だと?
 衝撃の告白を受けてぐらつくおれの心。
 そこに横殴りの熱風の一撃がガツンときた。
 先のものを熱の壁によるビンタとすれば、これは熱の拳。
 的確に急所を狙い、えぐり、打ち抜く。
 左右のワンツーフックにストレート、ボディ、そしてうつむいたところにスマッシュ気味の大振りアッパー。

 そしておれたちは燃え尽きた。


しおりを挟む
感想 610

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~

椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」 仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。 料亭『吉浪』に働いて六年。 挫折し、料理を作れなくなってしまった―― 結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。 祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて―― 初出:2024.5.10~ ※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

竹林にて清談に耽る~竹姫さまの異世界生存戦略~

月芝
ファンタジー
庭師であった祖父の薫陶を受けて、立派な竹林好きに育ったヒロイン。 大学院へと進学し、待望の竹の研究に携われることになり、ひゃっほう! 忙しくも充実した毎日を過ごしていたが、そんな日々は唐突に終わってしまう。 で、気がついたら見知らぬ竹林の中にいた。 酔っ払って寝てしまったのかとおもいきや、さにあらず。 異世界にて、タケノコになっちゃった! 「くっ、どうせならカグヤ姫とかになって、ウハウハ逆ハーレムルートがよかった」 いかに竹林好きとて、さすがにこれはちょっと……がっくし。 でも、いつまでもうつむいていたってしょうがない。 というわけで、持ち前のポジティブさでサクっと頭を切り替えたヒロインは、カーボンファイバーのメンタルと豊富な竹知識を武器に、厳しい自然界を成り上がる。 竹の、竹による、竹のための異世界生存戦略。 めざせ! 快適生活と世界征服? 竹林王に、私はなる!

処理中です...