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360 爆釣フィーバー
しおりを挟む芽衣とタエちゃんが目の色を変えて大物狙いに励んでいた同時刻。
ピリピリムードのそちらとは打って変わり、ファミリー層にて和気あいあいとしている釣り場にいたのはミワちゃんに引率された望くんと愛ちゃん。
数の釣果を競う部門に参加している彼女たち。手堅く堅実にをモットーに、無理のない範囲で競技に臨む。
が、そこはそれ、やはり優勝の副賞である十万円分の地域振興券はやはり欲しい。
しかし卓越した技量もなく、たいした釣りの知識もない、装備は最低限、運動もどちらかというとあまり得意ではないミワちゃん。この日のために用意した策は「サビキ釣り」の仕掛けである。
サビキ釣り。
ルアーを用意したり、釣り針に直接エサをつけて一匹ずつ釣るのではなくて、重しといっしょに撒き餌カゴをくっつけて、寄ってきた魚たちをサビキという疑似餌針に食いつかせる方法。餌針がたくさんついているので一度に複数の魚を釣り上げることが可能。海釣り初心者でも簡単に楽しめ、なおかつ陸っぺりでも釣果が期待できる。
海釣りの手法をあえて川釣りに持ち込んだミワちゃん。
素人ならではの大胆さと無知が釣りの常識の壁をたやすく超える。
加えて彼女は独自の工夫をも施す。
通常のサビキ釣りの疑似餌針は六本セットが主流であるのだが、これを大胆にも倍の十二本に拡充する。
こんがらがったらすぐに仕掛けがダメになってしまいそうだが、彼女は気にしない。なぜならズブの素人だからだ。釣り具屋に仕掛けを買いに行った際にも、パッケージにあった「爆釣」の二文字を真に受けて、「おや? 爆釣と爆釣を二つくっつけたら超爆釣となるにちがいない」との単純計算。
はたして、この試み、吉とでるか凶とでるか。
そんなミワちゃんとは対照的に川釣りのド定番である練り餌に針に浮きというスタイルで挑もうとしていたのが望くん。利発な少年は事前に学校の図書室で調べた方法を寸分たがわず踏襲する。だがそれだけではない。ちゃっかり愛ちゃんの釣りの準備をも引き受けることで、地味にポイントを稼ぐ。
しかしそんな男心なんぞ知るよしもない愛ちゃん。望くんに感謝しつつもミワちゃんの方に興味深々。
「えっ、美和子お姉ちゃん、竿も使わないの?」
驚きを隠せない幼女に、ミワちゃんはメガネをキランとさせつつ「ふふふ」と意味深な笑み。
彼女の狙いはブルーギル。
北アメリカ大陸原産。同サンフィッシュ科のブラックバスに属する淡水魚にて特定外来生物。小回りは利くものの泳ぎ自体はあまり得意ではない。それゆえに流れの緩やかなところを好む。喰い意地の張った悪食にてぶっちゃけ阿呆だ。餌のついていない針を岸辺で下げているだけでポコポコ釣れたりする。そりゃあ大きなやつを狙うとなれば、相応の装備一式が必要だが、本日の目的は数。
岸近くにてフラフラしている小魚を特製の仕掛けにてまとめて爆釣しちゃおう。
との目論み。よって遠くに投げる竿やリールなんぞは必要なし。
「これはもはや漁なのでは……。果たして釣りと言っていいものなのか」
真面目な望くんがもっともな意見を口にするも、「大丈夫」と自信をにじませるミワちゃん。
「いざというときのカモフラージュのために、ダミーの竿もちゃんと用意してあるから」
たしかにルールは守るためにある。
けれどもただ漠然と従っているだけではいけない。それは思考の放棄に他ならない。人間は考える葦である。創意工夫にて活路を見出し、これを逆手にとって制した者が勝つ!
それっぽい理屈と主張を展開するミワちゃんではあるが、とどのつまりは確信犯である。
愛ちゃんは「なるほどー」と感心するも望くんは「やれやれ」と首をふるばかり。
◇
結論から言うと、ミワちゃんの作戦は当たった。
糸を垂らしてものの一分足らずで引きがくる。
で、急いであげたらビチビチ、わらわら。ブルーギルの小さいのがたくさん釣れている。
ただし、同時にこの作戦の欠点も露呈した。
それは針をはずす作業がとにかくめんどうなこと。
実際に釣り糸を垂れている時間よりも、小魚から針をちまちまはずしている時間の方がずっと多い。これは誤算であった。「あっちゃー」とミワちゃん、自分で自分のおでこをぴしゃり。
一方で黙々と普通の釣りをしている望くんは隣の豊釣ぶりにちょっぴりイラっとし、愛ちゃんは「自分もアレやりたい」と言い出す始末。
しかしそんな微妙な空気を吹き飛ばす珍事が直後に起こった。
ミワちゃんが岸辺に垂れていた糸がまたもやヒット!
「この調子で優勝はもらった」
とウハウハのミワちゃんであったが、何やら手の中の感触がおかしい。いきなりズシリと重くなる。これまでとは比べものにならない強さにて、ラインもずんずん水底に持っていかれるばかり。
予想外に大物が引っかかったのか?
あくまで小魚を対象とした貧弱な装備のため、こうなると成す術なし。
いくら軍手を着用しているとはいえ、手のひらに喰い込む糸が危ない。
身の危険を感じたミワちゃんがあわてて糸の束を放り出した。
その頃になると周囲も異変に気がついて「なんだ?」「どうした?」と様子を見に集まってくる。
で、伸びきったラインの先、みんなの視線を集める中、バシャンとひと際大きな音がして、水面に跳ねたのは縦長の魚体。
呆気にとられる一同をよそに、望くんがぼそり「ガー」とつぶやく。
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