おじろよんぱく、何者?

月芝

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357 雲外蒼天

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 ぼんやりしているうちに、いつの間にか古電話のベルの音と鳩時計の声が一斉に鳴り止んでいた。
 静寂が戻ったところで、はっとなったおれはいそいそ店舗の外へと。

 店の前に居座るのもどうかと考え、路地を抜けて向かい側の電信柱の陰で一服しながら待つことにする。
 が、あいにくとタバコを切らしていた。
 しようがないので近くの自動販売機に向かおうとしたところで、横合いからぬうっと出てきたのは男の腕。
 相手は商会長にて手にはタバコの箱。

「仕事か? 尾白。精が出るな」

 労いの言葉とともにタバコを箱ごと寄越す商会長。「一本くれ」と頼んだらしかめっ面にて渋々差し出すけちんぼが、どうにも気前が良すぎる。
 半ば強引にタバコを押しつけてきた商会長は、さっさと行ってしまった。

「なんだろう。台風でもくるのか、もしかしたら大地震の予兆かも」

  ◇

 訝しみつつもらったタバコの煙をくゆらせていると、今度は前方より女人が近寄ってくる。パン屋「森のくまさん」の美人妻である木崎小百合(きざきさゆり)さん。細目の色白美人で菩薩のようなお人柄。高月中央商店街の癒しの女神。
 そんな彼女が「尾白さん張り込みですか」とにっこり。

「ええ、まぁ、そんなところです」

 つい格好をつけて嘘をつくおっさん探偵。ふん、笑わば笑え。
 けれども癒しの女神は微塵も疑うことなく、逆に感心した素振りにて「そうだ、よろしければこれをどうぞ。お仕事がんばってくださいね」と紙袋を差し出す。
 中には彼女のお店のパンがいくつか。
 ありがたく頂戴するものの、おれは内心で首をひねっていた。

  ◇

 いきなり女子大生の集団に囲まれて握手を求められる。

「尾白探偵、ファンなんです。握手してください」
「あっ、ずるい。わたしはサインを」
「いっしょに写真お願いしまーす」

 なんでもおれの知らないところでファンサイトが立ち上がっており、アクセス数はうなぎ昇り。すでに会員登録者数が三十万を超えており、トレンドワードに尾白四伯の名前が……。
 あいかわらずガラケーに固執し、おれが頑なに時代の流れから顔を背けている間に、世の中がそんなことになっていただなんて知らなかった。
 おれは愕然としつつも、女子大生らの求めに応じデレデレ。
 その後、女子高生の集団からもキャアキャアいわれ、女子中学生の集団からもキャアキャアいわれ、女子小学生の集団からもキャアキャアいわれる。
 人生にモテ期なるモノが存在するという都市伝説は本当だった!

  ◇

 路地に突っ立っているだけでやたらと好意的な声をかけられる。出勤前の夜蝶たちからはこぞって名刺を渡され「お店で待ってるからね」と投げキッスにウインク。警邏中の制服警官からは職質ではなくて「尾白名探偵」と呼ばれ敬礼をされた。
 うん、さすがにヘンだな。
 ありえない。
 いや、自分がモテまくっていることを自分で全力で否定するのもアレだけど、おかしなものはおかしい。
 そりゃあ、おじさんはがんばってるよ。
 毎朝、起きるたびに腰回りが痛むのをムチうち寝床から這い出て、いくら寝てもスッキリしないカラダを抱えて、苦しみながらもあくせく働いている。
 なにせこの稼業、波が激しいものでちょいと景気が上向いていると油断していたら、たちまち奈落へと墜とされる。ドーンと稼いで調子に乗っていたら、次の月には閑古鳥がカァカァ鳴いての素寒貧なんてこともしばしば。

 こつこつ積み上げてきた信用と実績。
 雲外蒼天、試練を乗り越えて行けば素晴らしい明日が待っている。
 ついにその努力が報われるときが!

「ないわぁ、うん、ないない。となれば、この現状はなんだ? おれは変わらず草臥れたおっさんのままだ。だからおかしくなっているのは周囲の方ということになる。見た目はそっくしだけど、中身がちがう。まるで反転したような……」

 今日あったこと、起こったこと、行った場所、会った人、交わした言葉、食べた物などなど。
 次々にフラッシュバックする記憶を辿り、異変の原因を探る。
 で、どう考えても怪しいのが鏡のマリーのところ。

「もしかしたらあの中に魔鏡の類でもまぎれ込んでいたのか!」

 おれは駆け出し、すぐさま彼女の鏡屋へと向かう。
 足どりがやたらと軽い。うん、やっぱりヘンだ。おれのカラダはこんなに軽妙に動けないもの。

  ◇

 飛び込んだ鏡屋。
 勇んで来てみたはいいものの、ここから先、何をどうしたらいいのかがわからない。マリーさんがいれば訊ねられるのに……。
 手近な鏡を適当にのぞき込んでみるも、そこに映るのは漬けたオリーブの実の色をしたジャケットを羽織った冴えない探偵のしょぼくれ顔ばかり。
 その時、またしてもジリリリとけたたましいベルの音。
 壁掛け式の古電話だ。同時に「ポッポー」と鳩時計も鳴き出した。
 室内中に飾られた鏡たち。
 合わせ鏡の世界の中で、無数のおっさんたちがキャロキョロしている。

  ◇

 がやがやがや……。

 聞こえてきたのは商店街を往来する人の流れる音。
 見上げれば路地にて切り取られた細長い青い空がある。
 気がついたとき、おれは鏡屋の前にぼんやり立っていた。
 ふり返れば店舗入り口の扉。
 ノブには「クローズ」の吊り看板。
 試しにドアノブを掴んでみたが回らない。カギがかかっているようだ。
 おれはやや困惑している。

「さっきのは何だったんだ? わけがわからない。白昼夢でも見ていたのだろうか」

 なんにせよ今回の依頼は断ったほうが良さそうだ。
 鏡のマリー、しがない街の探偵屋さんの手には負えそうにない。
 そう決めておれは路地をあとにする。

「うーん、しかしよくよく考えたら、ちょっと惜しかったかも」

 そんな未練はタバコの空箱といっしょにクシャリとして、最寄りのゴミ箱にポイっ。


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