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345 明星
しおりを挟む「あっ、そう。わかった。とりあえずベランダの鉢植えを部屋の中に入れておくかな。せっかく育てたプチトマトをひっくり返されたらたまらん」
おれがハイゼルコバ帝国とケヤキ自由連合の戦いはすでに秒読み段階に入っていると報せたときの、花伝オーナーの反応がこれである。
えっ、たったこれだけ?
と諸兄は不思議にお思いかもしれないが、しょせんはエテ公どもの戦争遊戯。
大仰で、迷惑で、ムカつくし、それこそエアガンでバンバン撃って嫌がらせをしてやろうかとも思うけど、下手にかかわるだけ時間の無駄。腹の立て損である。
なによりサルはめんどうくさい。
サルかに合戦の昔ばなしがあるだろう?
あれはじつに的をよく射ており、サルという動物の性質を如実にあらわしている。あんな連中から恨まれたが最後、毎日、どこからともなく青い柿じゃなくって茶色い糞を投げつけられかねん。
きっとあの昔ばなしには続きがあるはず。サルかに合戦パート2・逆襲の猿鬼とかいうヤツが……。
「でも四伯おじさん。もしも今回の件が発覚したら、うちって帝国と自由連合の両方から狙われませんかね」
「正直微妙なところだな。あの調子だと放っておいても近いうちに暴発していただろうし。まぁ、黙っていたらバレやしないだろう」
「……うーん、それもそうですね」
「そうだそうだ。あっはっはっはっ」
なんぞと探偵と助手が事務所にて余裕をかましていたところに「すみません」と姿を見せたのは勝ち気そうな中学生ぐらいの娘さん。
依頼人かとおもいきやちがうという。
名前を聞いてびっくり!
彼女の名前は結城明星。
あのケヤキ自由連合の大将軍・結城現代の愛娘。
「尾白さんにちょっとお伺いしたいことがありまして」
で、問われたのは例の下着ドロボウの件。
明星は第三次大遠征の計画が急遽前倒しされたことに疑問を抱き、どういった流れでそうなったのかを彼女なりに調べてみた。
すると帝国側より一方的に不名誉な言いがかりをつけられたせいだとわかる。
そのことをより詳しく調べてみたら、実際に高月中央商店街周辺にて下着ドロボウが頻発していたことと、犯人がサルであり、これを解決したという探偵のことがわかった。
帝国側は「このスケベ猿はきっと自由連合の者であろう。いかにも連中がやりそうなことである」とおおいに吹聴し、バカにした。もっともこれには敵方を貶めることによる国威発揚目的もあったのであろう。あるいは挑発の意味合いもあったのかもしれない。
何にせよ自由連合側は激怒した!
「ぐぬぬぬ、なんたる屈辱。よりにもよって下着ドロボウ呼ばわりとは断じて許せん! この汚名けっしてそそがずにはおくものかっ」
これによりケヤキ自由連合内はたちまち開戦一色に染まる。
興奮する周囲の空気にあって明星は冷静だった。
帝国側の発言の真意を探る過程にて、発端となった下着ドロボウ事件についても調べを進める。
するとおかしなことがチラホラあることに気がついた。
まず第一に犯人を示す物証が何もない。どこぞのスケベ猿の犯行であるのならば、それを示す映像なり証拠なりがあってしかるべき。なのに存在しない。あるのは探偵の証言だけである。
これだけならば適当に犯人をでっち上げて、報酬をちょろまかそうとしただけとも考えられなくもないが、実際にピタリと事件を止まっている。
探偵が犯人を追いかけてわざわざ下水道に潜ったという話もあるし、けっしていい加減な仕事をする悪い輩というわけでもなさそう。
そんな探偵なのだが、なぜだか事件解決へと動いているさなかに、ふらりと真田動物病院を訪ねては、子猫たちの飼い主探しを依頼したりもしている。
はたしてこれらの行動に因果関係があるのかないのか……。
◇
ぶっちゃけまいった。
思わぬ伏兵の登場である。
明星というこの娘。かなり頭がいい。自分で調べられる範囲にて、ばっちりとこちらの行動を把握してから乗り込んできやがった。
この分では守秘義務を盾にとっての言い逃れも許してくれそうにない。
それどころか彼女が周囲に「あの探偵が怪しい」とかポロリするだけで、おれたちはたちまち追い詰められかねん。
ジーッとこちらを見つめる瞳はくりっと円ら。愛らしいけどそこに宿るのは強い意思の輝き。社長とかのリーダー気質の者によく見られる眼力は、大将軍の父親譲りか。
これを前にしておれは早々に降参、手をあげて兜を脱ぐことにした。
うん、抵抗したり誤魔化したりするだけムダっぽい。この手の子はたぶん止まらない。放っておいてもいずれ自分で真相に辿り着く。だったら先にカードを切って多少なりとも信頼を得たほうが得策。
というわけで、おれは深々と頭を下げお詫びかたがた「じつは……」と一連の事情を説明する。
かくかくしかじか、おれの話を聞き終えた明星。
「なるほど。そうだったんですね。青年と子猫たちを守るために」
いちおう納得した態度をみせるも、彼女の口の端がにゅうっとわずかに持ち上がったのをおれは見逃さなかった。
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