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335 獣王武闘会 終幕
しおりを挟む高級フルーツの盛り合わせを伽草奏が枕元の台に置くのを横目に、桜花朱魅がにやにや。
「今回も大活躍だったじゃないか。もしも尾白くんがあそこでがんばらなければ、いったいどれほどの惨事になっていたことか」
とっさに耐火コンクリートの壁に化け、アニマルロボ・カブトたちの自爆による被害を最小限に食い止めたことを「でかした」と褒める赤鬼の族長。
「ふだんはちょっと頼りないくせして、いざとなったら……か。いやはや、これは女心にグッとくるものだよ。なぁ、カナデもそうは思わないかい?」
急に話を振られて彼女は返答に窮し、複雑な表情を浮かべる。
おれとの関係で少しばかり複雑な事情を抱える立場としては、元相棒の活躍をどう言葉にしたらいいのか戸惑っている様子。
すべてをわかった上での桜花朱魅の言動。
口の中のアメ玉をなぶるかのように、従順な部下を軽くいちびっては、困っている姿を楽しんでいやがる。前々から知っていたけど、やっぱりこの鬼女はとんでもなく性格が歪んでねじくれている。
そんな憎らしい桜花朱魅だが、のんびり病室に居座るつもりはないらしく、ほんの十分ほどの滞在にて席を立つ。
「まったく慌ただしいかぎりだが、これから東京に戻って会議に参加せねばならなくてね。あっ、そうそう言い忘れるところだったよ。じつは……」
不意に顔を近づけてきた桜花朱魅がおれの耳元でささやく。
「これはまだ未確認情報なのだが、どうやら聚楽第のトップが変わったらしい。今回の騒動はその影響のようだね」
日々、世界中で起こっている動物絡みの事件。
その裏には必ず一枚かんでいると云われている、動物至上主義を掲げる秘密結社・聚楽第。
規模も構成メンバーも拠点も、ほとんど何もわかっていない過激派集団。
わかっていることと言ったら、人間どもに強い憎しみと敵愾心を抱いているということぐらい。
これまでの活動内容もけっして褒められたことではなかったが、トップの交代によって今後の活動がより過激に、鋭敏化する。
たんなる可能性の問題ではないことは、今回の騒動が証明している。
そしてその矛先が人間のみならず、現代社会や文明に迎合している動物たちにも向かうであろうことも。
今回、事件を起こす前から接触を持っていたことから、鬼界とまではさすがにことを構えるつもりはないであろう聚楽第。
ゆえに鬼族側としてはしばらく事態の推移を静観するつもりだが、先のことはわからない。聚楽第が活発に動くほどに、どうしたって飛び火するのは避けようもなく。
「じきに嵐が来る。けっして傍観者ではいられない。かつて誰も経験したことがないような大きな嵐が……。尾白くん、その時、キミはどうするつもりなのかな? もしも頼るべき寄る辺が必要になったときには、いつでも遠慮なく連絡をしてくれたまえ」
そう言い残し、名刺を置いていった桜花朱魅。
彼女に直通できる電話番号とメールアドレスが記された名刺。
出すところに出せばぶ厚い札束と交換されるであろうそれを、しばらくしげしげ眺めてから、おれはビリビリに細かく破いてゴミ箱に捨てた。
本当はライターで燃やしたかったところだが、あいにくと院内は禁煙だからしようがない。
◇
鬼との会合は何度経験しても疲れる。
気分転換におれがちょいとタバコを吸いに屋上へ行って戻ってきたら、もらったばかりの高級フルーツの盛り合わせが、あらかた食い尽くされていた。
ピラニアの犯人は芽衣とトラ美である。零号が手にした果物ナイフにて、するする器用に果物の皮をむくものだから、むいた端から実が次々と消えていく。
せっかく修行を経て大会に臨んだというのに、無粋な横槍で中途半端の尻切れトンボ。
女傑どもはさぞや機嫌が悪かろうと案じていたが、そうでもない。
「なんだかんだでおもしろかったし。佐藤さんが元気になったら、決着をつけようってことで話がまとまったから」
とは芽衣。ゴリラ拳闘士にはあらためて借りを返す。プンスカ鼻息が荒いタヌキ娘。
「希望すれば他の近衛師団メンバーとも手合わせをさせてもらえるってさ。あたいとしてはぜひともあの隊長さんと一度やってみたいんだよねえ」
とは弧斗羅美。隻眼のクロヒョウ女剣士との戦いを妄想し、早くも舌なめずりをしているトラ女。
芽衣もトラ美も優勝の栄誉とか、最強の称号とかにはあまり興味がないらしい。
「っていうか、うちにはおばあちゃんがいるしね」
芽衣の言葉におれも納得。
あれを差し置いて最強を名乗るとか、たしかに「ないわー」である。
かくして少しばかり予定を変更することを余儀なくされた獣王武闘会。
どうにか閉幕とあいなった。
ほんの数日のことなのにやたらと濃密な時間であった。
おっさんとしては、「ようやく終わってくれた。もうお腹いっぱい」というのが掛け値なしの本音である。
あー、疲れたー。
とっとと姫路そばを喰って高月へ帰ろう。
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