335 / 1,029
335 獣王武闘会 終幕
しおりを挟む高級フルーツの盛り合わせを伽草奏が枕元の台に置くのを横目に、桜花朱魅がにやにや。
「今回も大活躍だったじゃないか。もしも尾白くんがあそこでがんばらなければ、いったいどれほどの惨事になっていたことか」
とっさに耐火コンクリートの壁に化け、アニマルロボ・カブトたちの自爆による被害を最小限に食い止めたことを「でかした」と褒める赤鬼の族長。
「ふだんはちょっと頼りないくせして、いざとなったら……か。いやはや、これは女心にグッとくるものだよ。なぁ、カナデもそうは思わないかい?」
急に話を振られて彼女は返答に窮し、複雑な表情を浮かべる。
おれとの関係で少しばかり複雑な事情を抱える立場としては、元相棒の活躍をどう言葉にしたらいいのか戸惑っている様子。
すべてをわかった上での桜花朱魅の言動。
口の中のアメ玉をなぶるかのように、従順な部下を軽くいちびっては、困っている姿を楽しんでいやがる。前々から知っていたけど、やっぱりこの鬼女はとんでもなく性格が歪んでねじくれている。
そんな憎らしい桜花朱魅だが、のんびり病室に居座るつもりはないらしく、ほんの十分ほどの滞在にて席を立つ。
「まったく慌ただしいかぎりだが、これから東京に戻って会議に参加せねばならなくてね。あっ、そうそう言い忘れるところだったよ。じつは……」
不意に顔を近づけてきた桜花朱魅がおれの耳元でささやく。
「これはまだ未確認情報なのだが、どうやら聚楽第のトップが変わったらしい。今回の騒動はその影響のようだね」
日々、世界中で起こっている動物絡みの事件。
その裏には必ず一枚かんでいると云われている、動物至上主義を掲げる秘密結社・聚楽第(じゅらくてい)。
規模も構成メンバーも拠点も、ほとんど何もわかっていない過激派集団。
わかっていることと言ったら、人間どもに強い憎しみと敵愾心を抱いているということぐらい。
これまでの活動内容もけっして褒められたことではなかったが、トップの交代によって今後の活動がより過激に、鋭敏化する。
たんなる可能性の問題ではないことは、今回の騒動が証明している。
そしてその矛先が人間のみならず、現代社会や文明に迎合している動物たちにも向かうであろうことも。
今回、事件を起こす前から接触を持っていたことから、鬼界とまではさすがにことを構えるつもりはないであろう聚楽第。
ゆえに鬼族側としてはしばらく事態の推移を静観するつもりだが、先のことはわからない。聚楽第が活発に動くほどに、どうしたって飛び火するのは避けようもなく。
「じきに嵐が来る。けっして傍観者ではいられない。かつて誰も経験したことがないような大きな嵐が……。尾白くん、その時、キミはどうするつもりなのかな? もしも頼るべき寄る辺が必要になったときには、いつでも遠慮なく連絡をしてくれたまえ」
そう言い残し、名刺を置いていった桜花朱魅。
彼女に直通できる電話番号とメールアドレスが記された名刺。
出すところに出せばぶ厚い札束と交換されるであろうそれを、しばらくしげしげ眺めてから、おれはビリビリに細かく破いてゴミ箱に捨てた。
本当はライターで燃やしたかったところだが、あいにくと院内は禁煙だからしようがない。
◇
鬼との会合は何度経験しても疲れる。
気分転換におれがちょいとタバコを吸いに屋上へ行って戻ってきたら、もらったばかりの高級フルーツの盛り合わせが、あらかた食い尽くされていた。
ピラニアの犯人は芽衣とトラ美である。零号が手にした果物ナイフにて、するする器用に果物の皮をむくものだから、むいた端から実が次々と消えていく。
せっかく修行を経て大会に臨んだというのに、無粋な横槍で中途半端の尻切れトンボ。
女傑どもはさぞや機嫌が悪かろうと案じていたが、そうでもない。
「なんだかんだでおもしろかったし。佐藤さんが元気になったら、決着をつけようってことで話がまとまったから」
とは芽衣。ゴリラ拳闘士にはあらためて借りを返す。プンスカ鼻息が荒いタヌキ娘。
「希望すれば他の近衛師団メンバーとも手合わせをさせてもらえるってさ。あたいとしてはぜひともあの隊長さんと一度やってみたいんだよねえ」
とは弧斗羅美。隻眼のクロヒョウ女剣士との戦いを妄想し、早くも舌なめずりをしているトラ女。
芽衣もトラ美も優勝の栄誉とか、最強の称号とかにはあまり興味がないらしい。
「っていうか、うちにはおばあちゃんがいるしね」
芽衣の言葉におれも納得。
あれを差し置いて最強を名乗るとか、たしかに「ないわー」である。
かくして少しばかり予定を変更することを余儀なくされた獣王武闘会。
どうにか閉幕とあいなった。
ほんの数日のことなのにやたらと濃密な時間であった。
おっさんとしては、「ようやく終わってくれた。もうお腹いっぱい」というのが掛け値なしの本音である。
あー、疲れたー。
とっとと姫路そばを喰って高月へ帰ろう。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
推理小説家の今日の献立
東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。
その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。
翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて?
「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」
ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。
.。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+
第一話『豚汁』
第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』
第三話『みんな大好きなお弁当』
第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』
第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』
御様御用、白雪
月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。
首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。
人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。
それは剣の道にあらず。
剣術にあらず。
しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。
まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。
脈々と受け継がれた狂気の血と技。
その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、
ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。
斬って、斬って、斬って。
ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。
幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。
そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。
あったのは斬る者と斬られる者。
ただそれだけ。
乙女フラッグ!
月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。
それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。
ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。
拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。
しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった!
日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。
凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入……
敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。
そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変!
現代版・お伽活劇、ここに開幕です。
AIアイドル活動日誌
ジャン・幸田
キャラ文芸
AIアイドル「めかぎゃるず」はレトロフューチャーなデザインの女の子型ロボットで構成されたアイドルグループである。だからメンバーは全てカスタマーされた機械人形である!
そういう設定であったが、実際は「中の人」が存在した。その「中の人」にされたある少女の体験談である。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
高槻鈍牛
月芝
歴史・時代
群雄割拠がひしめき合う戦国乱世の時代。
表舞台の主役が武士ならば、裏舞台の主役は忍びたち。
数多の戦いの果てに、多くの命が露と消えていく。
そんな世にあって、いちおうは忍びということになっているけれども、実力はまるでない集団がいた。
あまりのへっぽこぶりにて、誰にも相手にされなかったがゆえに、
荒海のごとく乱れる世にあって、わりとのんびりと過ごしてこれたのは運ゆえか、それとも……。
京から西国へと通じる玄関口。
高槻という地の片隅にて、こっそり住んでいた芝生一族。
あるとき、酒に酔った頭領が部下に命じたのは、とんでもないこと!
「信長の首をとってこい」
酒の上での戯言。
なのにこれを真に受けた青年。
とりあえず天下人のお膝元である安土へと旅立つ。
ざんばら髪にて六尺を超える若者の名は芝生仁胡。
何をするにも他の人より一拍ほど間があくもので、ついたあだ名が鈍牛。
気はやさしくて力持ち。
真面目な性格にて、頭領の面目を考えての行動。
いちおう行くだけ行ったけれども駄目だったという体を装う予定。
しかしそうは問屋が卸さなかった。
各地の忍び集団から選りすぐりの化け物らが送り込まれ、魔都と化しつつある安土の地。
そんな場所にのこのこと乗り込んでしまった鈍牛。
なんの因果か星の巡りか、次々と難事に巻き込まれるはめに!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる