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333 獣王武闘会 地獄の釜
しおりを挟む三尺玉の打ち上げ花火を人に向けて放つという暴挙。
これをはたして援護射撃といっていいものやら。
だというのに当のカラス女は涼しい顔にて、「ほれほれ、どんどんいくぞ~。ヤケドしたくなかったらとっとと逃げろよー」なんぞとほざきつつ、嬉々として次弾を装填。
威力を目の当たりしたおれはもとより、この場に集っていた動物勢は敵味方関係なしに、あわてて石舞台からあたふた逃げ出す。
こうなってはとても戦闘どころではない。
そしてはじまる怒涛の三十連発大花火。
「ひゃーっ、はっはっはっ」
打ち上げ花火あらため打ち下げ花火。
ドンバン鳴る炸裂音に混じって聞こえてくるのは羅刹女の嬌声。
楽しそうなのは安倍野京香ひとりきり。残りの参加者らはみんな悲鳴をあげて逃げ惑うばかり。
最初からムチャだった裏祭がいっそうムチャクチャに……。
◇
天井に開いた穴からもうもうと煙が外へと逃げているものの、石舞台周辺に垂れこめた煙の量があまりにも多すぎる。換気がちっとも追いつかない。
おかげで視界はほぼゼロの濃霧状態。
そんな中にあって、こそこそ動いていたのはおれこと尾白四伯。
どさくさに紛れて狙うのは、もちろんオコジョくのいち・かげりの身柄の拘束。さいわいなことにおれには白い腕という頼りになる相棒二号がいる。怪異が具現化している彼女にとってはモヤなんぞは屁でもない。
白い腕に誘導してもらいつつ、おれはそろりそろり、かげりへと迫る。
で、ドロンと化け術により投網となって「御用だっ!」
背後からバサリ、勢いよく飛びかかったもので逃げられず。まんまと網に囚われたかげり。
しめしめ、敵の首魁を抑えるなんて、とんだ大金星じゃないか。
街の探偵屋さんの面目躍如。獣王武闘会では決勝にまで残り、事件の首謀者までとっ捕まえるだなんて、尾白探偵事務所の株がどこまで上がることやら。もう、いっそのこと化石タヌキのババアが管理する雑居ビルなんぞ飛び出して、自社ビル建てて、セクシーなボイン秘書をはべらし、株式会社化しちゃうか?
なんぞと浮かれていたら、よくよく確認したら網の中にいたのはかげりではなくて、アニマルロボ・カブトが一体。
「なっ、変わり身の術だと!」
ひさしぶりに忍者らしい技を披露したオコジョくのいち・かげり。
驚くおれに白煙の向こうから「くすり」と笑み。
「けっこう楽しかったけど、シリウスも壊れちゃったから、今回はここまでかしらねえ。まぁ、戦闘データはたっぷり取れたし、目ぼしい人材との接触もはかれたから、ヨシとしますか。それじゃあ、探偵さん、またね」
言うなり遠ざかり薄れゆく気配。
白煙と混乱にまぎれて忍者らしく消えようとするオコジョくのいち。
けれども最後にこんな言葉を言い残す。
「シリウスは持って帰るけど、残りは荷物になるから置いていくよ。ちなみに破棄された機体は五分ほどでボカンと自爆しちゃうから、早く逃げたほうがいいわよ。じゃあねー」
とんでもない置き土産っ!
量産型アニマルロボ・カブト。
イヌ頭の人型ロボットは百体以上もあり、それが一斉に爆発するとなれば、三尺玉どころの騒ぎではきっとすむまい。
それこそ会場がごっそり吹き飛んじゃう。
……かもしれない。
一瞬、おれの脳裏に前にニュースで観た海外の花火工場がボカンとしちゃっているシーンがありありと浮かんだ。
「冗談じゃねえ! てめえ、こら、ふざけんなっ、ちゃんと持って帰れよ! お願いだからーっ!」
おれは全力でかげりに懇願するも、白煙の彼方から返事はなし。
かわりとばかりに、煙の中に浮かび始めたのは大量の赤い点滅。
ピコンピコンピコンピコン。
光っているのはイヌ頭の目の部分。
カブトたちが仲良く自爆シークエンスへと移行した模様。
うそ~ん。
花火の煙によって視界のみならず鼻もろくに効かない状況下。
疲労困憊、負傷者多数を抱えての脱出行。
しかも制限時間は五分を切っている。
爆破の規模は不明ながらもカブトの頑強さを考慮すれば、生半可なものであるはずがない。
おれとかげりのやりとりを耳にして、あわてて全員が退避しようとしているが、とてもではないが間に合うまい。
どうする? こうなれば芽衣たちだけでも守るか。
それとも……。
探偵は決断を迫られる。
猶予は残りわずか。
◇
轟々と巨大な焔柱が天を焦がす。
爆発が会場の屋根をすべて吹き飛ばした。
しかし建物および周辺に被害はない。
石舞台を中心にして、一帯をぐるりと囲んでいる巨大な壁のおかげだ。
土壇場でおれがひねり出した打開策がコレ。
ヒントは認めたくないけど、カラス女が持ち出した花火の大筒。
爆発は止められない。
ならば被害を最小限に抑えるのにはどうしたらいいのか?
その問いへと答えが、巨大で丈夫な筒を作って爆破のエネルギーやら衝撃やら炎などのもろもろをお空へと逃がすというモノ。
耐火コンクリート製の壁は千四百度もの高熱でもへっちゃら。
厚みもあるので衝撃にも強い。
とはいえ近々で高温を発する大爆発を喰らえば、ただではすまない。
それすなわち化けているおれの身にも多大なる負担を強いるということ。
地獄の釜となったおれは、焔柱が消えるのを見届けたところでついに限界を迎える。
精も根も尽きた。
人化けすらも維持できず、黒焦げになって転がる珍動物。
駆け寄ってくる芽衣たち。
その姿をぼんやり眺めているうちに、おれは意識を手放した。
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