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313 獣王武闘会 準決勝第一試合 修行の成果
しおりを挟む審判の試合開始の合図とともに、ふっと姿が消えたのはトラ美。
おれのみならず、観客の大半が消えたようにしか視えなかったはずだ。
その一瞬でトラ美は対戦相手である安房野弁天の背後をとる。
脳天めがけてふるわれる手刀。
トラ美の一撃が襲いかかる。
が、安房野弁天はこれを避けるのではなく、自ら相手に背中を預けるようにしてもたれかかり、即座に間合いをつぶしたところで、逆にトラ美の腕を捕りにかかる。おそるべきは一連の対応を、まったく顔を向けることなく行っていたこと。
腕をからみ捕られるのは危険と判断したトラ美は、振り下ろした手刀を途中で止めて、すぐさまその場を離脱。すぐさま相手から距離をとる。
一瞬の攻防に唖然とする観客たちをよそに、トラ美が「ほぅ」と感嘆。
「たいした反応速度だ。どうやら目だけで対応しているわけじゃないみたいだね」
背後からの一撃を未然に防いでみせた安房野弁天。
「うちの流派はそのへんの修行は死ぬほどやらせるきに。楽にタマを獲れると思うなや」
四十八の型を基本とし、これを組み合わせることで、ありとあらゆる攻撃をしのぐ屋島蓑山流四十八霊。
この流派では厳しい鍛錬過程において、目による視覚、耳による聴覚、鼻による臭覚、肌による触覚、わずかな風の流れ、気の読み合い、足下から伝わる振動などなど。体外的にアンテナを幾本も張り巡らせては、ありとあらゆる情報を感知し、集め、専守防衛へと活かす術を徹底的に学ばせる。それこそ骨の髄、魂の底へと刻むほどに。
ゆえに生半可な攻撃は通用しない。
だというのに今度は一転してのんびり散歩でも楽しむかのようにして、相手へと近づいていくトラ美。
向こうから自分の間合いへと踏み込んできたことに安房野弁天は訝しむも、警戒するあまり手を止めることはない。
「屋島蓑山流四十八霊、地崩し」
相手の間合いを殺し、踏み込みを狂わせ、ときに踏ん張りをも無効とする技。
先の先をとる陣取りゲーム。空間内を支配されたが最後、相手は何一つ思い通りの動作をとらせてもらえなくなる。
間合いや歩幅を読み、行先を先に封じる安房野弁天。二手、三手どころか五手や六手先までもが抑えられて、たちまち身動きが取れなくなったトラ美。
この状況下で不用意に踏み出せば、たちまち安房野弁天が遣う屋島蓑山流四十八霊の投げの餌食となる。
だがトラは止まらない。
何ら臆することなく一歩を踏み出す。
安房野弁天にとっては絶好の好機到来。
なのに彼女は仕掛けることなく、逆に大きく飛び退って自身が支配していたであろう空間を放棄した。
その行動の意味は直後に判明する。
森林の王者が踏み出した足が石床をあっさり粉砕。
何げない歩みに見えて、そこに込められた膂力は必殺。もしもあのまま自陣の維持に固執していたら、安房野弁天の足は砕かれていたことであろう。その危険を察知しての回避行動であったのである。
◇
舞台袖に控えて先鋒戦を観ていたおれが「なんだありゃあ」と驚いていると、左隣にいる芽衣が「むむむ」とうなる。
「最初の瞬間移動やあの歩法は、たぶん四ノ華の応用です」
滅爛虎慄紅武爪術、二の段、四ノ華。
四肢を獣人化することで、圧倒的瞬発力やら膂力を発揮する技。
だが……。
「その奥義ならおれも散々に喰らったからよく知っている。けど肝心の獣人化をまったくしてないじゃないか」
おれの疑問には右隣にて観戦していた零号が答える。
「してますよ。ただしおそろしく高速で」
チカラを振るう瞬間だけ獣人化。それも腕や足の丸々ではなくて、肘やら膝から先だけ、あるいはカカトのみとか局所的に行い、終わったら即解除。
こうすることで無駄なエネルギー消費を抑えるばかりか、技の反動による肉体的負担も激減している。
とどのつまりは弧斗羅美の滅爛虎慄紅武爪術は、以前とは比べものにならないくらいの精度とコントロールを身につけているということ。おれの部分重ね化けの戦闘特化バージョン。
これがトラ美の修行の成果。
おっかないトラがさらにおっかなくなった!
「うぅ、せっかく彼女に慣れてきたところだったのに……」
おれは頭を抱える。動物的本能にて絶対捕食者を前にするとガクブルして、股間のあたりがキュッとなり、心臓がドッキドキ。
こつこつ克服してきた苦手意識をちゃぶ台返しされたおれは煩悶するばかり。
「あの緩急の落差はきついなぁ」
芽衣は唇を尖らせ「どうしたものか」とさっそく対策を練っている。
「尾白さんともども器用なものです。もしかしたら尾白さんが彼女から部分重ね化けのヒントを得たように、彼女もまた尾白さんの影響を受けてあの境地へと達したのかもしれません」
とは零号の言葉。
だとしたら原因はおれなのか?
なんてこったい!
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