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287 土管をくわえたワニ
しおりを挟むアリゲーター。
ワニの親戚。背面は大型の鱗で覆われており、甲冑でも着ているかのような容姿。ゴツゴツした長い尻尾を引きずり地を這う姿は、まさに怪獣そのもの。
最大種であるアメリカアリゲーターともなれば全長六メートルにも達する。
ちなみにクロコダイルとのちがいは、ズバリ、お口の形状。
「あーん」
大きく口を開けたとき。
横から見たらアルファベットのAを横にした形をしているのがアリゲーター。
Cの形をしているのがクロコダイル。
気性はクロコダイルの方が荒く、アリゲーターは比較的おとなしいと言われている。だが、しょせんはケダモノのこと。腹の減り具合に左右される気分にて、昼夜に関係なく家畜も人間もパックンチョ。
◇
夜の池から突如として躍り出たアリゲーター。
全長は三メートル半ばぐらい。血気盛んにておそらくはまだ若い個体。
とはいえこれでも充分にデカいし、脅威だし、何よりおっかねえっ!
そんなシロモノが大口を開けて襲ってきやがった。
いままさにパックンチョされそうなおれ。
数多の難事件を解決し、世の乙女たちをキャアキャアいわせてきた尾白探偵。
その命運ももはやこれまでか! そして次回からタイトルがかわっちゃうのか? なおタイトル候補としては「タヌキ娘の事件簿。ばあちゃんの名にかけて」もしくは「刑事安倍野京香、闇鴉」
危機的状況に陥ると、すべてが間延びしてやたらと時間がゆっくりと流れ出す。
次々と脳裏をよぎるのは、わりとどうでもいいシーンばかりの走馬灯。あっ、冷蔵庫のプリン。賞味期限が明日までだった! いいや、ちょっと待て。やっぱり今日までだったかもしれない。まぁ、一日ぐらいどうってことないか。そうそう、賞味期限といえば納豆はどれくらいイケるのだろうか。元が腐ってるみたいなもんだし。
「……じゃなくって! 誰がおとなしく喰われてなんぞやるものか! 変化っ」
ドロンとおれが化けたのは土管。
固くて、重くて、とっても丈夫なシロモノ。
そんなモノに勢いよく噛みついたもんだから、ただじゃあすまない。
ガリっ! ぼきっ! うぎゃ!
アリゲーターのギザギザの歯が何本か欠けたり折れたり。
痛みと驚きが入り交じったうめき声。
そしてそれをより助長したのは、ヤツ自身の行動。よりにもよってアリゲーターは土管を縦にくわえてしまった。
大口を開けたところにすっぽり収まり、開いた口が閉じられないという冗談みたいな状態となる。
口の中につっかえ棒を抱え込んだアリゲーター。
先ほどまでの猛々しさもどこへやら。いきなりわけがわからないことになってオロオロ。尻尾が暴れてびったんびったん。
そこへスススと横合いから近づいたのはタヌキ娘。
「ていやっ!」
気合いを込めて蹴りあげたのは、アリゲーターの長い下アゴ。
一撃にて巨体をガバッとかちあげられ、まさかの二足立ちとなるアリゲーター。
これにはカラス女も「ピュルリ」とご機嫌な口笛を鳴らした。
蹴られてムリヤリ立たされたアリゲーターはよたよた後ずさり。で、すぐに自身を支えきれずにぐらり。態勢を崩す。
背中から倒れるようにして、お池にドボン。
アリゲーターは痛みと苦しみのあまり水中にてのたうちまわる。
どうにか土管をはずそうともがくも、ガッチリハマっておりちっとも抜けない。
じきにぐったりとなり、そのまま暗い水底へと沈んでゆくことに……。
尾白探偵対アリゲーター。
ガハハハハ、どうだ参ったか。この勝負、おれさまの勝ちだ。
でも、くわえられたままいっしょに沈んでしまったから身動きがとれない。ヘタに化け術を解いたら、たちまち溺れてパックンチョ。
ありゃりゃ? これってひょっとして痛み分けか。
◇
「京香さーん、準備オッケーです」
「了解。じゃあいくぞ」
芽衣の声に応じて安倍野京香が覆面パトカーのアクセルペダルをゆっくり踏む。
のそりと動き出す車体。とたんに後方にて結ばれたロープがピンと張った。ロープが真っ直ぐにのびているのは池の中。
じりじり、ゆっくり回転するパトカーのタイヤ。
進むのに合わせて水中からずるりずるり、引き揚げられたのは土管をくわえたままで白眼となり、泡を吹いてぐったりのびているアリゲーター。
尾白四伯、池の底より生還する。
沈んでから救助されるまでに一時間近くもかかったのは、芽衣がゴネたせいだ。
タヌキ娘は「えー、わたし、こんな緑色をした青臭いばっちい池になんて入りたくないです。四伯おじさんなら放っておいてもそのうち勝手にあがってきますよ」とのたまう薄情っぷり。
カラス女はどうした? ふんっ、そんなもの言わずもがなであろう。
ひどい連れたちである。
が、もしもおれが逆の立場だったらやはりゴネたであろう。こんな池に好んで浸かるのはブラックバスかアリゲーターぐらいであるからして。
◇
腹をみせてでろんとのびているアリゲーターを前にして。
ワニ皮を小突きながら、おれと芽衣とカラス女は「どうしたものか」と協議に移る。
「で、どうすんだよコイツ」
「動物園から逃げ出したのでしょうか?」
おれと芽衣の言葉にカラス女が首をふる。
「問い合わせてみたがそんな報告は署に届いてないとさ。となればペットの線が濃厚だが、あいにくとどこからも捜索届けが出されていない。そして高月には飼育許可を取っている数奇者もいない」
さすがにコレが家からいなくなれば、気づかないわけがない。
ということは無責任な飼い主が、わざわざ他所からここ高月の地にまでこっそり運んできて、「いい人に拾われるんだぞ」とかほざきながら放流した可能性が極めて高い。
「ムチャクチャしやがる。おおかた小型種だと思って飼ってみたら、じつは大型種でしたとかいうオチにちがいあるまい」
大型種のアメリカアリゲーターは体長六メートルほどにもなる。
小型種のコビトカイマンならばせいぜい一メートル五十センチほど。
どっちも小さい頃は手のひらサイズにて、ちょっと目つきの悪いトカゲみたいでかわいらしいんだけどねえ。
毎度のことながら人間どもの身勝手さにおれはあきれてしまう。
ちなみに都会の下水道にはワニが住んでいるという都市伝説があるが、じつはあれは本当。あそこはちょっとしたダンジョン状態なので、良い子は危ないからけっして近づかないように。
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