おじろよんぱく、何者?

月芝

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286 ガー抜き

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「あの騒動って、やっぱり裏で聚楽第が糸を引いてたんでしょうか?」

 ピクリともしない釣り竿。先端を見つめつつ芽衣が口にしたあの騒動とは、淡路島で起きたイノブタたちの一斉蜂起のことである。
 姫路アニマルキングダムでの戦いに備えて、修行のために里帰りする芽衣に付き合ったところ、おれも巻き込まれるハメに。
 序盤こそはけっこう大事になりそうな勢いではあったのだが、女王が倒れたことによりあっさり終息。しかしあちこちに深い爪痕としこりを残すことになった。
 でもって聚楽第(じゅらくてい)とは、動物至上主義を掲げる過激派集団のこと。
 動物が引き起こす事件の裏に彼らあり。
 と、まことしやかに囁かれている迷惑なやつら。

「さぁな。だが、だとしたら連中もご苦労なこったな。獣王武闘会にもちょっかいを出してるっぽいのに。あっちもこっちも」

 おれはいったん竿を引き上げて「ちっ」と舌打ち。
 エサがなくなっている。喰い逃げされた。

「でもよくよく考えてみたら勤勉な悪の組織ってのもヘンな話です」

 小首をかしげるタヌキ娘。

「なんだ? 芽衣は知らなかったのか。ヤクザもマフィアも半グレ集団も闇金もオレオレ詐欺も、反社の連中は基本的にみんなすげえ働き者なんだぞ。それこそ目の色を変えて、馬車ウマとなってがんばってる。ただ、惜しむらくは目指すべき方向が致命的にまちがっているだけだ。まったく……、あの頭脳と情熱と予算とズルさを他のことに使えば大成することまちがいなしなんだがなぁ」

 新たにエサをつけなおし、おれはひょいと竿をふる。
 狙い通りのポイントにぽちゃん。
 なかなかの竿さばきと自画自賛する。じつはおれこと尾白四伯、芽衣の実家の洲本家に居候しているときに、少々釣りをたしなんでいたもので腕前はそこそこ。
 でもって現在地は高月郊外にある池。
 時刻は夜半。
 かつてはヘラブナ釣りで賑わっていたものだが、いまではバスフィッシングにとってかわられてひさしい場所。
 そんなところで探偵と助手が仲良く釣りに興じているのは暇つぶし。
 なんぞではなく、もちろん依頼を受けたからである。

  ◇

 ことの発端は近所の小学生の目撃談。

「あそこの池ででっかい怪獣をみた!」

 そんなウワサが持ちあがれば、好奇心旺盛な子どもたちが黙っているわけもなく。探検ごっこのノリにて怪獣探しに勤しむようになった。
 すると「池の中を泳ぐ大きな影を見た」とか「音がして大きな波紋が浮かんだ」とか「無残に喰い千切られたブラックバスがあった」というそれっぽい話がちらほら。
 やがてこの話が子どもたちから親御さん方の耳へと届くまで、さして時間はかからなかった。

「子どもたちが出入りしている池にそんな危ない生き物がいるだなんて……」

 当然のごとく心配する親御さんたち。これに後押しされる形にて学校でも問題視される。
 ついては「あそこには近づかないように」との通達を全校生徒にされるも、これは逆効果だった。
 頭ごなしにダメと禁じられると、かえってやってみたくなる。
 子どもは反骨精神の塊にして、大なり小なりみんな天邪鬼を飼っている。
 そして始まる大人と子どもの不毛なイタチごっこ。
 で、そのさなかにちょっとした事件が起きた。
 事件といってもなんてことはない。子どもたちのうちのひとりがうっかり足を滑らせて池にどぼん。さいわい浅瀬にて泥まみれになっただけですむも、これを目撃していた者たちのうちの誰かがこう言った。

「きっと池の怪獣にひきずりこまれたんだ!」

 根も葉もないデマである。
 だがいったん火がついた恐怖心はもう止められない。
 あっという間に子どもたちに伝播。たちまち都市伝説化に格上げ。
 こうなると反応が二極化する。
 怖がってめったやたらとガクブルおびえる子らと、かえって闘志を燃やす子らと。
 前者はパニックとヒステリーを引き起こし、後者は規則違反を続発させる。
 どちらにしても大人の手を煩わせることしきり。
 親御さんたちも次第に「キーッ」となって学校に詰め寄り「なんとかして!」とせっつく。
 困った学校は「どうにかして下さいよ!」と行政やら警察に泣きつく。
 行政としては安全柵を設置したり、池の水を抜いて底をさらったりして対処したいところだが、いかんせん予算の都合が。
 それに未確認情報に踊らされたあげくに「何も出ませんでした」では済まされない。
 警察にしたって似たようなもの。ウワサや都市伝説でおいそれと動くわけにはいかないのだ。

 で、あちこちたらい回しにされた案件が巡りめぐって、尾白探偵事務所に持ち込まれた。
 依頼内容はこうだ。

「とりあえず本当にいるのか、あと正体も知りたい。もしも捕獲に成功したらなおけっこう」

 誰がこんな話を持ち込んだのかって?
 そんなの決まってるだろう。

  ◇

「どうだ四伯? 何か釣れたか」

 背後の闇からにじみ出るようにして近づいてきたのは、全身黒づくめのスーツ姿の女。
 夜でもサングラスをはずさないのは高月警察署の不良刑事、安倍野京香である。
 珍しく差し入れ持参であらわれたカラス女。コンビニのビニール袋には缶コーヒーにペットボトルのジュース、アンパンやらメロンパンやらがいくつか。
 おれは缶コーヒーだけをありがたく頂戴し、残りは芽衣に渡す。
 さっそく芽衣がパン類にパクついているのを尻目に、おれとカラス女はタバコ片手に雑談。

「実際のところ四伯は何だと思う」
「どこぞの阿呆が捨てたペットのガーじゃねえのか」

 アリゲーターガー。
 ガー目ガー科、全長二メートルにもなる北アメリカ大陸最大の淡水魚。
 略してガー。肉食にて何でもバクバク食べ、すくすく育つ。あまりの育ちっぷりの良さから、飼えなくなって捨てるバカが後を絶たない。
 特定外来生物。喰えないことはないが身と皮の間に臭みがあるので注意すること。なお味はパサパサのささみっぽい。ぶっちゃけ味はイマイチ。ブラックバスのほうがよっぽどウマい。

「おおかたそんなオチだろう。なんにしても迷惑な話だ」
「迷惑な話といえば、前に小学校のプールでガーを泳がしていたって話もあったよな」
「あー、そんなニュースもあったな。たしか『たまには広々としたところで泳がせてやりたかった』とかのふざけた理由で」
「なんにせよ、人間ってのはどうしてこう手に負えないペットに限ってやたらと飼いたがるのかねえ」
「そうそう。かといってメダカみたいな小さいのを飼えば、今度はやたらと増やしまくって水槽をいくつも並べたがるし」

 池に背を向けおれとカラス女が人間のペット狂い談義に夢中になっていたら、唐突に背後の水面にてバシャンと激しい跳ね音。
 あわててふり返ったおれは驚愕の光景を目の当たりにする。
 大口を開けているアリゲーターガー……。
 ではなくて、アリゲーターがすぐそこにっ!


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