285 / 1,029
285 イノブタの野望・夢幻
しおりを挟む嗚咽が零れそうになるのを懸命にこらえている富貴さん。
仲間たちに担がれて女王の遺骸が静々と運ばれていく。
女王の葬列が遠ざかってゆく。
あわせて潮が引くように大勢のイノブタたちも姿を消した。
見送りながらおれはタバコに火をつける。
ゆらりと天へと昇る白い煙。
そいつを焼香がわりの手向けとし、冥福を祈る。
「えーと、アレってばやっぱりわたしのせいだよ、ねえ?」
いまさらながらに己の仕出かした所業におずおずしている芽衣。
おれはそんなタヌキ娘の黒髪おかっぱ頭をわしゃわしゃ。乱雑に撫でては「気にすんな。どのみち速いか遅いかのちがいでしかなかった。むしろ娘や仲間たちに看取られて逝けたんだから、暴君の最期としちゃあ上出来な部類だろうよ」と慰めてやる。
もしも岩上神社での戦闘を制し、猟友会のメンバーたちを血祭りにあげたところで、次はない。
あとには人間たちによる苛烈な報復、無残なイノブタ大虐殺が待っていただけのこと。
それにこれだけの騒動を引き起こした首謀者なのだから、どう転んだところで土鍋牡丹が生き残る目はなかった。
彼女自身にもそのことはわかっていたはず。
それでも立たねばならぬ理由があったのだろうが、今となってはもう知るよしもない。
あるいは先に冥府の住人となっているという彼女の夫や息子に起因するのかもしれないが、興味本位でわざわざほじくり返すのは故人に失礼というもの。
うっかりつついて、あんなおっかない大イノブタが枕元に化けて出てきたらたまらない。
◇
命拾いをした猟友会のメンバーたちは、そこいらでへたり込んだり、ぐったりうな垂れたり、大の字に寝そべったり。
おもいおもいに生き残ったことをかみしめている。
うちの一人がおれに近づいてくる。
最後まで勇ましかったあの女猟師だ。
目の前にて彼女がおもむろに帽子を脱ぐ。
とたんに結ってあった長い黒髪がほどけてばさりと垂れた。
なにやら見覚えのある容姿。
「……あれ? ひょっとしてキミはクリーニング屋の血染めのワンピースの!」
「ええ、やっぱりあのときの人だったのね。私は新島八重子(にいじまやえこ)。ご覧のとおり、ちゃきちゃきの狩猟ガールよ」
差し出された手をとり、おれもご挨拶。そのときに「しがない街の探偵さ」と自己紹介をしたら、ずいぶん柳眉を寄せてものすごく胡乱そうな顔をされた。
あー、それもそうか。なにせ目の前で派手なイリュージョンをやらかしたからな。
猟友会という組織と動物界とのつき合いは古い。
ゆえに彼らは化け術を使える動物たちが、人間の街に混じって暮らしていることを認知している。
とはいえ所属メンバーの全員が知っているわけじゃない。
いらぬ騒ぎを起こさぬためにも、組織内にてある程度の情報統制が為されている。
彼女の微妙な反応からして、新島八重子は腕前こそは認められているものの、情報を与えられるまでには至っていないらしい。
うーん。これならばいっそのこと「じつは知る人ぞ知る。世界をまたにかけて活躍しているマジシャン」とでも名乗ればよかったか。
後悔しているおれを新島八重子はしげしげ興味深げに見つめてくる。
が、じきにニコリと魅惑的な笑みを浮かべた。
「まっ、なんにしても助かったことだし。細かいことはいいわ。それよりも一本いいかしら?」
乞われるままにタバコの箱を与えると、慣れた手つきで一本抜き取りくわえる彼女。いきなり顔を近づけてきて長い髪をかきあげ、おれのタバコから直に火を移す。
近い、近い、近い。
不意打ちである。距離を詰められておれはドキリとさせられる。おっさんドギマギ。
そんなおれにジト目を向けてくる芽衣。
「なんだよ。言いたいことがあるんならハッキリ言えよ」
「べっつにー」
タヌキ娘はプイっとそっぽを向いた。
◇
おれと新島八重子。
二人してしばらく無言のままタバコの煙を楽しんでいると、彼女がぽつぽつ口を開く。
「尾白さんはさぁ、『山怪』って知ってる? 文字通りの意味で、山で体験した不思議なことや、見かけた奇妙なことなんだけど。狩猟小屋で他の猟師らといっしょになったら、夜にはたいていこれの座談会になるんだよねえ」
自分の庭のようによく見知った場所なのに、いくら歩いてもぐるぐるぐる、同じところを彷徨うことになる話。
霧の向こうから「おーい、おーい」と呼ぶ声がする。うっかり誘われたら危うく谷底に転落しそうになった話。
杉林を分け入っていたら天から「ははははは」と豪快な笑い声が降ってくる話。
どこからともなく石礫がぽんぽん飛んでくる話。
たしかに仕留めたはずなのに、行ってみたら獲物がどこにもいなかった話。
焚き火にて暖をとっていると、いつの間にやら影がうねうね奇妙な動きをしていた話。
山深いところにある青沼にてありえないほどの大蛇を見かけた話。
などなど……。
指折り数えながら山怪について語る新島八重子。
どうしていきなりそんな話を始めたのかというと、彼女は自分なりに今回の不可解な騒動についてココロの折り合いをつけるため。
「宇宙にはまだまだ手が届かない。海の底だってぜんぜんさ。もっとも身近な山々ですらもがわからないことだらけ。私の爺さん、その筋では有名なマタギなんだけど、そんな爺さんがいつも口を酸っぱくして言うんだよ。『うぬぼれるな、山を知った気になるな。自分のこともよくわかっちゃいない人間風情が、かんちがいをしたってロクなことがない』ってね。まったく、今日は本当にその通りだと思い知ったよ。私は本当にまだまだだ……」
祖父の教えを戒めとし、本日の総括とした女猟師。
山の不思議は不思議として受け流しあえて追求しない。すべてをただあるがままに。
その姿勢はこちらとしてはありがたい。
しかし今回の騒動、結果的に彼女を救うことになったが、このことが近い将来、動物界にとって吉と出るか凶と出るか。
もしかしたらおれや土鍋牡丹は、知らず知らずのうちに最強の女猟師の誕生に手を貸していたのかもしれない。
◇
女王倒れるの報は、瞬く間に島内を駆け巡る。
すると各地で暴れていたイノブタたちはただちに撤収し、何処かへと消えてしまった。
これを機に淡路島イノブタ問題は軽減する。
実際のところ、騒乱のときにけっこうな数が猟友会の手により間引かれた。当面は安心だろうとの専門家の見解が後日地方紙に掲載された。
なお岩上神社の悲劇もまた同紙にて報じられるも、こちらは単なる落石事故として処理される。
どうやら葵のばあさんが裏から手を回したらしい。えらい人たちにとっても人間対動物の争いなどという真実は不都合。
かくしてすべては夢幻となり、朝露のごとく儚く消えた。
だが終わりではない。沸騰している鍋にいくらフタをしたとて、いずれまた吹きこぼれるのだから。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治
月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。
なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。
そんな長屋の差配の孫娘お七。
なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。
徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、
「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。
ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。
ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。
獣人の里の仕置き小屋
真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。
今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。
御様御用、白雪
月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。
首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。
人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。
それは剣の道にあらず。
剣術にあらず。
しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。
まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。
脈々と受け継がれた狂気の血と技。
その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、
ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。
斬って、斬って、斬って。
ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。
幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。
そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。
あったのは斬る者と斬られる者。
ただそれだけ。
乙女フラッグ!
月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。
それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。
ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。
拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。
しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった!
日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。
凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入……
敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。
そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変!
現代版・お伽活劇、ここに開幕です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
高槻鈍牛
月芝
歴史・時代
群雄割拠がひしめき合う戦国乱世の時代。
表舞台の主役が武士ならば、裏舞台の主役は忍びたち。
数多の戦いの果てに、多くの命が露と消えていく。
そんな世にあって、いちおうは忍びということになっているけれども、実力はまるでない集団がいた。
あまりのへっぽこぶりにて、誰にも相手にされなかったがゆえに、
荒海のごとく乱れる世にあって、わりとのんびりと過ごしてこれたのは運ゆえか、それとも……。
京から西国へと通じる玄関口。
高槻という地の片隅にて、こっそり住んでいた芝生一族。
あるとき、酒に酔った頭領が部下に命じたのは、とんでもないこと!
「信長の首をとってこい」
酒の上での戯言。
なのにこれを真に受けた青年。
とりあえず天下人のお膝元である安土へと旅立つ。
ざんばら髪にて六尺を超える若者の名は芝生仁胡。
何をするにも他の人より一拍ほど間があくもので、ついたあだ名が鈍牛。
気はやさしくて力持ち。
真面目な性格にて、頭領の面目を考えての行動。
いちおう行くだけ行ったけれども駄目だったという体を装う予定。
しかしそうは問屋が卸さなかった。
各地の忍び集団から選りすぐりの化け物らが送り込まれ、魔都と化しつつある安土の地。
そんな場所にのこのこと乗り込んでしまった鈍牛。
なんの因果か星の巡りか、次々と難事に巻き込まれるはめに!
剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。
いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑!
誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、
ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。
で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。
愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。
騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。
辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、
ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第二部、ここに開幕!
故国を飛び出し、舞台は北の国へと。
新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。
国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。
ますます広がりをみせる世界。
その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか?
迷走するチヨコの明日はどっちだ!
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から
お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる