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281 イノブタの野望・決戦
しおりを挟む岩上神社籠城戦。
攻めあぐねてひたすら味方の骸を無為に増やすばかりのイノブタたち。
弾薬の在庫に不安があるものの、いまのところは守勢である猟友会側がやや有利なままで戦いは推移している。
だが風向きが突如として変わった。
境内奥にある石段の天辺にて巨岩「神籬石(ひもろぎいし)」を祀っている高台。そこで見張りの任を帯びていた者からの報告を受けた新島八重子は「しまった!」とほぞをかむ。
「倒したイノブタたちの死体が妙に少ないと思ったら、まさかそんなことをたくらんでいただなんて……」
無謀な特攻の果てに次々と銃弾に倒れていくイノブタたち。
そんな仲間たちをせっせと後方に運んでいた。てっきり進軍の邪魔になるから後方にさげていたのかとおもえばさにあらず。
なんと! イノブタたちは仲間の骸を神社がある小山の裏手、死角となっている場所へと運んでは、これをせっせと積み上げていたのである。
報告によれば、骸が山となり坂となり段差となり道となるのはもはや時間の問題とのこと。
「やられた。めったやたらと突っ込んでいたのは、これが狙いだったんだ。仲間の犠牲すらもが計算のうちだったなんて……。この群れを率いているボスはとんでもない悪魔的思考の持ち主だ」
「どうします新島さん? 二手に分かれて迎撃しますか」
猟友会のメンバーからの提案に首を横にふる新島八重子。
「ダメだ。戦力分散の愚は犯せない。弾幕が薄くなったらいっきに押し切られてしまう。たぶんそれすらも狙いのうちなんだ。くそっ、こうなったらしようがない」
ほんのわずかな逡巡にて新島八重子は決断する。
「全員、荷物を回収し、すみやかに石段をのぼって頂上に移動するように。そこで背水の陣をはる」
逃げ場のない頂上。
巨岩と崖を背後に敵勢を迎え撃つ。
百ばかりの石段はわりと急にて、幅は大人二人がギリギリ肩を並べて歩けるかどうか。
片側は拝殿や本殿の屋根を見下ろす崖となっている。落下防止の鉄柵はあるものの、すっかりサビておりところどころ腐蝕が進行中。チカラを込めて蹴飛ばせばポキリと折れかねない危うい強度。もう片側はむきだしの山肌となっており、なんら補強がされていないからムリをしたら崩れかねない。
攻める側、守る側、ともに死へと直結する地獄の一本道。
自分の荷物と愛用の銃を担ぎ、迷うことなく死地へと足を踏み入れる新島八重子。
そんな彼女の背を追うように猟友会のメンバーたちもあとに続く。
◇
仲間の屍にて作られた道。
呪われた栄光への架け橋。
この上を悠然と歩くのはイノブタの女王、土鍋牡丹。
非情であろう。冷酷であろう。
だが仲間の死をむげにはできないがゆえに、彼女はあえてこの道を通る。
足下の肉塊よりひしひしと伝わるのは無念や怨嗟の想い。そのすべてを引き受ける覚悟を持って牡丹は歩む。
「先に地獄で待っていろ。我もじきに行く。だから仲良く沼田場(ヌタバ)でもこしらえて遊んでおれ」
ウシほどもある女王。
その巨体がついに裏手から神社境内へと入ったのとほぼ同時に、正面のバリケードも破られる。
雪崩を打って侵入してくるイノブタたち。瞬く間に境内を埋め尽くす。
だが肝心の倒すべき人間たちの姿がどこにもない。
キョロキョロするばかりの同胞らを横目に、スンと鼻先を動かす土鍋牡丹。
求めるニオイは境内の奥にある石段の上の方から漂ってくる。
見上げた先にて、一人の女と目が合った。
鶏卵の形をした巨岩「神籬石(ひもろぎいし)」を背にし、猟銃を手に臆することなく自分をにらみつけてくる相手に、土鍋牡丹は楽しげに口角を歪める。
「なるほど。あれが敵の要か。どおりで手強いはずだ。あれほどの猛者がまぎれ込んでおれば、さもありなん。だが、だからこそ戦神に捧げる贄にふさわしくもある。ものども、命を惜しむな、名こそ惜しめよ」
女王の言葉が合図となって、イノブタたちはズンズン進軍を開始。
石段を舞台にして決戦が幕をあける。
◇
威勢よく先陣を切った一頭のイノブタ。
「一番槍の栄誉はわしがいただく」
雄叫びをあげ、猛々しくも勢いのままに石段を駆け上がる。
これを迎え撃つ猟友会の者たち。充分にひきつけてから、二人が同時に引き金をひいた。
狙いあやまたず。散弾がバラまかれて弾幕を形成。
そんなところに正面から突っ込んだので、たちまち全身が穴だらけとなり血まみれとなる先駆けのイノブタ。
だが彼は止まらない!
すでに瞳は白濁し、口からは血泡を噴いている。おそらくは意識も飛んでいるだろう。
それでも足が前へ、前へと動き続ける。
死兵と化して石段をのぼってくるイノブタ。なんという執念っ!
怯む猟友会の者たち。
「くっ、来るな!」
あわてて第二射を放とうとするも、銃身をむんずと掴んでこれを止めたのは新島八重子。
「落ちつけ」
仲間を諭しつつ、彼女が自分の荷より取り出したのは麻布の袋。
大きさは買い物袋程度しかない。口は固く縛られてある。見た目にもズシリと重そうな中身にて底がぷっくりと膨らんでいた。それもそのはず。中身は比重のある砂鉄なのだから。
これはサップと呼ばれる短棍棒の一種。高威力のわりに外傷が少ないので獲物をキレイに狩れる。対人対獣、どちらでも有益な武器。
サップを手にしてブルンと振り回した新島八重子は、これでもって血まみれのイノブタの横っ面を殴打。
こめかみのあたりを殴られたイノブタはついに足を止め、その身がぐらりとおおきく傾ぐ。
それを新島八重子は突き放すように足蹴にした。
蹴られたイノブタはたちまちバランスを崩し、石段の天辺付近から転がり落ちてゆく。
盛大な階段落ち。
これを平然と見下ろしながら新島八重子が背後の仲間たちに檄を飛ばす。
「あせって無駄弾を使うな! ムリをして殺す必要はない。足を狙え。この狭い道だ。動きを止めれば勝手に渋滞が起きる」
押し寄せる肉塊どもを肉の壁でもって防ぐ。
イノブタの女王、土鍋牡丹も非情ではあるが、これと対する猟友会を率いる新島八重子もまた非情なる女猟師。
種族を超えた烈女たち。
その狭間にて戦いはより激化していく。
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