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277 イノブタの野望・雌伏
しおりを挟む存分に語らい、存分に喰らい、存分に呑む。
気心の知れた者との酒は格別だ。
秋生、梨歩夫妻との宴をおおいに楽しんだ翌朝。
おれは洲本家の離れにていい心持ちにてグースカ高いびき。
なのにいきなり頭をコツン、蹴飛ばされて叩き起こされた。
こっちを見下ろしていたのは葵のばあさん。
「……えーと、おはようございます。ところで芽衣は?」
「あいよ、おはようさん。でもってあの子なら絶賛修行中だよ。いやぁ、若いってのはいいもんだねえ。栄養ドリンク一本で夜通しギンギンなんだから」
「へー。で、修行はモノになりそうなのか」
「たぶん大丈夫だろうよ。あの子はちょいとオツムは足りないが勘はいい。それに持って生まれた武才ならあたし以上だからね」
「だったら当人にそう言ってやればいいのに。『おばあちゃんがちっとも認めてくれない』ってボヤいてたぞ」
「バカをお言いでないよ。そんなことをしたらすぐに調子に乗って根腐れを起こしちまう。あれは褒めてのばすよりも、ぐりぐり踏みつけてガケから叩き落とすぐらいが丁度いいのさ」
なんと手厳しい。孫娘にも容赦ない師匠。どうやら我が子を谷底へと落とすのは獅子だけの専売特許というわけではないらしい。
眠い目をこすりおれはムクリと上体を起こし大あくび。
壁掛け時計を見ればまだ朝の七時前じゃないか。
「ちょっと早くない?」
おれが文句を言えば、「ちっとも早くないよ。むしろ急いで支度しな。でないと朝飯抜きで出かけるハメになるよ」と葵のばあさん。
「芽衣は修行で忙しい。あたしもその世話で忙しい。梨歩さんは家のことで忙しい。秋生だってタマネギを吊るすのに忙しい。よって手が空いてるあんたにしか頼めないんだから、とっとと起きな」
「あ痛ててて、わかった、わかったから、いちいち蹴るなよ。ところで頼むって何を」
「イノブタ」
「へっ?」
「だからイノブタ問題だよ。なぁに、べつに島内の問題をすべて解決しろなんて無茶は言わないさ。この町内だけでいいから、どうにかしな」
いきなり叩き起こされたかとおもったら、淡路島を悩ませるイノブタ問題をどうにかしろとおっしゃる葵ばあさん。
充分過ぎるぐらいに無茶が過ぎる。
「昼から猟友会がこのあたりに出張ってくることになってるんだよ。だから先に連中に接触して、他所へ逃げるなり、雲隠れするなり、覚悟を決めるなり、選ばせてやりな」
イノブタどもには日頃から迷惑をかけられている。
洲本家の畑もときおり被害にあっている。
あちこちに電子柵を設けたせいで、のどかな田園風景がプリズンっぽくなって台無し。
うっかり自分で仕掛けたそいつに触れてしまったときのやるせなさ、憤りときたらもう……。
とはいえ、そこはそれ同じ動物同士。魚心あれば水心。もしくは武士の情け。
だからちょいと行って、ひと声をかけてこいとのおおせ。
「だったら自分で行けばいいだろうに」
「まっ、おまえはひどい男だね。このか弱い年寄りに山の中へ分け入れっていうのかい? それにどのみちあたしじゃあダメなんだよ。連中、ビビッてすぐに隠れちまう。やっぱり前に問答無用で鎖分銅をぶつけたのがまずかったのかねえ」
孫が生まれたときに植えて以来、大切に育てている金柑の樹。
こいつに悪さをしていたイノブタをみつけたときに、「こんにゃろうめっ!」と怒りのままに鎖分銅を投げつけた葵のばあさん。一撃必殺、悪即昇天!
そのせいか、彼女の前にだけイノブタたちはぷつりと姿を見せなくなった。
役場に勤める秋生さんには世間体があり立場もある。第二十九代目芝右衛門としてそこそこ顔も知られている。なんだかんだで狭い島内のこと。どこに誰の目があるかわかったものじゃない。
梨歩さんは荒事とは無縁にてメッセンジャーとしては論外。
だったら他の知り合いのタヌキどもに頼めばすむ話。
といいたいところだが、並みのタヌキでは野生のイノブタに返り討ちにされてしまいかねない。他の動物たちも似たり寄ったり。
帰省途中に見かけた大きなイノブタの姿を思い出し、おれも「なるほどたしかに」と納得しかけたが……。
「って、ちょっと待て! だったらおれだって返り討ちにされちゃうじゃないか!」
「おまえさんは、ほれ、うちの人仕込みの化け術でドロン。いざともなればどうとでも切り抜けられるだろう。だからきっと大丈夫。梨歩さんに頼んで連中の好物のふかしイモをたんまり用意してもらったから、そいつを手土産にちょいと行ってきておくれな」
◇
葵のばあさんに命令……もとい頼まれて、山へと分け入ったものの、ものの三十分ほどでおれは汗だくとなり山を降りた。
ざっと歩いてみたものの、それっぽい獣道もなければ、糞のひとつも落ちてない。泥浴をしている沼田場もなければ、角やカラダを木にこすりつけ皮がハゲた幹も見当たらない。
梨歩さんは近所をぶらぶら散歩していたら、たまにイノブタを見かけると言っていた。
そのことからもけっこうな数が生息していると推測されるが、だったらもう少しそれらしき痕跡があってしかるべき。
「そういえばイノブタの親子を見かけたのは道路だったな。ということは、連中、人の作った道を利用して移動していやがるのか」
思ったよりも知恵が回る。
というかイノシシはもともと頭がいい動物。ブタもあれでけっこう出来るヤツ。だからそれらのハイブリッドであるイノブタが賢いのも当たり前。
そこでおれは考えを改めることにする。
連中は野生だが、人間をよく知る野生。
おれたちのように社会に混じって生活こそはしていないが、かぎりなく近いところに生息している。となれば……。
おれはピンと閃く。
連中が潜んでいそうな場所にさっそく向かうことにする。
それは空き家。
便利な都市部に人の流入が加速する一方で、地方はどんどん過疎化が進行中。
老後は田舎でスローライフなんぞと謳って移住する者もいるが、全体からするとごくわずか。それもたいていが挫折して出戻りほとんど居つかない。田舎暮らしはいろいろとムズカシイのだ。
明石海峡大橋がかかり、ますます便利に、より身近になった淡路島。
でもやっぱり過疎化が進んでいる。
かつて家は継ぐものであったが、いまでは必ずしもそうではない。
特に田舎などでは放置されたまま、荒れるにまかせているケースも多い。
山間部や奥まったところにある、ぽつんと空き家がいたるところに点在。
そここそがおれが狙いを定めた場所。
で、のこのこ出向いて「おーい」と声をかけたところで、いきなりイノブタたちにぶひぶひ囲まれ、横合いからズドンと頭突きをかまされ、おれはあっさり捕獲された。
「よもやこの場所を発見されるとはな。なぁに、貢物に免じて命はとらぬから安心するがよい。だが大事の前ゆえに、しばしおとなしくしていてもらうぞ」
ウシほどもある大イノブタの声を聞きながら、おれは意識を失った。
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