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276 お墓の墓場
しおりを挟む祖母葵に連れられて芽衣が向かったのは、とある廃工場。
テトラポットや大型のコンクリートブロックなどを造って、一時期はたいそう羽振りが良かったものの調子に乗って慣れない不動産経営に手を出したのが運の尽き。多額の負債を抱えて会社はぽしゃってしまう。
以降、工場も操業を停止し、長らく放置されていたのだが。
「えぇっ、何よこれ!」
素っ頓狂な声をあげたのは芽衣。
あまりの光景に開いた口がふさがらない。
敷地内に山積みにされてあるのは、お墓、お墓、お墓……。
苔むした年季の入ったモノもあれば、まだ表面に艶が残っているキレイなモノもある。無残に割れているモノもあれば、文字が削られて念入りに出処を誤魔化されているモノもある。よくみればお地蔵さんらしきものが彫られたモノや石碑っぽい形状のモノも。
丁寧に重ねられてまるで万里の長城かピラミッドのようになっている区画もあれば、無造作に山となっているだけの区画もある。かとおもえば墓石を組んで頑強な囲いを造って、その中にめいっぱい詰め込んでいる区画もある。
数万、あるいは数十万に届くかとおもわれる膨大な数。
とにもかくにもすべてが墓石で構成されており、まるでお墓の墓場のような場所。
「まぁ、いわゆる不法投棄ってやつさ。全国的に墓じまいブームだからね。違法業者がかき集めた品を、ここにポイ捨てしたってわけさ。どうもはじめは海にでも沈める算段だったようだが」
やれやれと肩をすくめる葵。
海辺に捨てたらたちまち埋め立てられて、目立ってすぐに足がつく。
かといって沖合に船を出すのにはたいそうなお金と手間がかかる。
そこでトラックで運んできて、ガラガラこの場所に廃棄する方法が選ばれた。
するとたちまち業界内に「墓を捨てるのならばいいところがあるぞ」と評判になって、ご覧のありさま。
遅まきながら地域住民が異変に気がつき行政に「なんとかしてくれ!」と訴えるも、対応は後手後手となり、法律だの土地の所有権だのとまごついているうちにも、ズンズン、ズンズン墓石は増えていくばかり。
現代社会を蝕む闇に「へー」とうなづきつつ、「だったら再利用すればいいのに。もったいない」と孫娘はぼそり。
かつて石は立派な財産だった。
なにせ丈夫な石は家やお城の建材として重宝がられていたから。
石を掘り出し、加工し、これを遠方まで運ぶのはとてもたいへん。
ゆえに粗末にするなんてとてもとても。
だから昔は再利用するのが当たり前だった。それこそ死者の衣すらも、使えそうだと判断したら引っぺがす。
だというのに近頃の人間どもときたら。やれ縁起が悪いだの、気味が悪いだのと言っては、不浄だとばかりに遠ざけようとするばかり。
そのくせエコブームだの、リフォームだの、DIYだのとはしゃぐ。
「ぶっちゃけあたしゃ、本当に祟られるんだったら、とっくに祟られてると思うんだがねえ」
「……だよね」
孫娘とそんな会話をしつつ、手近にあった墓石へと近づいた葵。横倒しになっているソレをおもむろに踏んづけた。
とたんにパキャン!
小気味よい音がして石が粉々に砕け散ってしまう。
ろくにチカラを加えた様子でもないのに、重くて固そうな石をあっさり粉砕。
妙技に目を見張る芽衣に葵は言った。
「いい機会だから、今回あんたにはコレを覚えてもらう。なぁに、心配はいらないよ。狸是螺舞流武闘術の免許皆伝は伊達じゃない。素地はすでに整っている。あとはちょっとしたコツを掴むだけさ」
「ちょっとしたコツって……、これが?」
「そうさ。終の型、唯我独尊。あれの派生技みたいなものだよ」
狸是螺舞流武闘術、終の型、唯我独尊。
常日頃せっせと体内で練りあげられているタヌキの悶々パワーを一挙解放することで、爆発的なチカラを得る最終奥義。
そのチカラはときに鬼をも凌駕する。だが燃費がすこぶる悪い。使用できる時間は限られている。
「どうせ大雑把なあんたのことだ。バーッとチカラを解放して、ダーッと相手をぶん殴って倒してきたんだろう? でもって最後は精も根も尽きてコテンと寝ちまう」
武術の師でもある祖母葵から図星を突かれて、芽衣はぐぅの音も出ない。
そんな愛弟子に師匠は言葉を続ける。
「芽衣の場合、バケツをひっくり返しているようなもんさ。たしかに勢いはすさまじいが、そんな使い方をしていたら中身があっというまにカラになっちまうのに決まってる。そこであんたにはもう少し、チカラの賢い運用方法を学んでもらう」
説明をしつつ歩き出した葵に芽衣もついていく。
葵が立ち止まったのは四方に五メートルばかり裾野をのばし、高さ二メートルほどもあろうかという墓石の小山の前。
これを見上げながら葵が背後にいる芽衣に話しかける。
「あんた、錫城と会ったんだってね? ヤツは強かっただろう。今のあんたじゃどうやったってヤツには勝てない。でもね、こいつを自在に使いこなせるようになれば、あるいはいい線いくかもね」
錫城とは唯一無二の黒鬼にして、鬼族最強の戦士。葵とも因縁のある相手。
ひょんなことからかつて和歌山の地で対峙することになった芽衣は、唯我独尊にて放った渾身の拳を軽々と受け止められ屈辱的な敗北を喫する。
その時のことを思い出し険しい表情となる芽衣。
くるりとふり返った葵がにへら。口元を欠けた月のよう。不気味な笑みを浮かべながら、右のつま先で地面をトントントン。
次の瞬間。
墓石の小山がたちまち砂塵へと変じた。
ザザーッと崩れる砂の山。風を受けて軽く土煙が舞う。
粉砕どころではない。
原型をとどめない完膚なきまでの破壊。
あまりのことに立ち尽くす芽衣に葵が告げる。
「チカラに指向性を持たせて、ちゃんと操ればこれぐらいは造作もない。でも、こいつを身につけるのにはひたすら反復して、感覚を研ぎ澄まし、己で身につけるしかないんだよ」
葵は芽衣にいずれこの修行をつけるつもりでいたが、いかんせん派手な環境破壊をともなうのでおいそれとは実施できない。どうしたものかと密かに頭を悩ませていた。
そんなときに耳にしたのがここの不法投棄話。足を運んで確認してみれば、おあつらえ向きの状況が整っている。
タイミングよく当人からも「修行をつけてほしい」との申し出もあった。
だから息子の秋生経由にて役場にお伺いをしてみたら、「むしろじゃんじゃんやって」とのお墨付きを得る。
「さぁ、墓石は腐るほどあるんだから壊して、壊して、壊しまくりな」
こうして始まった芽衣の修行。
夜更けの廃工場にパカン、ポカンと石を砕く音が延々と鳴り響く。
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