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267 判決
しおりを挟むいきなり「おまえ死刑」とか言われたら、誰だって文句のひとつもわめきたくなるもの。
だからおれたちはこぞって大ブーイング。
「納得いかねえーっ! むしろこっちは被害者だぞ、こらっ!」
ことの発端はやたらと自惚れ屋のホワイトタイガー姫路白峰が、一方的に弧斗羅美に懸想したあげくに、穏便にお断りしたいからと恋人役を頼まれたおれに難癖をつけ、嫉妬のあまり憎い恋敵を拉致するという暴挙におよんだせい。
ぶっちゃけ慰謝料、もしくは口止め料を請求したいぐらいだ。
「ケンカ両成敗が天下の法のはず。だったら銀色の夜明け団や守備隊の面々も全員まとめて獄門首にすべし」
芽衣がむちゃくちゃを言っている。
死なばもろともとか、それ以前に極刑の判決そのものがおかしいというのに。噛みつくところが致命的にズレているうちのタヌキ娘。
「まさか身内可愛さにすべての罪をこっちにおっかぶせるつもりかい? はんっ! そっちがその気なら、こっちにだって考えがある」
啖呵を切った弧斗羅美。言うなり金色の瞳が爛と光り、両の拳よりトラの鋭い白爪をジャキンと生やす。
滅爛虎慄紅武爪術、一の段、徒花。
両手足よりツメのみを獣人化して武器とする技。
法廷で得物を抜いたもので、佐藤晋太郎をはじめとする周囲の警備員たちもすぐさま臨戦態勢となる。
たちまち空気がピリピリ。
現場が一触即発となる中、ふたたび「カンカンカン」と木製のハンマーを激しく打ち鳴らしたのは裁判官・志筑蘭。
イーグル老女史が「一同静粛に」と一喝。「まだ話は終わっていません。最後まで聞くように」
で、またしても最高判事である北大樋炭五郎の呪文が「ふがふがふがふーが、さーが、れじぇんど、ぷれみあむ、たんたんめんはのどにくる、かるるす……」と始まった。
これには殺気立っていた面々もすっかりやる気を削がれてしまう。
うーん。なんてすごい呪文なんだろう。
催眠効果だけでなく猛るトラの戦意まで喪失させるだなんて。
やがて呪文から補佐役の草加道子の超翻訳へ。
「えー、本来であれば極刑もしくはゲート・アンダーセブンの修繕費用三億円を請求するところではあるが、情状酌量の余地もあるからして、特別にボランティアに従事することで相殺とする」
とどのつまりはかんべんしてやるから、その分タダ働きをしろということ。
この時点で、おれは首をひねる。
ずいぶんと持って回った物言い。言いがかりにも等しい。極刑だの罰金だのを盾に取って、いったいおれたちに何をさせたいのか。
何やら事情があるみたいだが、それならそれで素直に依頼してくれたらいいのに。
ここでおれは「ハイッ」と挙手。
発言の許しをもらって疑問を口にする。
「判決内容はわかりましたけど。肝心のボランティアとはいったい……」
するとこれまでごにょごにょ、通訳を介さねばろくすっぽ聞き取れなかった最高判事が、いきなり声を張り上げてはっきりこう言った。
「その方らが獣王武闘会の西国予選に出場することである」
◇
獣王武闘会。
それはケモノたちの、ケモノたちによる、ケモノたちのためだけ武の祭典。
腕に覚えありの猛者どもが集い、磨きあげた武芸を存分に披露し競い合う。老若男女、無手得手が入り乱れて戦う。
なお今大会は四人一組の団体戦。東西にて予選トーナメントを行い、双方の優勝チームによって最強を決定する。
諸事情によって前回大会より長らく中断されていたが、ひさしぶりに開催されることになった。
なお西国予選を執り仕切るのは姫路アニマルキングダム。会場も当園内に設置される予定になっている。
そういった大会がかつてあったことはおれも知っていた。
前回優勝者にも心当たりがある。
芽衣の祖母である葵のばあさんだ。
でもって、長らく中断されていた原因もたぶん葵のばあさんのせいだろう。
切った張ったの逸話は数知れず。生きる武神伝説。蒼雷との異名を持つ洲本葵。
お肌ぴっちぴち全盛期の頃。出場した大会でオールストレートの一本勝ちを決め、試合に興奮して「おれもまぜろ」と乱入してきた豪州牛巨人をも単身でボコって退ける。あまりの強さに震えあがった東国のチャンピオンが雲隠れしてしまった。
おかげで賭場は大荒れ。大会運営側や胴元は破産に追い込まれて、ちりゴミと化したハズレ賭け札が紙吹雪となり、関わった面々はみな散々な目にあったらしい。
あまりの大惨事ゆえに、以来だれも大会を主催することに名乗りをあげず、それっきりとなっていたはず……。
そんないわくつきの大会が復活する。
まぁ、それはべつにかまわない。もともと動物たちはお祭りが大好きだ。熱しやすくて冷めやすい。その場しのぎの刹那的な生き方にて、踊る阿呆に見る阿呆。
だが、それに参加しろという意味がわからない。
どうしておれたちを巻き込む。
なんだ? いったい何をたくらんでいやがる。
知らず知らずのうちにシリアス顔。
おれは眉間にシワを寄せて裁判官たちをにらんでいた。
すると補佐役の草加道子がやや頭を下げる。
「特に深い意味はありません。しいて理由をあげれば『枠が余っていたから』としか」
大会出場枠は八チーム。
現在、すでに七チームまでは決定しているが、残り一チームがなかなか。
最悪、一チームだけシードあつかいでお茶をにごそうかと考えていたところに飛び込んで来たのが、トラとタヌキとよくわからない珍動物ご一行。
おっさんはアレだが残り二人の実力は申し分なし。
畿内では名の通っている荒事師と伝説の継承者となれば、大会を盛り上げる話題になるだろうから、むしろウエルカム。
だがやはり解せぬ。
「芽衣とトラ美はともかくとして、どうしておれまで?」
だっておれは武闘派じゃなくて頭脳派探偵。
不意をつかれたらジャッカルの若者たちにすらあっさり拉致られる、か弱いおっさん。
そんなおっさんに戦いの舞台にあがれとか、あんまりにもご無体な。
えっ、数合わせにつきたいして期待はしてない。
せいぜい得意の化け術で舞台を盛り上げて欲しいと。
はぁ、さようで……。
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