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256 消えた探偵を追え
しおりを挟む弧斗羅美と洲本芽衣。
トラ女とタヌキ娘がいかにして尾白四伯のさらわれた場所を突き止めたのか?
その答えを知るためには少しばかり時間をさかのぼる必要がある。
◇
高級中華料理店での会食の真っ最中。
「ちょっとお花を摘みに」
席を立った尾白。
あれだけガブガブ酒を飲めばそりゃあ小用も近くなるというもの。だから誰も特に気にはしなかった。
しかし五分経ち、十分経ち、十五分経っても尾白は帰ってこない。
もしかしたらトイレの個室で便器に頭をつっこみながら酔いつぶれているのかも。
心配した羅美が様子を見に行こうとしたところで、「俺が行こう」と腰をあげたのは巨漢の父雷牙。
「着飾ったドレス姿の若い女が男子トイレにずかずか踏み込むのはさすがにマズイだろう」
父雷牙は下戸ゆえに酒は一滴も飲んでない。だから足どりもしっかりしたもの。
しかししばらくして戻ってきたのは父雷牙のみ。
「あれ? 尾白さんは」
羅美の言葉に首をふる父雷牙。
「いなかった。ただトイレの前の廊下にこれが落ちていた」
彼が差し出したのはちょっとシワのよったハンカチ。
ハンカチを見た芽衣が「それ、四伯おじさんのだよ」と口をモグモグさせながら言った。
「ひょっとして何か用事ができて先に帰ったのかな? 急な依頼が入ったとか」
「それならひと言ぐらいあるでしょう。きっと外に一服しにいってるんだよ。なにせ師匠はヘビースモーカーだから」
羅美と玲花、タイガー姉妹がそんな会話をしていると口を挟んだのが母深月。
「……そのわりにはずいぶんと長い一服ね。かれこれ尾白さんが姿を消してから三十分近くは経ってるけど。あっ、ウエイターさん、すみませんけど、新しいボトルをお願い」
母深月はニコニコしながらカラになった高級白酒の瓶を振り、追加を頼む。
一連のやりとりを大きな魚の揚げ物と格闘しながら聞いていた芽衣が、「だったらちょっと連絡してみるよ」と自分のスマートフォンをとりだす。
が、つながらない。
どうやら携帯電話の電源を落としているようだ。
「ひょっとして師匠の身に何かあったんじゃあ……」
そんな不安を口にしたのは玲花。とたんに全員の視線が母美月にムリヤリ一本空けさせられて酔いつぶれている姫路白峰へと注がれる。
「……やりそうだね」とジト目の芽衣。
「うん。いかにもやりそうだよ」と同じくジト目の玲花。
「なるほど。ただの延長戦ではなかったということか」拳をバキボキ鳴らす羅美。
「あらあら暴力はダメよ、羅美。そんなのでもいいところの御曹司なんだから」静かに杯を置く母深月。「どうしても殴るのなら、せめてお腹にしておきなさい」
「だから俺は反対だったんだ。お見合いだなんて。うちの娘たちは誰にもやらん! 一生独身でけっこう!」とは父雷牙。親バカの本音がぽろり。
尾白四伯がいなくなった。
そしてこの場をセッティングしたのは姫路白峰。
きっと何かを仕掛けたのにちがいないと、みなが早々に結論づけたところで芽衣が「四伯おじさんの居所ならすぐにわかるよ。ちょっと待ってて」とケロリ。
で、そのまま電話をかけた相手は日頃から何かとお世話になっている美人女医のところ。
「あっ、光瀬先生、こんばんわ。じつは……」
芽衣から事情を聴いた光瀬女医。「ちょっと待ってね」カチャカチャと愛用のパソコンのキーボードをいじり、ものの一分もしないうちに「わかったわよ。尾白くんはいま高速道路を移動中みたい。西方面に向かっているわ。いまそっちにアプリごとデータを送るから。それで追跡可能よ」
「ありがとう助かった。あっ、そうだ! 光瀬先生ってば点心とか好き? えっ、中華は嫌いじゃない。わかったよ。そしたら適当に見繕って手配しておくから期待してて。味はけっこうイケてるから。それじゃあねえー」
女医に感謝を述べて通話を終えた芽衣。
例の追跡アプリがスマートフォンに送られてくるのを待つ間、ウエイターに通信販売用の点心のオーダーをする。光瀬女医の診療所だけでなくちゃっかり探偵事務所の方にも配送されるように。
支払い? もちろん姫路白峰持ちに決まっている。
配送手続きを完了したところで、ちょうどデータが送られてきた。
ちなみに先ほど電話で芽衣と親しげにやりとりをしていたのは、光瀬菜穂というウシが化けている女医。
高月は中央商店街の路地裏にて診療所を営む、メガネと白衣が似合うおっぱいの大きなクールビューティー。三日に一度は異性から告白をされて、たまに同性からも口説かれる超モテ女。
だがその実態は重度の解剖マニアのド変態。
それゆえに尾白四伯なる世にも珍妙な動物にも興味深々。歪んだ執着と愛情の果て、治療費はすべてツケでいいかわりに、死んだら骸をもらい受けるという約定を尾白と半ば強引に交わしている。
「そんなわけだから、もしもの時に備えて四伯おじさんのカラダの中には、いくつもチップが仕込んであるんだよ」
いつでも位置情報と生体反応がチェックできるようにとの備え。
もちろん尾白は預かり知らぬこと。
そんな裏事情を笑顔で聞かされて、羅美をはじめとする弧斗一家はみなドン引き。
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