おじろよんぱく、何者?

月芝

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248 タイガーファミリー

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 エレベーターが最上階へと近づくほどに、やたらと動悸がドクンドクン。
 ホテルという場所柄のせいで緊張しているのか?
 おれは内心で首をかしげるも、それだけじゃなさそう。首のうしろがゾワゾワする。どうにもイヤな予感がするのだ。
 それが気のせいなんぞではなくて、確信へと変わったのはエレベーターの扉が開いた時。

 静々と左右に開いていく扉。
 隙間からいきなりぬうっと白刃を突きつけられたかのような感覚に襲われる。
 ゾゾゾと粟立つ肌。股間がキュッとなり、それとともに呼び起こされるのはケモノとしての本能。人間社会にどっぷりつかってすっかり怠けていた本能がたちまち跳ね起き、「今すぐここから逃げろ!」と告げている。
 瞬間、おれはエレベーターの「閉」ボタンを押そうとしていた。
 しかしのばしかけた腕をトラ美にからめとられた!
 そしてそのまま外へと連行される。いかにおめかししているとはいえ、さすがはタイガー。圧倒的膂力にておれはグイグイされるがまま。

  ◇

 おれが感じた生命の危機、恐怖の正体はすぐに判明した。
 強引に腕を組んできたトラ美に連れていかれたのは展望レストラン奥、窓辺の席。
 そこには見知った顔がひとつと、見覚えのない顔がみっつ。

「やっほー、四伯師匠。ひさしぶりー」

 ニカっとまぶしい笑顔をみせるのはトラ美の妹の玲花。
 ボクっ娘の彼女。以前は化け術が苦手だったのだが、おれとのスパルタ山籠もり修行によっていまではご覧の通り。そのせいか玲花はおれを師匠と呼び慕う。

「その節はたいそうご迷惑をおかけしたみたいで、本当に申し訳ありませんでした。いつもうちの子たちがお世話になっております」

 丁寧にお辞儀をしてくれたのは細目のご婦人。物腰柔らかく温厚そうな彼女は弧斗深月ことみつきと名乗る。羅美玲花姉妹を産んだお母さん。

「うちの子に修行をつけてくれたそうだな。礼を言う」

 言葉とは裏腹に頭を垂れず。こちらを見下ろしたままでそういったのは、歴史を改変するために未来から送り込まれてきたキラーサイボーグっぽい容姿をした大男。スーツの生地が気の毒になるぐらいパッツンパッツン。肩の三角筋に上腕二頭筋やら胸筋の盛り上がり具合が半端ない。
 彼の名は弧斗雷牙ことらいが。羅美たちのお父さんである。

 で、残る一人は背広姿もスマートで様になっている貴公子。
 いかにも外資系とか商社、あるいは大手広告代理店とかに勤めていそう。高身長高学歴高収入っぽい色男。
 ちょいと毛色がちがう彼は、やや不機嫌そうに「姫路白峰ひめじしらみね」と名乗り「そうですか、きみが羅美さんの……」とこちらをジロリ。ありありと瞳に浮かぶ感情は好意には程遠い。
 つんけんした言動、まるで意味がわからない。
 おれが「はい? それはいったい」と訊ねようとするも、羅美に足の甲をムギュっと踏まれて黙らされた。

  ◇

 さて、どうしておれがホテルの最上階に立ち入るのを躊躇したのか、もうお分かりであろう。
 弧斗羅美はトラである。
 だからその妹の玲花もトラである。
 よって姉妹を産んだ母親の深月さんもトラにて、父親の雷牙さんもトラ。
 ついでに姫路白峰なる男もトラ、それもホワイトタイガーなんだとか。
 とどのつまり、この場にいる全員が森林の王者。
 五頭のトラとテーブルを囲むという状況にいきなり放り込まれたおれ。我ながらよくも卒倒しなかったものである。うーん、日頃からトラ美らとちょいちょい付き合ってきたおかげで耐性が出来たか。あるいは感覚が麻痺しているだけかも。
 だが真の驚愕はこれからであった。
 深月さんがいきなりトンデモナイことを口にする。

「二人の出会いは古都なんですってね。この子ってばもっと早く言ってくれたらよかったのに。そのせいで姫路さんにまでとんだご迷惑をおかけして」

 つらつら語られた話を要約するとこんな感じになる。
 いつまでたっても男勝りな長女羅美。
 行く末を案じた母深月が一計を案じる。
 それは秘密裏に見合いの席をセッティングして、羅美を騙して誘いだし強引に出会いの場を設けようというもの。
 家族全員を巻き込んでの計画は成功したものの、土壇場になって羅美が「じつは付き合っているヤツがいるんだ。だからこういうのは困る」と言い出す。
 母深月は「あらあら、そうだったの。お母さん、ちっとも気づかなくって」と戸惑い半分よろこび半分。
 当初からムスっとしっぱなしの父雷牙は不機嫌オーラ全開にて、「だったらソイツをここに連れてこい。ついでに品定めしてやる」とぼそり。
 すると姫路白峰も「そうですね。この僕を袖にしてまで選ぶほどの男、少々気になります」とこれに乗っかった。

 さすがにここまで話を聞けば、いかに鈍いおれでも自分が呼び出された理由を悟る。
 お見合いを断るためにとっさにウソをついたものの、話が思わぬ方へと転がって困ったトラ美がおれに泣きついてきたと。あるいはさっきからニヤニヤ、事態をおもしろがっている玲花の入れ知恵かも。
 なんにせよこの場ではトラ美に話を合わせるのが正解みたい。
 ふーっ、いいだろう。この尾白四伯、彼氏役を完璧に演じてみせようとも。


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