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245 愛と食欲の戦場
しおりを挟むあちこちでイヌとネコの騎馬同士がぶつかり、熱戦をくり広げている。
混戦となりつつある合戦模様。
この状況からいち早く突出したのは芽衣が駆る騎馬。
「カニ、ホタテ、イクラ、うに、ジンギスカン、味噌ラーメン、スープカレー、具だくさんの三平汁、とろ~り熱々チーズを肉や野菜にのせて食べるラクレット、新鮮な牛乳で作ったソフトクリーム、フレッシュなチーズで作ったレアチーズケーキや濃厚フロマージュ、ホワイトチョコ、バウムクーヘン、ジャガイモのいももち、じゃがバター、バターアメ……」
紅組の大将首を獲ると特別賞の「豪華北海道旅行五泊六日」が授与される。
すっかり食欲に目がくらんだタヌキ娘。北海道に行ったら食べたい物を次々と列挙しては、騎馬役のネコたちの頭の毛をぶちりぶちり。「やれ行け、そら行け、とっとと足を動かせ」と脅し突撃を敢行。
「うにゃーん、ハゲるにゃん。十円ハゲができるにゃん」
「やめるにゃん、ご無体だにゃん」
「あーっ、ヒゲはダメにゃん! 耳もイヤー!」
恐怖に支配された騎馬役のネコたち、すっかり涙目。芽衣に命じられるがままに突き進む。
しかしこれを自由にさせるほど紅組陣営も腑抜けてはいない。
「やあやあ、我こそは下田部町は三丁目にその者ありといわれる、山田サブローである。いざ尋常に……ぎゃっ」
進路上に立ちふさがって一騎討ちを申し込もうとした山田さん家のサブローくん(雑種犬)。哀れ、名乗りが終わる前にタヌキ娘のラリアットにて首を狩られた。
なんという悪逆非道。
だがこの心無い行為がイヌたちをより発奮させることになる。
「戦の流儀も解さぬ無作法な小娘を許すな」
紅組のイヌたち大興奮。「わおーん」と遠吠えにて、一斉にタヌキ娘に群がる。
すると自分たちの大将がピンチだと察した白組のネコたちも「させるかにゃあー」と集団で突っ込んでくるから、たちまちしっちゃかめっちゃか。
しまいにはどちらもハチマキそっちのけ。殴る蹴るひっかくガブリ甘噛み、乱闘状態に。
喧騒にまぎれてこそこそ離脱するのは、赤いカブトをかぶったおれを乗せている騎馬。
とてもではないが付き合ってはいられない。しかも白組の大将首を挙げたら貰える特別賞が「犬用ハミガキガム一年分」とかわけがわからない景品ならば、なおさらだ。
よってここは逃げの一手あるのみ。
素知らぬ顔にてしれーっと遠ざかっていく。
けれども逃げた先ではべつの問題が発生していた。
◇
向かい合ったまま微動だにしない二つの小集団。
周囲の騒ぎをよそにしーんと静まり返っている。
てっきりにらみ合って牽制でもしているのかとおもえば、さにあらず。
動かないのではない。動けない。
というか、これは戸惑っている?
なにせ双方の集団を率いている山里露実雄と網浜樹理衛が、じーっと見つめ合ったままなのだから。
黒の柴犬である山里露実雄。その鼻がてらてら濡れていた。
斑猫である網浜樹理衛。その青銅色の瞳がウルウル潤んでいた。
「僕を倒して手柄にするといい。樹理衛に倒されるのならばむしろ本望だ」
「そんなこと……出来やしないよ。あぁ、どうしてあなたは山里家の露実雄なんだろう」
「キミこそどうして網浜家の樹理衛なんだ」
柴犬と斑猫。二匹の意味深で不可解なやりとりに、おれが「なんのこっちゃい?」と首をかしげていたら、騎馬役兼お世話役のダルメシアンがこそっと教えてくれた。
「あっちゃあー、やっぱりあのウワサは本当だったかワン。じつはあの二人、前々から怪しいんじゃないかとささやかれていたんだワン」
高月イヌ会の重鎮である山里家。
高月ネコ会の重鎮である網浜家。
両家ともに名門。
関係上、顔を合わせる機会が多かった露実雄と樹理衛は幼馴染みのようなもの。
これだけならば種族を超えた友情物語ですんだのだが、いつしか……。
「なるほどねえ。友情物語が愛情物語にかわったと。しかも性別まで超えて」
「まぁ、そういうことなんですけど。困ったことにそれだけじゃないんだワン」
家柄、種族、性別、この三つだけでもけっこうてんこ盛り。
だというのに、まだ何かあるというダルメシアンの思わせぶりな口ぶり。
その理由はすぐにわかった。
「ちょっと、あんたたち、何をグズグズしているのよ! どいつもこいつもぼんやりして、せっかくのチャンスなのに」
周囲を焚きつけ吠えている勝ち気そうなお嬢さん。黒と灰のトラ縞の牝ネコ。
両耳をピンと立てた彼女こそが親が決めた樹理衛の許婚にして、名前を田畑董という。
ここにきて、よもやの許婚の登場。
「おいおい三角関係かよ。ドロドロじゃねえか」
男男女という奇妙な組み合わせ。
この展開に目を見張るおれに、お世話役のダルメシアンが「いえ、それがちょっとちがうんだワン」と頬をぽりぽり。
その言葉の意味もすぐに判明する。
「あなたたち、これはいったいどうしたというのですか? まだ競技中ですよ」
よく通る落ちつきのある声。姿をみせたのは牝の柴犬。
彼女こそが親が決めた露実雄の許婚にして、名前を一橋倫子という。いかにもクラス委員とか、クラブの部長とかが似合いそうなしっかり者の雰囲気。
ここにきてさらなる関係者の登場。
おれは目をぱちくり。
「まさかの四角関係っ!」
ドロドロどころかドロ沼の底があるのかも怪しい。歪な愛の底なし沼状態。
他人の色恋になんぞにはかかわるものじゃない。
それがより複雑でややこしいモノならばなおさらだ。
だからこそ周囲の誰もが動こうとはしなかったんだ。
くっ、これはうかつに動けない。
うっかり巻き込まれたら、どんなとばっちりを受けることやら。
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