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240 わんにゃん運動会
しおりを挟む赤、ピンク、白、紫……。
敷地周辺に植えられてあるツツジの花がとっても色鮮やか。
青々とした芝が敷かれたグラウンド。
サッカーの試合がいちどに六つは出来るほどの広さがある。
隣接する陸上競技場は古代コロッセオのような威容を誇り、見る者を圧倒する。
グラウンドと陸上競技場にはともにナイター設備あり。
さらに隣接する白亜の総合体育館。館内にはバレーにバスケなどの球技のみならず、剣道やら弓道などの武道のための場所や、充実しているトレーニングルームなども完備されてある。
駐車場もあって、高月にて大きなスポーツイベントが開かれる際には、必ずと言っていいほど利用される場所。ちなみに定休日は火曜日。
◇
火曜日の夜ふけ。
ナイターの明かりが煌々と照らす陸上競技場に集うは、見渡すかぎりのイヌイヌイヌにネコネコネコ。
いろんな犬種と猫種、多彩な毛並みに艶やかな模様の共演。
さすがに万には及ばないが五千には届くかも。
これほどの数の毛むくじゃらどもが一堂に会する。
その姿は壮観のひと言。
もしもこの中にアレルギー持ちの人間を放り込んだら、たちまち発狂するのではなかろうか。
いち段高いところに設けられた貴賓席。
そこからの光景におれは目をみはるばかり。
「すげー。多い多いとは聞いていたけど、これほどとはなぁ」
あらためて思い知る「高月イヌ会」「高月ネコ会」の規模のデカさ。高月という辺境の地ですらもがコレ。
これはうかつに逆らったらダメな組織だ。いらぬちょっかいを出したらフルボッコにされる。くわばらくわばら。
「おや、首輪をつけている子もけっこう混じっていますよ、四伯おじさん。あれって飼い主がいる証拠ですよね? こんな時間にどうやって家を抜け出してきたんでしょうか」
隣の席に座る芽衣が首をひねっている。
ぱっと見、イヌネコともにペット枠がかなりいるっぽい。
庭などで外飼いのイヌやら、放し飼いのネコならば自由に出歩けるから問題ないけど、家飼いだとそうはいかない。そしていまどきはほとんどが家の中で人間といっしょに生活をしている。
おれと芽衣が不思議がっていると世話役のダルメシアンが教えてくれた。
「あー、それは簡単ですよ。あいつらちょろいから一服盛ればいちころなんだワン」
会合やイベントなどがあるとき、出席したいペットにとって最大の障害となるのが飼い主。
近頃の飼い主どもときたら、ちょっとペットの姿が見えなくなっただけですぐにパニックを起こすから、抜け出すときには特製眠り薬で昏倒させる。
サポートする専門の隠密部隊もいるそうで、電話一本で市内ならばどこにでもすぐに駆けつけてくれる。
えっ、イヌやネコが電話をかけるのかって?
ふつうにかけるよ。
化け術が使える者は人間になってかけるし、化けられない連中も肉球でふにふにダイヤルをプッシュ。テレビやエアコンのリモコンも楽々操作するし、ご主人さまがいないときに勝手にパソコンでインターネットを楽しんだりもする。こっそり履歴チェックなんぞもしているからプライベートは丸裸。
知らぬは飼い主ばかりなり。
◇
ちゃんちゃららー。
ちゃんらららー。
たりらりらんらんらん。
軽快な行進の音楽とともに参加選手らがゾロゾロ入場。
イヌとネコたちが列となり、二足歩行でよちよち歩く姿がなんとも微笑ましい。
イヌたち紅組を率いるは黒の柴犬。
最近人気ですっかり数が増えた印象のあるシバイヌだが、じつは天然記念物指定犬種。秋田犬、甲斐犬、紀州犬、四国犬、北海道犬らとともに日ノ本六傑に数えられている。
小型で愛らしい見た目ながらも、じつは先祖を辿ればハイイロオオカミに行き着くそう。主人には従順忠実で、賢く勇敢で警戒心も強いから番犬として最適。
と言われているが、アホな子もぼちぼちいる。
ネコたち白組を率いるは薄い青銅色の瞳を持つ班猫(はんみょう)。
班猫とは地色と異なる色があちこちに入っている、まだら模様の毛を持つネコのこと。くるんと丸く短い尻尾はタヌキのにちょっと似ているかも。
一説ではネコは東にいくほど尾が長くなるんだとか。世界的には短い方が珍しいという。
しかしその由来はちょっぴり不穏。
長生きすると尾が二つに分かれる猫又を連想するからと、一時期忌み嫌われた長い尾のネコ。人間どもが何をしたのかはあらためて口にはしないが、まぁ、いろいろあったみたい。
入場行進がすむと「高月イヌ会」「高月ネコ会」重鎮の挨拶がグダグダと続き、最後に選手宣誓。
呼ばれて黒の柴犬と斑猫が前へ。
横並びにてアイコンタクトを合図に、声をそろえて宣誓の言葉を高らかに発する二匹。
息ピッタリ、見事なシンクロは唄うかのよう。
おもわずおれは「ほぅ」と感心する。
「互いにスポーツマンシップにのっとり正々堂々と戦うことを誓います。紅組代表、山里露実雄」
「同じく白組代表、網浜樹理衛」
ビシっと宣誓が決まったところで、万雷の拍手が会場中から起こった。
おれと芽衣もやんやと手を叩く。
◇
「五分後に第一競技が始まります。参加する方は入場ゲート付近に集合してください」と三毛ネコのアナウンス。
いよいよ始まるわんにゃん運動会。
お世話役のダルメシアンからはいろんな競技があると聞かされており、「なんなら参加してみますか」との誘いも受けている。もしもおもしろそうな競技があれば、せっかくだから話のネタに飛び入り参加もアリかもしれない。
おれがそんなことを考えていたら、芽衣が奇妙なことを言い出した。
「ロミオとジュリエットですか。なにやら意味深です」
タヌキ娘はニヤニヤ。
紅組代表、柴犬の山里露実雄(やまざとろみお)。
白組代表、斑猫の網浜樹理衛(あみはまじゅりえ)。
名前だけみればそう読めなくもない。
「露実雄のロミオはともかく樹理衛のジュリエットはちょっと苦しくないか? それにあいつらは男同士だぞ」
だから世界一有名な悲恋物語の登場人物になぞらえるのには、ちとムリがある。
このときのおれはそう考えていたのだが……。
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