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220 メイド王決定戦!
しおりを挟む例え話として適切かどうかはさておき。
和菓子のおはぎがあるだろう?
おはぎといえば「アンコ」と「キナコ」が代表格である。異論は認めない。
ぶっちゃけどっちもおいしい。だからおれはどちらも大好きだ。
けれども世間にはどちらが上だの下だのと、すぐに優劣をつけたがる輩もいる。
しょうもないことでマウントをとり得意気になる。あまりにも愚かなことだ。
だが社会の風潮あるいは文化的特徴のひとつとして、人々の間に多数決主義が蔓延しているからやっかいだ。いつも泣きをみるのは少数派ばかりなり。
で、本題はここから。
長々と前置きを述べたのにはちゃんと理由がある。
高月城北商店街と高月中央商店街における例のメイドさん騒動。
カラス女はおれに丸投げして「どうにかしろ」と解決を命じた。
しかしおれは街のしがない探偵さん。完全に業務外である。いったいどうしろと?
メイド目当ての迷惑な客への対処。北の宇陀小路瑪瑙派と南の零号派との不毛な争い。
手っ取り早い解決策は、瑪瑙さんと零号にしばらく雲隠れしてもらうこと。
時間が経てばバカどもの熱も勝手に冷めるだろう。もしくは他のことに熱が移るはず。
でもそうなると今度は両商店街からのヘイトが、おれこと尾白四伯に集まりかねない。
なにせせっかくの好景気に水を差すのだから。
難事を押しつけられたあげくに、やり玉に挙げられたのではたまらない。
そこでおれはみんなを巻き込むことに決めた。
◇
パン、パン、パン。
晴天の空に鳴り響くのは空砲。
お祭の開始を告げる合図。
本日は天神さんのお祭りの日。
地元民から天神さんの愛称で呼ばれ親しまれているのは、九州は大宰府天満宮の次に古い歴史を持つ高月の上宮天満宮。京都の北野天満宮よりも歴史だけは古い。とはいえ残念ながらそれ以外はすべてコールド負けだけど。
高月の駅の北口から神社までの直線道路はすべて封鎖され歩行者天国とし、沿道にはたくさんの縁日の屋台がずらり。
射的やら景品クジに型抜き、パチンコもどきのピンボールなどなど、やたらと射幸心を煽る屋台が目につくのはご愛敬。
駅前のバスロータリーには大きなトレーラーが乗り入れられ、これの荷台を開放することで即席のステージとして、様々なイベントが催される。
例年であれば招待した演歌歌手や漫才師や落語家などが自慢のノドや芸事を披露するのが通例であるが、今年はそこにスペシャルイベントをねじ込んだ。
それこそが『メイド王決定戦!』である。
あえて「第一回」とかの番号を頭につけないのは今後の予定が未定だから。
評判がよければ続けたらいいし、ダメならばしれっとなかったことにする。出版業界などがよくやっている手口だ。初版時にはなかった巻数が、重版し続巻が決まったとたんにナンバリング表記されるアレのこと。
このイベント、企画立案こそはおれであるが、実際に準備を整えたのは城北と中央の両商店街から参加した有志たち。
ここのところマンネリ気味でいまいち盛り上がりに欠けていた祭のステージ。新風を吹き込むおれの提案は諸手をあげて歓迎された。
かくして大勢の人間が関わることにより責任の所在はあやふやとなり、めんどうな作業の一切合切は他人に押しつけ、おっさん探偵はちゃっかり相談役のポストをゲットし高みの見物を決め込む。
カラス女からの無理難題。
おっさんはいろいろ無い知恵を絞りました。
瑪瑙派だの零号派だの、白黒つけたところで禍根が残る。
むしろヘタな決着では火に油を注ぎ、メイド騒動に拍車をかけかねない。というか回り始めた歯車はすでにギュルンギュルン状態で超加速。とても止められそうにない。
だったらいっそのことぶっ壊れるまで回して回して回しまくって、へばらせてしまえ!
とおれは考えた。
事態の沈静化をはかるのではなくて大炎上。すべてを焦土と化す。
悪魔的逆転の発想である。
騒いでいる連中にとってもいいガス抜きになるだろうとの算段。あわよくば祭のあとに「なかなかやるな」「おまえもな」的な友情エンドに落着すればめっけもの。
ついでにイベント終わりに「イエスメイド、ノータッチ」なる鉄の掟を声高に叫び、ドーンと盛り上がるままに締めれば、戒律が浸透して巷の騒ぎも少しは鎮まるだろう。
ほら? 宝塚やアイドルのファンの間でマナーの悪い輩を取り締まったり、監視するみたいな動きが自然発生するだろう。
あんな感じになってくれたらいいな、と期待している。
◇
いつにもましてお祭は大盛況。
なにせ『メイド王決定戦!』を目当てとした野郎どもが、外部から続々と押し寄せているのだから当然だ。おかげで屋台の連中がうれしい悲鳴をあげっぱなし。
それらを尻目におれは関係者控室となっているテントのところへと向かう。
かたわらに芽衣の姿はない。タヌキ娘は友だちと連れだって遊び惚けている。本番になったら駆けつけるとは言っていたが、この分ではアテにならない。
屈強な警備員たちが守るテント。彼らを手配したのはドーベルマンカマこと千祭史郎である。
おれは顔パスなので軽い会釈にて垂れ幕をめくり中へ。
パイプ椅子に腰かけ、静かに出番を待っているメイドさん二人。
「瑪瑙さん、零号、今回は無理を言って本っ当に申し訳ない」
おれは額と膝がつかんばかりに深々と頭を下げる。
本来であれば彼女たちが要請に応じる必要は皆無。
宇陀小路瑪瑙は鹿島家のメイドであって、城北商店街とは何ら関係がない。主人の紗月お嬢さんはクスクス事態を面白がっていたけど。
零号にしたって古書店「知恵の森」の従業員に過ぎない。こちらは多少は中央商店街とは関係があるものの、だからとて引き受ける義理はない。店主の母玄さんは最後まで渋面を崩さなかったし。
それでも二人がお祭りのイベントに参加してくれたのは、多少なりとも縁があるおれが頼み込んだから。
「頭をあげて下さい尾白さん。もとはといえば私が安易に写真撮影に応じたのが原因なのですから」と瑪瑙さん。
「それを言ったらこちらも似たようなもの。商会長の口車に乗った時点で同罪です。おかげで母玄さんの血圧がずっと危険域。このイベントで騒ぎが少しは収まってくれればいいのですが」とは零号。
メイドさんたちのやさしい言葉におっさんはホロリ。
するとそのタイミングで係の者が「あと十分でステージが始まります。そろそろスタンバイお願いしまーす」と告げてきた。
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