おじろよんぱく、何者?

月芝

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218 ひとのふんどし

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 ブティックだのカフェだのと、こじゃれた店が軒を連ねるのは高月城北商店街。
 石畳でキレイに舗装された通りを歩いているとうしろから声をかけられ、ふり返った瞬間にパチリと一枚。
 そんなシチュエーションで撮影されたメイドさんの写真が大きく表紙を飾るのはフリーペーパー。
 月二回発行されている「ラヴィラント」という情報誌。
 地域密着型の印刷媒体にて、新聞離れが加速している昨今にあってもかわらず市民から愛されている。
 かくいうおれも愛読者の一人だ。けっしてタダだからというわけではない。
 おれが気に入っているのは紙面から伝わってくるほんわかした雰囲気。
 決めつけ論調や押しつけがましい主張は一切なく、校内新聞の延長のような素朴な造りが読んでいてとてもリラックスできる。
 テレビをつければ気分が滅入る暗いニュースばかり。ずる賢いヤツと厚顔無恥が大手を振ってまかり通る。毒々としたこんな世の中、眺めているだけで自然とほっこりできる紙面は貴重な存在なのだ。

 今号の表紙を飾るのは宇陀小路瑪瑙うだのこうじめのう
 奈良はシカ王国きっての名門である鹿島家の紗月お嬢さんに仕えるプロのメイドさん。
 艶やかな黒髪を三つ編みに結っている。知的な銀縁メガネがよく似合い、ピンとのばした背筋にてたたずむ姿はたいそう凛々しい。所作も洗練されている。いろんなことに精通しており習得している技能も豊富。
 服装は黒のロングスカートに白のエプロンというシックなデザイン。ゲームやアニメに登場するエセメイドとはちがい、余計なひらひらは一切なし。英国風クラシックスタイル。

「安直な見返り美人という構図……、だがそれがいい。ヘタに奇抜なものに走るよりも、いいモノをあるがままに見せる。被写体の良さを活かす。このカメラマン、ちゃんとわかってるじゃねえか」

 事務所にてしげしげとフリーペーパーを眺めつつおれが絶賛していると、顔を出したのは助手の芽衣。

「あっ、それそれ。いまものすごく評判になってますよ、四伯おじさん。人気のあまり刷っても刷っても増版が追いつかないって。ネットでの転売騒ぎまで起きているとか」
「はぁ? 転売ってもとがタダなのに。いくらなんでもそんなもの誰も買わないだろう」
「ところがどっこい、地元の人間にとってはタダでも、他所では手に入らないものですからね」
「ふーん、そんなもんかねえ。なんとも酔狂なヤツがいるもんだ。……ちなみに、いくらで売られてるんだ?」
「えーと、ちょっと待ってください」

 芽衣が自分のスマートフォンを取り出しちょちょいと操作。
 表示された画面を見ておれはビックリ。

「おいおい千円って、ぼったくりにもほどがある。ってコレ、最安値じゃねえか! なになに最高額だと……。おっふ、五千円越えとかマジかよ」

 ぼったくりどころか驚愕のボロ儲けである。
 ラヴィラントが発行されるようになって以来、最高部数の記録を更新している裏でこんなことが起きていたとは……。
 売る方も売る方だが買う方も買う方だ。
 まったく世の中、何かがまちがっているぜ!
 とはいえしょせんは地方のフリーペーパー。そして世間は目まぐるしく動き、人心は軽薄で移り気だ。流行り廃りはギューンと光陰矢のごとし。
 どうせすぐに事態は沈静化するだろうと、このときのおれは考えていた。

  ◇

 近頃、高月城北商店街が絶好調。
 要因はラヴィラントの表紙を飾った瑪瑙さん。
 本物のメイドさんに会える街。
 そんな淡い期待を胸に来訪する者が増えた結果である。
 メイド好きには物見高い暇人が多いらしい。そりゃあ、メイドカフェが繁盛しているのもうなづけるというもの。
 そうそうメイドカフェといえば、じつは高月の地にもかつて一軒だけあった。
 でもすぐに潰れた。
 原因は都市部と地方との人心の温度差を見誤ったため。
 中央で流行ったことを地方が理解し受け入れるまでには一定の時間が必要。
 熱々なのをいきなり持ってきてもダメなのだ。あまりにも刺激が強すぎて、とてもではないが受け止めきれない。
 半年遅れ、もしくは一年遅れぐらいがちょうどいい。
 なんだかんだで地方民はネコ舌、保守的で用心深いのである。
 ゆえに「これからはメイドの時代ぜよ!」と前のめりでオープンしたメイドカフェは、最先端過ぎるあまり、住民たちから遠巻きにされるばかりで終わった。
 ちなみに高月中央商店街の管轄内での出来事である。

「しかしメイドさん効果すげえな。こりゃあ、高月城北商店街の連中、瑪瑙さんに足を向けて寝れねえぞ」

 おれはニヤニヤ。
 もっとも彼女が主人の紗月と寝食を共にするのは、駅前の高層マンションの最上階。
 足を向けようとおもえば逆立ちをするしかないのだが。

「でもよくよく考えたら、瑪瑙さんはあくまで紗月さんのメイドなわけで……。いわゆる人のふんどしで相撲をとるというやつなのでは?」

 芽衣がコテンと首をかしげる。
 探偵と助手が事務所で番茶をすすりながらそんな話をしていたら、ドタドタドタと賑やかな足音が近づいてきた。
 バンと勢いよくドアが開き姿をみせたのは極道もん。
 と見紛う容姿をした、高月中央商店街の商会長さん。
 とても堅気には見えない。言動もいろいろ過激だが、みんなのためにそこそこがんばってくれている人。
 例のフリーペーパーを片手に詰め寄ってきた商会長。
 ズズイと顔を近づけて「おまえ、たしかこのメイドさんと顔見知りだったよな? その縁でどうにかならんか」と言い出す。

 このままでは一方的に城北商店街の連中に溝をあけられてしまう。
 それはとっても悔しいし、腹立たしい。
 そこで伝手を頼って瑪瑙さんを味方に引き入れ、自分のところの商店街をウロウロしてもらおうというセコイ手を思いついた商会長。
 人のふんどしで相撲をとろうとするダメな人物が新たに出現し、おれは内心であきれ、芽衣はジト目となった。
 けれども当人はいたってマジメだから性質が悪い。
 血迷った商会長、あんまりにも暑苦しくてしつこい。
 たまらず苦し紛れにおれは叫んだ。

「えーいうっとうしい。そんなにメイドが必要なんだったら知恵の森に行けよ。あそこにもメイドが一人いるだろうが」と。


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