おじろよんぱく、何者?

月芝

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205 燃える川

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 川が赤く燃えていた。
 とはいえ実際に火が出ているわけではない。
 季節、時間、天候、様々な偶然が重なり産まれる反射や光線の妙。
 注がれた夕陽を受けて鮮やかに煌めく水面。
 赤く燃える川はとても美しい。
 もしもこのことを知っての上で、五十二棟を戦いの舞台に選んだのであればピンポンブルーは相当な粋人であろう。

 団地ひと棟につき四十戸が住まう。
 階段は四本。各階段ごとに十戸。
 五十二棟の正面に立ち、これを見上げる探偵と助手。

「こっちはおれと芽衣、むこうはブルーが一人。そして階段は四本……」
「当たりの確率は二分の一といったところでしょうか」
「単純計算ならな。でも、こうして入り口を見張っていたらヤツがどの階段に進入するのか丸わかりだ。確率うんぬん以前にクジとしても成立しちゃいねえよ」
「しかも見張りがてら二本の入り口をふさいでしまえば、さらに追い込みがしやすくなります。あれれ、この勝負、超楽勝なのでは?」
「だったらいいんだがな」

 五番勝負の一番目がはじまる時刻までにはまだ五分ほどある。
 おれは一服しようとタバコに火をつけた。
 大きく吸って、ゆったり吐いて、煙がゆらゆら。
 茜色の空へと立ち昇る煙。その行方を何げに目で追っていたおれは、ギョッ!
 どこぞより小型のハングライダーがスーッと飛んできては、そのまま五十二棟の屋根の上へと消える瞬間を目撃したからである。

「くそっ、風のブルーってのはそういう意味かよ」

 あわてて携帯灰皿にタバコをツッコんでおれは火を消す。
 屯田団地の階段、その最上階には屋根点検用の通用口が存在する。
 壁ハシゴと丸いフタで構成されたソレは潜水艦の搭乗口のようで、いかにも子どもたちの興味をそそる形状。ゆえに危ないからと戸締りはつねにきちんとなされている。基本的に内側からしか開けられないはずだったのに……。

 この時点でおれたちは完全に後手に回った。
 地上にいるこちらにはブルーが四つあるうちのどの通用口から建物内に進入するのかを知るすべがない。こうなっては呼び鈴を鳴らしたのを機に見極めて突入するしかない。
 でもそれだとおれの足では到底間に合わない。きっと先に三連コンボを華麗に決められてしまう。
 ここは芽衣の活躍に期待するしかない。
 おれが顔を向けると芽衣がコクンと小さく、しかしチカラ強くうなづいてくれた。

  ◇

 耳に意識を集中。
 開戦の合図となるピンポンの音を聞き逃すまいとする。
 だがここで二つの悲劇がおれたちを襲う。
 よりにもよってこのタイミングでヘリコプターが上空を通過! パラパラパラパラ……。
 そして地上では「いしやーきイモ、おいしいおイモ、ほくほく食感の鳴門金時、甘くねっとり濃厚な味わいの紅はるかに安納いも、おイモ、おイモ、おいしいおイモ、いらんかね~」という魅惑のアナウンス。
 よもやの焼きイモの移動販売車の登場!

 夕方の六時過ぎ、空腹時に焼きイモ、だと。

 おれでさえつい意識が持っていかれたのだから、育ち盛りのタヌキ娘なんてイチコロであった。
 集中力がごっそり削られて、頭の中で「いしやーきイモ、おイモ」が軽快にリフレイン。
 ぐぅと腹の虫が鳴ったところで、どこぞより聞こえてきたのは『ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン』という呼び鈴の音。

「げっ、マズイ、聞き逃した。いまのどこから聞こえた芽衣?」
「わかりません、四伯おじさん。ちゃんと聞いてませんでした。すみません。じゅるり」

 探偵と助手、そろって痛恨のミス。
 いや、もしかしたらピンポンブルーの策略か?
 すべてを計算の上での行動だとすれば、おれたちはヤツの手の平でいいように転がされていたことになる。
 恐ろしい、なんて恐ろしい相手なんだ。

  ◇

『ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン』

 二度目の呼び鈴が鳴り響く。
 しかし今度はばっちし耳で捉えた。

「一番左端の階段だ」

 おれが叫ぶよりも先に芽衣は走り出していた。
 ブルーとタヌキ娘。両者の位置関係からして残念ながらブルーの三連コンボは確定だろう。
 となればブルーが欲をかいて四連コンボを狙ってくれることを祈るしかない。そうすれば身柄を拘束するチャンスが産まれる。
 芽衣が左端の階段に突入。
 けれどもその足音が二階へと到達したあたりで三度目の呼び鈴が無情にも鳴った。

「ぐっ、やはり間に合わなかったか」

 階段入り口を封鎖しているおれは、ギリリと奥歯をかむ。
 内部の様子をうかがいつつ、上空にも気を配る。最初の時みたいに踏み台にされてはかなわないので。
 と、その時、動きがあった。
 ピンポンブルーは三連コンボを決めたところで、きびすを返したのである。下ではなく上へ。
 これを芽衣が追う形となった。
 どうやらブルーは屋根に戻ってハングライダーでの脱出を目論んでいるらしい。
 だがそれは少々悪手だ。なにせ芽衣の身体能力はズバ抜けている。彼女ならば飛び立つのを阻止することは充分に可能。
 ピンポンダッシュはまんまと許したが、身柄さえ抑えてしまえばこちらの勝ち。
 であったのだが……。

「ウソだろう。っていうか、あんなのどこで売ってるんだよ。ひょっとして自作なのか」

 悠然と空を征くブルー。
 その背中には第二のツバサの姿があった。
 怪盗ワンヒールも使っていたワンタッチでばばっと開いては空を飛べる優れもの。折りたたみ式ハングライダー。
 芽衣に追われたピンポンブルーは屋根には向かわず、五階階段の踊り場から外へと脱出したのである。
 これにはおれと芽衣もあんぐり。
 黙ってヤツを見送ることしか出来なかった。

 ピンポンレンジャー対尾白探偵事務所の五番勝負。
 一番目、勝者ピンポンブルー。


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