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193 探偵と鬼の副長
しおりを挟む二階、三階、四階へと進んだところでおれはクラりと立ちくらみ。
タバコのヤニまみれ、日頃の不摂生も考えずにいっきに階段をのぼったせいかと考えるも、それとはちがうとすぐに気がつく。
「ぐっ、この感覚には覚えがある。綾ちゃん先生のフェロモンにやられたときと同じだ。だとすれば彼女が近くにいるはず」
そこで四階のドアレバーに手をかけるも、開かない。
内カギがかけられてある。ならば……。
「ふっふっふっ、尾白探偵はピッキングがわりと得意なんだぜ」
右の人差し指をドロンと部分重ね化け。
ぐにゃりとやわらかい素材にしてから穴に突っ込み、ほどよく内部に浸透したところでふたたびドロン、カチンコチンに固くすればインスタント合鍵の出来上がりっと。
ガチャリと開錠し、扉をあける。
で、女教師を荷物みたいに肩に担ぎ、もう一方の手でタヌキ娘の襟首を掴んで乱雑に運んでいる優男の背中を発見!
◇
背後の物音に気がついてふり返った優男。
うしろから見ても格好良かったが、前から見ても格好良かった。
メガネが似合い、スーツが似合い、長身で股下がありえないぐらいあって、すらりとして、賢そうで、クール系イケメンとでも言おうか。
惜しむらくは額に生えた二本の角と緑の瞳がちょい不気味にて玉にきず。
それでも見た瞬間におれは軽く殺意を覚えたね。心の内で「くたばれイケメン!」と三回呪詛を唱えたね。
でも、それは向こうも同じだったらしい。
なにせもの凄い形相にてにらみつけてきたんだもの。なまじ造詣が整っているから、凄みというか凄惨さがあっておっかない。
「おかしいな。たしかにそこのカギはかけたはずなんだが」
忌々しげにつぶやきながら女たちを降ろした鬼の色男。綾ちゃん先生はそっと丁寧に扱うが、芽衣はポイっとね。
ややずり落ちていたメガネのフレームを指先でくいっと持ち上げてから「ふぅ」とひとつタメ息。
「みすみすここまで侵入を許すとはな。図体ばかりデカくて使えない連中だ」
吐き捨てるようにそう言ったと思ったら色男の姿がかき消えた。
けれども殺意は消えちゃいない。それどころがずんずんと迫る圧力と、膨れ上がる死の気配。
おれは考えるよりも先に「変化!」とドロン。
化けた直後に「ごーん」と揺れたのはチタン合金の三角柱(極太)。
丸でもなく四角でもないあたりが、尾白四伯のいやらしさ。うっかり攻撃をしたひょうしに角にゴツンとしようものならば悶絶必至なのである。
だが、ここで予想外の出来事が発生した。
「ぐぬっ、おのれえぇぇっ」
うずくまり怨嗟まじりのうめき声を発する色男。
右足の膝から下がスプラッタ状態。千切れた部位が少し離れた床に転がり、血だまりに沈む。
どうやら想像を絶するもの凄い蹴りにて、おれの身を真一文字に薙ぎ倒そうしたのだが、勢いあまってチタン合金柱の角にキレイに蹴りが入って、あまりの高威力ゆえに「斬っ!」と足の方が自損しちゃったっぽい。
しかしチャーンス!
いまのうちに女教師と助手を奪還すべし。
と、変化を解いて動き出した矢先のこと。
おれは信じられない光景を目撃する。
苦悶の表情にて床を這うように移動していた色男が向かっていたのは、千切れた自分の足のところ。そいつをむんずと掴むなり、おもむろに傷口に押しあてる。するととたんに足がくっついてしまった!
「おいおい、そんなのアリかよ」
驚きを通り越してあきれるおれに「ぜえぜえ」息を乱しながらも色男はニヤリと笑う。
「だからとて不死身でもなければ無敵でもないがな。流れた血はすぐには戻らん。肉体にもダメージは残る。それに痛みで気が狂わんばかりだ。おかげで私はいま猛烈に腹が立ってしようがない。きさまをどうやって屠ろうかということで頭がいっぱいだよ」
ゆらりと立ち上がった色男の姿がふたたび消えた。
かとおもえばすぐにあらわれる。
今度は綾ちゃん先生と芽衣のところに。
ぐったりうつ伏せの芽衣を、その血まみれのつま先で小突いてひっくり返した色男は、細い首の上を踏む仕草をとる。
「とりあえずそのままゆっくりこっちにこい。もしも余計なマネをしたらこの小娘の首をへし折る」
先の二の舞を警戒してのことだが、すこぶるかっこ悪い手だ。
だからおもわずおれは「おまえ、見た目はイケてるのに中身はクソだせえな」との本音がぽろり。
するとヤツの間合いに入ったとたんに前蹴りの餌食にされた。派手に吹き飛ばされ背中から壁へと叩きつけられる。
ずるずる床に倒れたおれに色男あらためダサ男が「とっとと起きろ。すぐにこっちにくるんだ」と命令した。
この野郎……わざと加減をしておれをなぶり、先のうっぷんを晴らすつもりのようだ。
しかし芽衣を人質にとられている以上はヘタに動けない。まぁ、あのタヌキ娘のことだから、騒ぎを聞きつけてじきに目を覚ますだろうから、それまではなんとか時間稼ぎをしないと。
おれはこっそり服の中に部分重ね化けを施し、防御を固めてから、ダサ男へと向けてゆっくりと歩きだす。
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